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英仏百年戦争

佐藤賢一著。

「カペー王朝」のほうが面白かったかな。

いちばん興味深かったのは、なんと「序」。
イギリス人はこの戦争に負けたとは思っていないらしい。
それはシェークスピアが、ヘンリー5世を最高の名君として描いているからなんですって。
彼の史劇としては「リチャード3世」しか知らない私は、「へえそうなんですか」状態なのですが。
ヘンリー5世の息子であるヘンリー6世は、生後9カ月で王位を継ぎ、生後11カ月でフランス国王をも兼務することを宣言したそうです。
宣言って・・・「ばぶー」しか言えないだろうに。というのは単なる上げ足取り。
イギリス人としては、ここで勝利した気分になる。
その後、ジャンヌ・ダルクが登場し、フランスが猛然と巻き返すことになるんだけど、そのあたりは「せっかく勝利したのに、薔薇戦争のせいで台無しになっちゃった」と片づける。
これを「シェークスピア症候群」と呼ぶ。

でもそれが間違っているとは言えない。
というのは、この長い小競り合いを「百年戦争」と呼ぶようになったのは、ごく最近、20世紀になってからのことだから。当時はそんな名称はなかった。
はあ、なるほど、そりゃそうだね。
ちなみに「薔薇戦争」の名付け親は19世紀のウォルター・スコットだそうだ。

佐藤氏がくどいほど繰り返しているのは、「英仏が戦ってフランスが勝ち、イギリスが負けた」のではないということ。
百年戦争が始まった当時のイギリス国王は、まぎれもないフランス人だったのだから。
フランス人同士が戦って、そのうちに、大陸側と、島側に、それぞれ国家意識が芽生え始め、島の人間が大陸から追い出されたことによって、フランスとイギリスができた、ということなのである、ということ。
うん、そりゃそうだ。

今のイギリスとフランスになっちゃってから後の両国間の歴史には、あんまりロマンをかきたてるものがないと、かねがね私は感じている。
それぞれの歴史は別個に楽しめるのだけれど。
「もしも百年戦争でイギリスが大陸から撤退させられることがなかったら、今もなお、フランスの半分はイギリス領土だったかもしれない。そうなっていたら、フランス語や英語はどういう言語になっていただろう?」という無意味な妄想を楽しむ人が、フランス語・フランス文学関係者には少なくないらしいのだけれど、英語・英文学関係者はどうなのだろう?

あと、ジャンヌ・ダルクですが、彼女はただ旗を振って「フランスを救え~」と金切り声をあげていただけなのだそうです。
彼女が登場したオルレアン攻防戦でフランスが勝ったのは、多分に「気分」が影響しているのだそうで。
でも、彼女のおかげで王太子シャルルがランスのカテドラルにたどりつき、戴冠式を執り行い、正式に国王になれたのは大きかった。彼女の存在価値はそこで終わる。

ジャンヌが神の声を聞いたのかどうかは別として、ロレーヌなどという、フランスの端っこにいた娘っ子が「王太子を国王にしなくては。フランスを救わなくては」と思ったのはなぜか。
ロレーヌは親王派。だが、フランス中央との間には、ブルゴーニュがいる。ブルゴーニュはイギリスと結んでいた。だから、ロレーヌはしょっちゅうイギリスに攻め立てられていた。
そんな中で「フランス」という国家意識がいち早く芽生えたということが言えるらしい。

この本の巻末の年表はなかなかすぐれもののような気がします。
その点に関してだけは、借りた本だから返さなくちゃならないのが残念。

この本に関する情報はこちら

by foggykaoru | 2009-11-07 21:02 | 西洋史関連 | Trackback | Comments(2)

Commented by むっつり at 2009-11-08 01:48 x
部族国家(都市国家なんて聞こえは良いですが、結局は偏狭な部族主義が知的なふりをしているだけ)の中からせっかく、ローマ帝国が千年をかけてアジアの巨大な専制国家に対抗できるだけの強力な多民族国家を作り上げたのに、内部矛盾にて崩壊して残ったのが中世~近代欧州の歴史ですから
日本の戦国時代や中国の春秋時代は百年程度で終わりましたが、そのような状況を千年以上繰り返していた歴史…日本でも戦国時代が今でも続いていたのなら甲斐と越後は今でも不倶戴天の敵として意識していたのでしょうね
それにしてもヨーロッパの歴史って、何時、何処で、誰が、何故、戦争をしたのか?の繰り返しです
無敵艦隊の頃のスペインですと国家予算の九割以上は軍事費(残りは王宮費?)と言う状態で平時だったとか?
陸軍が動けば、その道筋には飢饉がおこったそうですし…
Commented by foggykaoru at 2009-11-08 22:44
むっつりさん。
私は逆に、アジアにはどうしてあんな巨大な専制国家ができるんだろうと、かねがね不思議に思っているんですが。
ヨーロッパに限らず、人間の歴史は戦争の歴史なんじゃないでしょうか?

スペインはいちばん極端なんじゃないかしらね。
なにしろ新大陸からぶんどった巨万の富のほとんどを軍事費に使ってしまったという国ですから。
そもそも、スペインを愛していない国王ばかりだったというのが大きいかも。スペインという「地域」にとっては、国王がハプスブルク家だったのは大損だったのだと思います。
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