ヴェルサイユ宮殿に暮らす

副題は「優雅で悲惨な宮廷生活」
著者はウィリアム・リッチー・ニュートンという、ヴェルサイユを専門とする歴史家。
というわけで、とても真面目な本である。
面白いかと問われれば、確かに面白いのである。
でも、最初から最後まで同じ調子で事細かに書かれているので、後半はうんざりして、かなり斜め読みになってしまった。

よく、「ヴェルサイユ宮殿にはトイレはなかった」とか言われるけれど、それは間違いなのである。
トイレはあった。(王侯貴族はもっぱら「おまる」だったのだけど)
でも、足りなかった。
だから「殿方はどこの隅でも放尿されます・・・」という報告が残っている。ひえ~
公衆トイレはすごいことになっていて、便槽掃除の人が悪臭やらなんやらで死んだりしたそうな。

足りなかったのはトイレだけではない。
水も足りない。王侯貴族のおしゃれを支えるためには、せっせと洗濯しなくちゃならないのに。
洗濯場の下流で飲用水を取るわけにいかないから、洗濯女はあっちへ行け!みたいな悶着がしょっちゅう。でもあっちってどこよ?状態。

台所も足りない。
国王に許されてヴェルサイユに入居した人は、自分の部屋のそばにかまどを設置する。

冬は寒い。
煙突からもうもうとあがる煙もすさまじく、遠くから見るとまるで火事みたいだったり。
煙突が機能しているのはましなほうで、詰まっていることも珍しくなかった。
火事の危険があったし、部屋に煙が充満する。
ルイ16世が咳体質だった原因も煙に一因があるらしい。


なぜこんなに何もかも足りなかったか?
それは超過密だったから。
なにしろヴェルサイユには国王の親族だけではなく、側近の貴族、そしてその使用人まで住んでいた。
その数およそ1000人!
そもそも部屋が足りない。200余りの部屋があっても、全然足りない。

ルイ14世が王室の本拠をヴェルサイユに移したのだけれど、彼以降、王室の財政はどんどん逼迫していき、宮殿の維持費がまかなえなくなっていった。ほんとに悲惨。


ウィーンはどうだったのかな。
マリー・アントワネットが嫁入りしたときのウィーンの王宮やシェーンブルン。
子どもだった彼女の眼にも、ヴェルサイユは実家よりもしょぼく見えたのだろうか? 
それとも子どもだからあまりよくわからなかったのだろうか?

日本が清潔だったのは、人糞を肥料に使っていて、リサイクルがしっかりできていたおかげだと言われる。
さらに、水が豊富だったから。洗濯も掃除も楽勝。
なんだかんだ言って、日本っていい国だった。
今だって(いろいろあるけど)いい国なんだよねえ。
外国を旅していると、日本の気候は素晴らしいとしみじみ思う。
極端に寒くなくて、そして水が豊富。
あのヒートアイランド現象さえなければねえ。。。

でも、いくらトイレがあれでも、水が不足がちでも、ゴミを宮殿の窓からポイポイ捨てるというのはいかがなものか。
フランス人にもともと「清潔に暮らしたい」という気持ちがあまりなかった、ということも言えそうだ。



この本に関する情報はこちら
[PR]

by foggykaoru | 2011-02-26 09:52 | 西洋史関連 | Trackback | Comments(2)

トラックバックURL : http://foggykaoru.exblog.jp/tb/15975719
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by むっつり at 2011-02-26 18:27 x
江戸時代の江戸って実は水不足
海沿いの湿地を埋め立てた場所が大半ですから井戸を掘っても塩水が噴出すんです
ですから、時代劇で御馴染みの井戸の様なものの正体は水道
玉川上水です
都市にもっとも必要なものは水だと判っていたんですよね
古代ローマでも都市作りには演劇場と水道を真っ先に作ったのに…
ちなみに江戸城は大奥の女中だけでも三千人も居ましたよ
華やかな文化国家フランスの王宮なのに、なにか無計画・無秩序ですよね
Commented by foggykaoru at 2011-02-26 20:56
むっつりさん。
そうでしたそうでした!
江戸が潤ったのは玉川兄弟のおかげでした。
私もこの本読みながらローマのことを思いました。
ヴェルサイユの場合は、本来は狩りのための別荘程度だったのを、いきなり拡張してしまい、そうこうするうちに資金繰りが苦しくなって・・・ということだったのかも。

<< 異変の原因 MANGAコーナー(追記あり) >>