私的東北応援キャンペーン旅行(4)

3日目。
今日のガイド兼ドライバーを引き受けてくださったのは仙台在住のfu-gaさんです。

まずは石巻の先の女川へ。
写真は撮れなかったのですが、石巻の海沿いの道の脇には廃車の山が延々と続いていました。あんなにたくさんの廃車を見たのはチェルノブイリ以来です。

女川と言えば原発。
女川原発と言えば「女川原発は福島原発とは違い、津波の被害を受けず、避難住民を受け入れた」という報道を聞きましたが。

行ってみて言葉を失いました。

町が無いのです。

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家々が並んでいたと思われる平地には、土台、そして数えるほどの建物が残っているだけ。しかもその建物はひっくり返っています。

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fu-gaさんによると、ここは液状化現象が激しかったそうで、しっかりした構造の建物だけがそのままの形でごろんと倒れたのでしょう。

市街地を見下ろす丘の上に医療センターがあります。
いくらなんでもここは無事だったのだろうと思いきや、津波は医療センターの1階まで達したとのこと。
丘を登りきっても、助からなかった人がいたのです。

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津波はこれより高かった。
女川原発が津波でやられなかったのは奇跡だったのではないでしょうか。

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医療センターのそばの仮設カフェでコーヒーをいただきました。こくがあってなかなかのお味でした。

女川港は、気仙沼と同じく「天然の良港」。
うっとりするほど美しい入り江でした。

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fu-gaさんによると、市町村合併により石巻市の周囲の市町村はみな石巻になったそうです。
唯一、石巻と合併しなかったのが女川。
原発で潤っているから他と一緒になりたくないと。。。


私的東北応援キャンペーン旅行(5)へ続く
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by foggykaoru | 2012-05-09 19:55 | ちょっとおでかけ | Trackback(1) | Comments(14)

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Tracked from Sea Songs at 2012-05-31 21:48
タイトル : 東北応援旅行(4): 女川・石巻(その1)
最終日は、朝食前にちょっと散歩。前夜地図を見て、河北新報社が宿の近くだとわかり、... more
Commented by むっつり at 2012-05-09 20:18 x
改めて自然の猛威を感じらせます
犠牲になられた方々のご冥福を祈ります
Commented by garden_time at 2012-05-09 22:53
レポートを読ませていただきながら、
私も行って見てみたいなと思いました。
時間が経つと復興も進んでくるだろうから、なるべく早いうちに。
でも東北って遠い・・・(ため息)
今年はお遍路さんをやっているから時間を作りづらいのです。
(海外旅行も行けなさそう・・・)
Commented by サグレス at 2012-05-09 23:14 x
3月、南三陸町で見た光景と重なります。
何も無かった。
山間の平地が、真っ平らに向こうの山の麓まで続いていました。
瓦礫はかなり片付いたとはいえ、恐ろしい光景でした。
Commented by foggykaoru at 2012-05-10 22:23
むっつりさん。
ほんとうに、人間は自然を侮ってはいけないのですよね。

Commented by foggykaoru at 2012-05-10 22:24
はみさん。
東京から仙台は新幹線で2時間ですから。
私にとって四国は遠い・・・
お遍路さんができるのはいつの日か。
Commented by foggykaoru at 2012-05-10 22:26
サグレスさん。
>山間の平地が、真っ平らに向こうの山の麓まで続いていました。

どういう光景なのか、想像しにくいです。
少しは起伏があった平地が、完全にまっ平らになったという感じなのでしょうか。
Commented by サグレス at 2012-05-11 07:20 x
南三陸町は山に挟まれ海に面した、かなり広い平地に発展した町でした。町に着くまで、起伏の多い山また山の中を抜けていきます。
かつては多分、山間を抜けると広い町並みが見えたのだと思います。それが全部なくなったものですから、向こう側の山まで、ずーーーっと、建物の基礎だけ残っている真っ平らな土地があらわになっていました。

南三陸町では、人が集中して住める平たい土地は、津波に襲われた所だけでした(三陸海岸の他の地域も同様でしょうが)。家を再建するにしても、巨額のお金を投じて高い堤防を作るか、あるいは山を伐り開いて宅地を造成するか、なのではないかと思います。
Commented by garden_time at 2012-05-11 21:47
>私にとって四国は遠い・・・
私は東京ならあんまり遠いとは思わないんですよ。
飛行機で1時間ですから(^^)
でも東北は東京まで行って、そこで乗り換えなければいけないので、
行くのが大変だなあって思っちゃうのです。
以前は高松-仙台便があったんですけどね・・・。
お遍路はまとまった時間が取れるようになったときにどうぞ♪
そういえば今、足の不自由なフランス人が歩き遍路をしているらしいです。
Commented by foggykaoru at 2012-05-11 22:21
サグレスさん。
石巻の海岸沿いの住宅地跡を見て、仙台の南のほうでしたでしょうか、海岸沿いの道路を走っていた車が逃げ道がなくて、見る見るうちに津波に襲われていた映像を思い出しました。
広い平らな土地だと、逃げる場所がなかったんですよね。

その点、平らな土地が少ない三陸の集落のほうが、かえって避難のしようがあったのかな、高台がそばにあるから・・・などと考えたり。
Commented by foggykaoru at 2012-05-11 22:22
はみさん。
私は神戸より西に行ったことがないんです。
今年初めて広島や山口に行く予定があります。
これで四国がもう少し身近に感じれるようになるかな?
Commented by Titmouse at 2012-05-12 10:44 x
今日の朝日新聞に、女川の銀行支店のことが出ていました。高台に行かず、屋上に避難したために・・・というのを読んでて、場所がわかるので真に迫って感じてちょっときついくらいです。
Commented by foggykaoru at 2012-05-12 11:21
Titmouseさん。
今回見た町はどこも大きな被害を受けているけれど、女川が「割合」としては一番のような印象を受けませんでしたか?
残った家屋は何パーセントだったのだろうか、とか、無事だった住民は全体の何パーセントだったのだろうか・・・とか、思ってしまいます。
なにしろあの高台に登っても無事でいられなかった人がいるくらいですから。
Commented by fu-ga at 2012-05-16 22:03 x
被害の割合ってどんなでしょうね。
石巻は人口が多いので亡くなられた方も多いですが、三陸の町も被害は大きいですね。
また、あまりテレビで報道されない、宮城県南部の山元町も人口に対する犠牲者の数は多いです。
沿岸部の集落、一見残らずさらわれてしまいました。私のかつて住んだ家も土台だけです。本当に何も無くなってしまいました。本当にショックです。
女川の銀行。以前行った時はカメラを向けることが出来ませんでした。
若い頃、かすかに接点のあった方が、そこに勤務されていました。今回は、建物の撤去が新聞報道にあったので、一枚だけカメラに収めました。

もう、あんな災害は起こらないで欲しいです。
Commented by foggykaoru at 2012-05-17 21:05
fu-gaさん。
小さな集落で全滅してしまったようなところがたくさんあるのかもしれませんね。
報道の不十分さを感じます。

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