ウィーン 最後のワルツ

著者はユダヤ人家庭に生まれ、ナチスの侵攻とともに英国に亡命し、名前もゲオルグ・クラールからジョージ・クレアに変えたという人。
彼の曽祖父の成功に始まり、ホロコーストの悲劇に終わる家族の年代記。

ウィーンに住み、オーストリア化したユダヤ人の暮らしぶり。
すっかりなじんでいるようでも、なにかと差別される。たとえば出世とか。
それはそれとして、その生活に満足し安定していた家庭が音をたてて崩れていく。

ナチス化したウィーンがすっかり反ユダヤの空気になってしまったのに、同時期のベルリンでは何事もなかったかのような雰囲気だった、というのが興味深い。
本家本元よりも、出先のほうが尖鋭的になる、ということはよくあるものだ。

良い本です。
でもとても地味です。読みにくくはないけれど、淡々とした筆致。そして厚い。
古本屋で何の気無しに買ったはいいものの、なかなか読めず、半年くらいほうってありました。
英米独では大ベストセラーになったそうですが、日本の熱帯雨林にはレビューが1つもありません。日本人には身近な話ではないから大して売れなかったのでしょう。もちろん絶版です。ユーズドなら入手可能ですが、私に会うチャンスのある方にはお貸しします。


カテゴリーは「西洋史関連」「普通の小説」にもあてはまるのだけれど、「ルポ・ノンフィクション」にします。
タグは「ドイツ(語)」にします。ごめんねオーストリア。
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by foggykaoru | 2013-01-06 11:16 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(6)

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Commented by むっつり at 2013-01-06 13:06 x
オーストリア帝国の時代は、そのくらい酷くなかったとは聞いていますが…
帝国主義に対抗するイデオロギーとして民族自決なんて出てきましたけれど、これが行き過ぎた民族主義の御旗に
しかも、ここはヒットラーの故郷
極端なナショナリズムの嵐に飲み込まれてしまった悲劇ですね
Commented by HEARTY at 2013-01-06 21:33 x
機会があるときでよいので、貸してください!
Commented by foggykaoru at 2013-01-07 21:21
むっつりさん。
そうです、ハプスブルク家のもとでは、異民族に対して寛容だったのだと言われています。でもやはり微妙に差別はあったのだということがわかりました。
Commented by foggykaoru at 2013-01-07 21:23
HEARTYさん。
お会いするときまでに忘れそう・・・
Please remind me!
Commented by ケルン at 2013-01-11 12:06 x
このところ読んでいる本と通じるテーマで興味があります。それは、ナチスの侵攻で生活を脅かされたウィーンの裕福なユダヤ人家庭から、子供だけスウェーデンに集団疎開した、その姉妹のスウェーデンでの話です(アニカ・トール『海の島』で始まる4部作)。
ナチス以前にも、19世紀の作曲家メンデルスゾーンだって、才能と資産ではとても恵まれながら、ユダヤ系という苦労・悩みはあったそうですね。
このテーマは本や映画ではとてもよく目にするのですが、ヨーロッパでどういう空気だったのか、いまはどうなのかは、私には想像しきれないと感じます。

ところで、ウィーンに行ったとき、ハプスブルク家&オーストリア・ハンガリー帝国当時の勢力の大きさの名残をその街で感じながら、この言語を「ドイツ」語と呼ぶのに違和感がありました(国の名前になったのは後からですけれど)。今のドイツ語教育では、ドイツ(フランクフルトあたり?)の言葉が標準で、ウィーンの話し方はちょっと軽くみられるというか、冗談の種にされているみたいです。ウィーン気の毒。

この本は図書館にあるので読んでみます。
Commented by foggykaoru at 2013-01-11 22:24
ケルンさん。
>ヨーロッパでどういう空気だったのか、いまはどうなのか
しょせん日本人の私には、いくら本を読んでも、本当のところはわからないんだろう、わからなくてもしょうがないとも思ったり。
でもまあ、たまにはこういう本を読んで、へええと思うわけで。

大昔、ドイツ語を勉強していたとき、オーストリアに入ったら、同じドイツ語でもかなり感じが違うので、驚いたものです。
オーストリアのドイツ語は、なんとなく、しゅわしゅわっとやわらかい感じでした。

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