中木康夫著「騎士と妖精--ブルターニュにケルト文明を訪ねて」(音楽之友社)

半分読んだところで旅行に行ったものだから、すっかり存在を忘れていた。帰国後、掃除したら出てきたので、慌てて読んだ(自爆)
私が好きなのは、どちらかというと近世。だから騎士とか妖精の時代は得意ではないのだが、この本はしっくりきた。西洋政治史を専門とする著者が、なかば趣味的に書いた本だから、却って読みやすかったのかもしれない。また、私自身が「指輪物語」を読んだことと、TVシリーズ「アヴァロンの霧」を見たことも大きいと思う。

前回ブルターニュに行く前、何冊か歴史本を読んだのだが、ケルトの地だと思っていたブルターニュが、今やフランスでいちばんカトリックの信仰の篤い土地であるという事実を知り、どう受け止めたらいいのかとまどったものだった。もちろん、(地方それぞれに生まれた文化というものもあるけれど、それはそれとして)文化とは中央から周囲に伝わり、最後には辺境に残るものなのだから、今やフランスにおいてすっかり希薄になってしまったカトリック信仰が、一番端っこのブルターニュに色濃く残っているということは、十分理解できる。でも、ケルトを求めて旅しても、実際に目にできるものはキリスト教文化だけだと思うと、行く前から空振りした気分になってしまったのだ。
この本のお陰で私の心の中にある、この割り切れなさは解消された。
曰く「ブルターニュの地にキリスト教が入ったのは、ローマからではなく、アイルランド経由だった。したがって、ブルターニュのキリスト教は、アイルランドにおいてケルト化したキリスト教であり、古代のドルイド的な色彩の濃いキリスト教だった」と。
こんなことは、西洋史を系統立って学んだ人にとっては常識なのかもしれないが。
そのケルト的なキリスト教は、16世紀から17世紀にかけて、フランスの中央集権化が進む中で圧迫されていく。たとえば、ケルト的なものの考え方は、中央王朝から派遣された宣教師たちによって一掃される。恐ろしい死に神のイメージが作り上げられた。ケルトの伝統では、船に乗せられたアーサー王が湖上の島・アヴァロンに行くように、死者は水(海や湖や川)を越え、西の地に赴くのであり、死は恐怖の対象ではなかった。

そうか、トールキン教授はケルトの死生観を作品の中に取り入れたのね。

「いや、逆だ」と教授が反論してくるのが聞こえてきそうだ。
「中つ国のエルフたちの旅立ちが、後の世に語り伝えられ、伝説として残ったのだ」という声が。

旅に直接関わるネタとしては、沈める都・イスの位置とか、行く前に知っていたらもっと感慨深かっただろうにと思うことが多々あった。もっとも、どれもかなり交通不便な場所のようで、車が無ければ行けそうにないところばかりである。アーサー王と円卓の騎士ゆかりのパンポンの森、「青ひげ」伝説の舞台、ナントの近くにある「最も美しい花の町」等々。そうそう、ブルターニュではおいしいウナギが食べられるのだそうだ。
次回ブルターニュに行くときは、この本を携えていきたいものだ。その前にまず、専属ドライバーを確保しておかなければ。
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by foggykaoru | 2005-01-07 21:18 | 西洋史関連 | Trackback(1)

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