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『藤田嗣治「異邦人」の生涯』

藤田嗣治展を見て、図録を買おうか、カードにしようか、それとも本でも読もうかと悩んだ末に買ったのはクリヤホルダーとこの本。買って読もうと心に決めてから、今度はハードカバーと文庫のどちらにするかで悩みました。ハードカバーのほうには、藤田の作品のカラー写真が数枚載っているのです。結局、文庫本にしました。ケチです(自爆)

藤田の生涯は、NHKの「日曜美術館」であらましを聞いてしまったため、これを読んでも多少新鮮味に欠けましたが、それでもなかなか興味深いものでした。

まずは、画家を志した藤田に対する父親の理解ある態度。愛情深かったと言えばそれまでですが、たいしたものです。陸軍の軍医だそうで。エリートです。当時のエリートというのは、現在の日本のエリートとは比べものにならないエリートだったはずで、ほんとうのエリートの持つゆとりをうかがわせます。

単身パリに渡った藤田が、悪戦苦闘の末に認められ、一躍時代の寵児になるが、日本では認められなかったというあたり、我が国の「出る杭は打たれる」土壌、そして、日本人のそねみ、ひがみ体質を強く感じます。

あと、当時の日本とパリの距離---物理的な距離だけでなく、心理的な距離も---がいかに大きかったか。

日本に限らず、一歩先を歩む人は、先駆者として尊敬される。
でも、二歩以上先を歩んでしまうと、尊敬どころか、理解されない。往々にして罵倒され、排斥される。

20世紀初頭のパリで学び、日本人の一歩先を歩むには、当時のヨーロッパの画家の手法をひたすら真似して、それを日本に持ち帰ればよかったのです。
でも、藤田は違った。ヨーロッパの亜流にとどまることを潔しとせず、独自のスタイルを確立し、それが認められた。これは二歩以上先に行ってしまったということです。

現在、たとえばニューヨークあたりに出ていって、独創性を認められたとしても、それはせいぜい一歩先に行ったということにすぎない。日本と欧米の心理的距離が、藤田の時代とは比べ物にならないほど小さくなってしまっているからです。

日本に帰国してからの藤田を襲う心ない批判、そして彼の孤独感は、読んでいてつらくなります。

この評伝で感心したのはそのバランス感覚です。
晩年、日本人との交流をほとんど絶っていた藤田について、直接話が聞けるのは、今や高齢となった藤田の未亡人だけ。でも、彼女の記憶がすべて正しいとは限らない。第一、藤田を擁護する立場にあるのだから、すべてが真実なのかどうか、誰にもわからない。(彼女にとっては真実であるけれど)
そのあたりのことが、きちんと書かれていて、著者の誠実さを感じます。

藤田は「自分を売り込むことばかり考えている」などと批判されたらしいですが、「売り込む」というのは聞こえが悪いけれど、「理解してもらいたい」と思うのは、人として当然の欲求です。むしろ彼は、いわゆる「芸術馬鹿」で、非常に不器用な人だったのだろうという気がしました。

昔の日本で藤田の作品に与えられた評価が正しいのか、間違っているのかは、それぞれが自分の目で見て、判断すればいいのです。私は藤田は優れた画家だと思います。彼の作品を何の予備知識も無く、初めて目にしたとき、心が震えたからです。

いつか、ランスのノートルダム・ド・ラ・ペ礼拝堂に、彼のフレスコ画を見に行きたいです。

この本に関する情報はこちら

by foggykaoru | 2006-04-28 20:41 | 伝記・評伝 | Trackback(1) | Comments(2)

Tracked from 弐代目・青い日記帳 at 2006-04-30 21:03
タイトル : 「藤田嗣治展」
東京国立近代美術館で開催中の 「生誕120年 藤田嗣治展 LEONARD FOUJITA」に行って来ました。 今年2月号の「文藝春秋」に藤田嗣治夫人、藤田君代さんの文章があります。 「祖国に捨てられた天才画家」というタイトルが付けられています。 (一部だけ載せておきますね。) 今も忘れられないのは、あの戦争が終わって、画家の戦争責任が囁かれていた頃のことです。あの人は陸軍美術協会の中心となって戦地に出向き、おそらく最も多くの戦争画を描いています。その為か戦後は画家仲間からの誹...... more
Commented by Tak at 2006-04-30 21:04 x
こんばんは。
TBありがとうございました。

藤田の作品を今まで断片的にしか
見る機会がなかったのでこの展覧会は
大変大変有意義でした。
藤田嗣治が好きになりました。
Commented by foggykaoru at 2006-05-01 22:08
Takさん。
こちらこそ、TBありがとうございます。
めったに日本の美術館に行かない私をして、足を運ばししめたこの藤田展、今年のベスト5ぐらいには絶対に入るだろうと思います。
それにしても混み過ぎですが。。。
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