阿刀田高著「コーランを知っていますか」

ここのところ、旅行ガイドブック解読に忙しかったのに加え、帰宅後も宿題(=仕事)をすることが非常に多かったのですが、ようやくその目鼻がつきました。これからはまともな読書をする時間が増えそうです。

阿刀田氏の蘊蓄エッセイ、読み過ぎてちょっと飽きてきたのかなあと、「シェイクスピア」を読んだときに思ったのですが、この本はよかったです。

話にだけはよく聞くコーランというのは、いったいどういうものなのか。それを要領よく説明してくれています。しかも、下手をすれば「アラーの神に対する不敬罪?」みたいなことも、ユーモアというオブラートに包んで上手に書いてある。

「キリスト教」「ユダヤ教」「イスラム教」の信者はみな「聖典の民」だと言われます。根っこは同じ、とか。それが実によくわかります。前二者から見たらイスラム教は(悪く言うと)「パクリ」そのものなのです。

西洋史関連書を読んでいると、「イスラムの支配下では、他宗教に寛容だった」という話がしょっちゅう出てきますが、コーランに「一神教は我々の仲間なんですよ」と書いてあるんだから、寛容なのは当たり前のことだったのだと納得。

それに対して、キリスト教、特にローマカトリックは「ニケーアの宗教会議」だかなんだかで、神学論争やって、アリウス派が異端とされた、、、、とかいうことを高校の世界史の授業で教わるくらい、部外者にはちんぷんかんぷんの細かいことに関して目くじら立てて、「異端だ!けしからん!」とやってきたわけで。
そういう体質というか伝統があるから、キリスト教徒は十字軍やら何やらのたびに、異教徒は人にあらず的な態度をとってきたのでしょう。

以上、キリスト教って了見が狭くて嫌ね、という点でした。

でも、キリスト教のほうがいいなと思うこともあります。
それは、女性の扱いです。

コーランには「女性よりも男性のほうが偉い」と明記されている。(そして、だから男性が女性を守らなければいけない、となる)

キリスト教のほうは、教会の発展とともに、原始キリスト教の時代には男性並みの地位を与えられていた女性がおとしめられ、福音書もそれに沿ったものだけが採用され、今の聖書になっていったのだけれど(←このあたり、「ダ・ヴィンチ・コード」ネタです)、少なくとも「男のほうが偉い」と「明記」はしていない。
陰でそう思っていても、書いてはいない。

この違いは大きいです。

その昔、フランスに短期留学したときに、イスラム諸国の人々と知り合いました。
イスラムの男性たちには、いつもなんとな見下されているような感じがして、いい気分ではありませんでした。そのことをイスラムの女性に話したら、彼女は大きくうなずき、「そうなのよ、イスラムの男性は威張っていて、女性を見下しているのよ」と。

レディーファーストの欧米文化というのも、「女性は弱いから大切にしなくては」ということからきているのであって、男女平等の思想とは相容れないと言われますが、「男性のほうが強くて上」と思ってはいても、それは陰に隠れているのですよね。

どちらがいいとか悪いとかいうことではありません。
一定期間、滞在したり旅行するなら、女性にとって居心地がいいのはイスラム圏よりもキリスト教圏。そして、その根本原因は聖典の記述の違いなのではないかな、と改めて思ったのです。

この本に関する情報はこちら
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by foggykaoru | 2006-07-10 22:23 | エッセイ | Trackback | Comments(6)

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Commented by snowy_opal at 2006-07-10 23:55
阿刀田高のこの手の本って、手軽に読めていいですよね。
私は東南アジアのイスラム国しか知りませんが、そちらはとても居心地が良かったです。他は存じませんが、厳しい国もあるようですね。
Commented by foggykaoru at 2006-07-11 20:47
オパールさん。
コーランを自分で読むことは絶対にあり得ないので、こういう本は貴重です。

そういえばインドネシアもイスラムでしたっけね。
私が会ったことがあるのはシリア、レバノン、イラン、アルジェリアの人たち。
同じイスラムでも、アジアとは相当肌合いが違うかも。
Commented by ケルン at 2006-07-11 22:09 x
>レディーファーストの欧米文化というのも、「女性は弱いから大切にしなくては」ということからきているのであって、男女平等の思想とは相容れないと言われますが、「男性のほうが強くて上」と思ってはいても、それは陰に隠れているのですよね。

あとね、特にカトリックの国では、女性=マリア様と同じ、なので、母は偉い!女性は偉い!という考え方があるのですよね。

日本には伝統的に、亭主関白とか九州男児とかいう発想がありますが、そういうののない国で、男性がちょっと威張ると、「男性上位主義者」として非難されるのは、日本でよりも罪が重いととらえられているんじゃないかな、と想像します。

イタリアの男の人は本当にお母さんに頭あがらないの?
Commented by KEIKO@Ufak-Ev at 2006-07-11 22:19 x
そうそう、これコーランを知るのに良いですよね。私も読みました。
どうも日本人にはイスラム教が遠い存在で、原理主義ばかり見て怖がってる人が多いですね。実はとても合理的な宗教だったりするのに。

今となっては他から聞いた話かこの本で知ったのか釈然としないのだけど(笑)、一番印象に残っているのは旅から戻った男性が奥さんに帰宅前に連絡しなければならないという教えです。なぜなら間男を逃がす猶予を与えるためって‥‥笑っちゃいました。

私が初めて知り合ったイスラム教徒はインドネシア人。そのあとトルコ人です。他は知らないな~。どちらも敬虔な人となまぐさっぽい人がいて、それもけっこう面白いですよね。
Commented by foggykaoru at 2006-07-12 21:45
ケルンさん。
確かに欧米では、威張っている男性はともすると「マッチョ」という非難を浴びがちですね。
フランスでわりとしょっちゅう「日本の男性はmachisteなのか」と聞かれます。考えてみれば、(いったい何を期待してそんな質問するのかな?)
それに対しては「いーえ、最近は女性が強いですよ」と答えてます。
Commented by foggykaoru at 2006-07-12 21:52
KEIKOさん。
イスラムはマホメットの時代においては、非常に開明的な思想だったのだろうと思います。女性の扱いについても。
あの時代にはとても進歩的で人道的な考え方だったのだな、と。
でも、新しいものというのは古くなるのですよね。

記事に書き忘れましたが、旅先ではモロッコの物売りとガイド、トルコの多くの人々に会ってます。
その程度だと、女性を見下しているかどうかまではわからないです。
セクハラおやじの比率が高いというのは、やっぱり見下している証拠なのかな?

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