澤地久枝著「石川節子---愛の永遠を信じたく候」(文春文庫)

かの啄木の妻・節子の伝記。
まるで不幸になるために結婚したようなものだと、かねがね思っていたけれど、そのとおりだった。

娘全員をミッション系の女学校にやれるほど裕福で見識ある家庭に育った彼女は、伴侶によっては幸せにもなれる人だった。
一方、啄木のほうは、不幸になるべくしてなったのだと思う。(啄木ファンには申し訳ないが)

とはいえ、啄木にも気の毒なところはあった。
実家の零落が彼の人生のスタート時に影を投げかけたということは知っていたが、それが祝言の直前だったというのは知らなかった。
たったの19歳である。両親の扶養というとんでもない重荷がのしかかってきて、これに加えて妻まで養うなんて冗談じゃない!と、ビビってしまい、結婚から逃げ出そうとしたふしがあるのだそうな。

でも、啄木は素直な自分の気持ちを節子に伝えることはなかった。一生を通じて。ええかっこしいで。
さらに、勤勉ではなく(仕事を得てもすぐにサボる)、すぐに人にすがって借金をする。女遊びにうつつを抜かして、生活費の送金も怠るし。それでもってかなりのマザコン。
はっきり言って、亭主としてはサイテーである。

でも、これだけ借金できたというのは、援助する人がたくさんいたということで、これはとりもなおさず、啄木が魅力的だったということなのではないかと思う。
いわゆる「人たらし」だったんじゃないかしら。

単身赴任状態のときの放蕩生活を赤裸々に綴った日記を、啄木は焼き捨てろと言い残した。しかし、節子はそれを読んだ上で保管した。
それはなぜか。
まず第一に、たった7年の間にこれ以上無いというほどの苦労をし尽くして、「惚れたはれた」を超越してしまったということがあろう。「私があんなに苦労していたときに、生活費も送らないでこんなことをしていたのね、悔しいっ! キーッ!!」というレベルはとうの昔に卒業していたのだろう。
でも、それだけではないと思う。
ポイントは「知性」である。
亭主としての啄木ではなく、彼の才能を愛していたからなのだ。

そもそも、2人を結びつけたのは文学への情熱。
今から100年以上前、義務教育すら定着していない時代に、文学を語り合う友を見つけたのだ。

好きな本について語り合える友というのは貴重である。最高の友と言ってもいい。
しかもその友が、同い年の異性だったのだ。
思春期にそういう相手に出合ってしまったが最後、惚れるなと言っても無理というもの。

そういうふうに愛した人の書き残したものは宝である。
たとえそこに自分への裏切りが書きつづられていようと。

いろいろな意味において、もしも節子がいなかったら啄木はなかっただろうと思った。


この本に関する情報はこちら
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by foggykaoru | 2006-07-24 20:07 | 伝記・評伝 | Trackback | Comments(12)

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Commented by KIKI at 2006-07-24 23:04 x
啄木についてはあまり知らなかったのですが
面白そうな本ですね。
それにしてもいくら最高の友でも、ここまでのダメっぷりは
無理です。即離婚です!(笑) 
でも才能を開花させてあげたいって気持ちはちょっとわかります。
Commented by foggykaoru at 2006-07-25 21:19
KIKIさん。
あんまり知らない人にこそ、この本はインパクトがあるかも。
でも、アマゾン見る限りだと、この本はユーズドしかない、つまり絶版みたいですね。
私は(いつものとおり)古本屋で見つけました。

ホント、啄木みたいな亭主、今だったら妻のほうから即離婚でしょうね。
でも、当時の女性にはそういう選択肢はなかったのだろうと思います。
Commented by at 2006-07-25 23:22 x
うわ~。当時としては離婚なんて出来なかったでしょうが、全く理解できない人生です。かおるさんのレビューだけでも生理的に「無理だ」と本ごと拒否してしまいそうです。作者は誰なんだと確認したら納得しました。
植物にも動物にも年寄りにも小さい子供にも大事にしようという気持ちは動きますが、これほどのダメ男にはいくら才能を評価しても一緒には居られないです。一晩寝かせたけど、生理的にダメです。
Commented by foggykaoru at 2006-07-26 22:07
蓮さん。
うーん、著者の澤地久枝さんのせいではないと思います。。。
盛岡にある、啄木記念館のきれいごとの展示を見ていて、、なんとなく腑に落ちなかったことが、この本を読むとすっきりしますから。
ファンには申し訳ないけど、啄木は生まれ育った家庭にも問題があったと思うのよねー
これ以上は言えないけれど。
Commented by at 2006-07-26 23:09 x
言葉足らずでしたね。すみません。何度もやってしまう私はアホですね。
澤地久枝さんらしい題材の選択だと思うのです。なんでこんなに救いのない人生の女性の生涯を取り上げるかなあと思いました。「幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」にならない人生は多く、興味深いとしても。
ファンではないし、文学に興味があるわけでもないから、すっぱり切り捨ててしまったのかなあと思いました。
Commented by KIKI at 2006-07-27 00:50 x
そういえば盛岡に行ってらしたのですね。
私も「啄木新婚の家」に行ったことがあることを思い出しました。

絶版でしたか、残念です。ボチボチ探してみます。
当時としては離婚なんて考えられなかったのは分かるのですが・・・
思わずつっこんでしまいます(^^ゞ
Commented by foggykaoru at 2006-07-27 20:30
蓮さん。
啄木に興味を持ったら、自然に節子に興味が湧く人は少なくないと思うんですよ。
それに、お子様向けでない伝記というのは、「めでたしめでたし」ではないのが普通だと思うんですが。でも、確かに救いは全然ありません。読み始めて5分の1ぐらいから不幸せのオンパレードで、「これからもっともっと不幸になるのに、今からこんなにつらかったらどうしよう」と思いながら読みましたから(苦笑)
Commented by foggykaoru at 2006-07-27 20:34
KIKIさん。
盛岡に行く直前に、たまたま古本屋で見つけたんです。
持っていれば差し上げるところなのですが、捨ててきちゃった。。
「新婚の家」は行ったことないです。さぞかしちっこい部屋なのでしょうねえ。
Commented by ジロちゃん at 2006-07-31 02:36 x
この前mixiで、宮沢賢治についての日記を書いたのですが、そのなかで少しだけ啄木にも触れました。http://mixi.jp/view_diary.pl?id=185533640&owner_id=1251193
私は少年時代の9年間ほどを盛岡で過ごしたのですが、高校の同級生に、石川節子の親類(本家筋?)にあたるという女の子がいました。節子は、旧姓が堀合だったと思いますが、同級生の堀合嬢は、髪もまゆ毛もまつ毛も濃く太い、ちょっと男顔の女の子。盛岡には、明らかにアイヌ系とおぼしき、顔の彫りが深くて毛深い美男美女が多かったのですが、それともまた違う感じ。歩くときに、制服のセーラー服の腰の辺りに後ろ手を組んで悠然と歩くのが常で、ちょっと西郷さん風w。なんだかおばさんくさかった……。友人たちは、「あれが節子の親戚かよ、イメージ狂うなあ!」なんて揶揄していましたっけ。丈夫そうだったもんな……w。啄木新婚の家も、昔は市街の中心にほど近いバス通り沿いにあり、車がはね飛ばす泥水を被って、羽目板など真っ白に汚れて反り返っているという、放置された状態でした(現在は違うようですが)。よく窓から狭い室内をのぞき込んだものです。昔の啄木への扱いがわかるような気がします。
Commented by foggykaoru at 2006-08-16 23:30
ジロちゃんさん。
mixi見てきました。ランサマイトでいらっしゃるのですね!!!
ホント、堀合節子、写真で見ると「!」という感じです。同い年とは思えない。きっと啄木よりもしっかりしていたんじゃないかなんて想像してしまいます。
Commented by ジロちゃん at 2006-08-17 00:43 x
こんばんは。お帰りなさい。
そうなんです、僕もいちおうランサマイトなんです。古いだけなんですけどねw。
とても皆様のような情熱はないのですが、好き、という点では負けないつもりです……w
あと、mixiのアーサー・ランサムコミュの自己紹介にも書きましたが、「岩波少年少女文学全集」に入っていたローラ・インガルスの「大草原の小さな家」シリーズの一つ、「長い冬」を読んでから、このシリーズにもはまりました。好みが似ているかな?w
Commented by foggykaoru at 2006-08-18 00:17
ジロちゃんさん。
古いだけというのは私も同じ。
「好き」というのが最大のポイントです♪
情熱、、、ですかね。それは「好き」という人たちが集まると、なんとなく自然に熱くなってしまうということなんじゃないかしら。
ローラ・インガルス・ワイルダーはランサマイトの好みに合いますよねー♪ あとは「カッレくん」も。

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