大村彦次郎著「文士の生きかた」

年末のモロッコ旅行に持っていった本。

この本で取り上げられているのは以下の13人。
1)芥川龍之介
2)葛西善蔵
3)嘉村礒多
4)直木三十五
5)徳田秋声
6)近松秋江(←「あきえ」ではなく、「しゅうこう」と読む)
7)葉山嘉樹
8)宇野浩二
9)久保田万太郎
10)谷崎潤一郎
11)高見順
12)山本周五郎
13)和田芳恵(←「よしえ」だけど男性)

この中で作品を読んだことがあるのは芥川と谷崎、山本だけ。
「文学史」で名前を覚えたのが葛西、徳田、宇野、久保田、高見あたり。
直木は直木賞で知ってるだけ。

「文士」って何?と思いながら読んだのだが、まあみんなろくでもない(苦笑)連中ばかり。
谷崎が佐藤春夫に妻を譲渡した事件は知っていたけれど、あらためて読むと、ほんとに呆れるほどわがままで勝手なヤツである。
時代が古い人ほどひどい。養子で養父母や伯母に気を遣ってばかりだった芥川は別だが。特に葛西と直木というのは「いったい自分を何様だと思ってるの?」と言いたくなるほど。
そして、どんなにひどいヤツにも妻がいる。今だったら考えられないことだ。
でもまあ、あえて葛西と直木を弁護するなら、彼らはイケメンなのである。
イケメンじゃなくて、生活力もさっぱり無くて、しかも女性関係にだらしないという、最悪の男たちにもちゃんと妻がいて、けなげに連れ添ってくれているというところに、時代を感じる。

思うに、明治・大正の時代、そこそこの学校を出て文学やってる男性というのは、それだけで、とっても偉そうでかっこよかったのだろう。
男性優位の時代であった上に、文学の地位も今よりずっと上だった。
「文学のため」「小説のため」というのが、すべての免罪符になったということなのだろう。

直木という人は、今だったら小説なんて書いていないだろうな。
たぶん、違うメディアのプロデューサーになってたんじゃないだろうか。
「ヒルズ族」になってるかも。

で、「文士」って何?
愛人のところに子どもの1人や2人いるものらしい。
そして、それをモチーフにしてどろどろした私小説を書くものらしい。
私の場合、旅をすることによってネタを見つけてきてるのだが、文士というのは、自らの恥をネタにして小説を書くものらしい。

今は「小説書いてますんで」ですべてが許されたりはしない。
女性も黙っていない。

だから文士はもういない。


自らの恥をネタにして記事を書くライターたちは、文士の末裔なのだろうか?
たとえば、「だめんず」書いてる彼女とか、ショッピング狂のために首が回らなくなったことをネタにしてる彼女とか。

思いつくのが女性ばかりというところに、またさらに時代の流れを感じてしまった。



この本に関する情報はこちら
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by foggykaoru | 2007-01-03 20:40 | 伝記・評伝 | Trackback | Comments(2)

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Commented by ラッコ庵 at 2007-01-05 10:29 x
「百年の誤読」は、お読みになりましたか?
文学史で習ったけど誰も読んでない昔のベストセラーを読み返してみる、という企画で、トンデモ本ばかりなのにあきれます。
その中で読み継がれている名作は、やはり普遍性があるんでしょうね。
Commented by foggykaoru at 2007-01-05 21:07
ラッコ庵さん。
その本、面白そうですね。メモメモ。
根拠は無いんですけど、直木の本って、トンデモ本なんじゃないかしら?

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