カテゴリ:西洋以外の歴史( 11 )

世界の辺境とハードボイルド室町時代

誰ですかこんなタイトルつけたのは。
村上春樹のパクリじゃないですか。

「書泉グランデ」の「旅行フロア」に行き、「テツ」度の高さに圧倒されながらも「秘境駅に行こう!」なんて本を買ってしまった私ですが、その次に行った「冒険フロア」ではもっと目をむくことになりました。
なんとそこは「軍ヲタ」の世界だったからです・・・

気を取り直して、片隅の「冒険本」の書棚を物色して見つけたのがこの本。

高野秀行氏がらみの本です。
「~がらみ」というのは、彼の「著作」ではないから。
高野氏と、清水克之という人の対談集なのです。

歴史好きと言っても西洋史偏向の私はちっとも知らなかったのですが、この清水氏、室町時代の専門家で、最近話題になった本の著者だそうで。
畑違いのこの2人の出会いのきっかけが面白い。
2人の著作を読んだ人の「ソマリア人と室町時代の日本人が似ている」というツイートなんだそうで。
やっぱりネットってすごいのね。

異種格闘技?!の趣があります。
闘ってるわけじゃなくて、むしろ仲良く盛り上がっているんですが。
ものすごく面白いです。
読み終えたのが10日くらい前なので、すっかり忘れてます(←いつもこれだ)
その後も時々ぱらぱら読み返して、そのたびに「へええ」「ほうほう」と感心してます。
ピストルはちょうど刀みたいなものだ、とかね。
「ふむふむ」と思ったあなた!
絶対にあなたが考えた程度のことじゃありませんよ!!

高野ファンよりもはるかに多いであろう、普通の「歴史マニア」がこの本を読んで、高野氏に興味を持ってもらえたらいいなと、高野ファンの私は心から思います。

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by foggykaoru | 2015-12-11 19:57 | 西洋以外の歴史 | Trackback | Comments(2)

ロシアについて

司馬遼太郎の歴史エッセイ。
裏表紙に「読売文学賞受賞」と書いてあったので、古本屋で50円で購入。

ロシアとは言っても、司馬遼太郎なので、日本と関わりが大きい地域、つまりシベリアが中心。そしてシベリアの隣接地帯であるモンゴルについてもいろいろ。

このあたり、昨年の夏に旅行したところなのです。だから読んだわけ。そうでなかったら、たとえ50円であっても、たとえ文学賞受賞作品であっても、手が出なかったことでしょう。もともとそんなに興味のある地域ではないので。

最初はあんまり調子が出なかったのだけれど、読み進むうちに面白くなった。

ロシアと比べると、はるかに遅れた地域だったシベリア。
だから、ある程度ロシアが力をつけたら、わりと簡単に手に入ってしまった。
手に入ったはいいけれど、維持するのは大変。なにしろ食べるものがない。
でも黒てんという、素晴らしい輸出品目が山ほどあったこともあり、維持したかった。
で、食糧供給地として日本に目をつけたのだけれど、日本人は黒てんなんか欲しがらない。なにしろ暖かいから、毛皮の需要が無いわけで。第一、鎖国してたし。

モンゴル地帯の騎馬民族は、一時期、ユーラシア大陸を牛耳ったけれど、火器の発達とともに落ちぶれていく。
中国にいいようにやられてしまって、ロシア寄りになる。
だからモンゴルは言語をキリル文字化したり、ソ連寄りの社会主義だったわけね。

それ以外にもいろいろ興味深い話があったけれど、忘れてしまった(涙)

1989年刊なのだけれど、今の世界を考えるうえで、非常に参考になると思う。良い本です。また読み直すかも。

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メインサイトではシベリア旅行記を公開中。
もっとも、モンゴル関連の地域についてはまだ準備中。今少しお待ちを。
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by foggykaoru | 2015-04-24 21:18 | 西洋以外の歴史 | Trackback | Comments(2)

アンコール・ワット

創元社の「知の再発見」双書の1冊。

アンコール・ワット周辺の遺跡群には、樹木に浸食されているものがある。自然の力に感嘆しつつも、「なんでここはこんなふうにしてあるの?」と疑問に思ったのだが、この本を読んで謎が氷解。

カンボジアを植民地支配したフランスは遺跡群を研究した。
さらに、救急医療の分野で有名になった「トリアージュ triage(=仕分け)」も行ったのである。
こっちの遺跡は修復する、でも、こっちのは樹木の繁殖にまかせよう・・・と。

また、現在遺跡群を観光するときは、トゥクトゥクまたはタクシーをチャーターするのが一般的である。
ジャングルの中に点在する遺跡を廻るために切り開かれた道を行くのだが、「大回り」「小回り」の二種類のコースがある。
これを作ったのは誰なのかなあ
世界遺産登録のためにカンボジア政府が頑張ったのかしら
などと思っていたのだが、全部フランス人だった。
1920年ごろには今のコースが開通していたのだと!!

以上のように、納得したり、驚いたりできたので、行ってから読んで正解だった。


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by foggykaoru | 2014-02-13 21:00 | 西洋以外の歴史 | Trackback | Comments(6)

1911

世界史受験だったのだけれど、東洋史はほとんど忘れてしまった私。
この映画を見ればお隣の中国の歴史の勉強になるかと思って観てきました。

袁世凱というのが軍閥の人で悪っぽい役回りで、孫文がなんだかとても尊敬されているということだけは覚えていました。でも、世界史の授業では一瞬出てきただけだったような。上海に行っても「孫文の家」を見に行く気なんかさらさら起きなかった。

この映画がどこまで孫文の真実を描いているのかは知らないけれど、見終わったときには「孫文、偉い!」という気分になりました。清朝への借款を思いとどまるように英・米・仏・独の銀行家を説得するところがすごいです。やっぱり外交交渉には知性に裏打ちされた語学力が必要なんだなあと。

対する袁世凱。策士だけど憎めない。「おぬし、なかなかやるのう」と言いたくなる。決して悪くは描かれていない・・・ような印象を持ちましたが。

あと、近代戦になってからの革命というのは、ほんとにキツイものですね。
もちろん18世紀末のフランス革命だって血みどろだったのだけれど、武器の殺傷力が全然違う。第二次世界大戦後の植民地からの独立戦争もキツかった(もっとずっと。空中戦もあるわけだし)のだなあと、しみじみ思いました。

Wikipediaの孫文の写真を見たら、映画とそっくりでした。じゃなくて、映画の孫文が実物にそっくりだということですが。中国人が見たら「おお!」と感動する作り込みなのでしょう。

ジャッキー・チェンも、そのパートナー役の女優もよかったけれど、清朝最後の后妃もよかったです。そうか、「ラストエンペラー」にも出ていたのか。。。

この映画でいちばん印象的だったのは、清朝皇帝退位の場面。
きわめて映像化しにくいこの場面(なにしろ、戦いも何もなくて、ただ退位しただけですから)を、映画的に上手に処理している。

あと、食事の場面。すごくにぎやかなんです。お粥をすする音、食器の音。いちばん「中国」を感じた場面です。

「1911」という邦題はどうなんでしょうね。
革命が始まったのは1911年だけど、清朝皇帝が退位したのは1912年。
旧暦で言えば両方とも「辛亥(かのといのしし)」の年。だから辛亥革命という。
もっとも、原題の「辛亥革命」では日本の観客は呼べないか。


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by foggykaoru | 2011-11-20 19:38 | 西洋以外の歴史 | Trackback(4) | Comments(4)

さまよえる湖

西洋史以外の歴史には疎い私でも、シルクロードに栄え、砂の中にうもれた楼蘭、そして神秘の湖ロプノールの名前は知っている。
楼蘭って、名前が素敵すぎるのよね。。。

その発見をしたヘディンの著作。
たまたま古本屋で見つけて読んだ角川文庫ソフィア版は、どうやら完訳ではないようで。

でも長さとしてはこれで十分。
ものすごい探検なのだけれど、とても地味な本なので(小説じゃないし)、ちょっと飽きて読み飛ばすところもなきにしもあらず。
でも読み終わると感動する。感銘、と言ったほうがいいかな。

何日も砂漠を苦労して進み、ときたま見つかる建物の残骸とか墓が、どれもこれも1600年以上前のものなのだ。すごい。
探検したくなる気持ちがわかるような気がする。

巻末にある地図がもっと詳細だったら、それをたどりながら、もっと面白く読めるのに。

私が読んだ版は在庫なし。
他に岩波文庫版とかあるようで、そちらはたぶん完訳?
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by foggykaoru | 2011-08-14 22:54 | 西洋以外の歴史 | Trackback | Comments(2)

「アンデスの黄金」

中公新書。著者は大貫良夫という人。東大名誉教授だそうだ。

ペルー関連ということで読んだのだが、私が行くところとは直接的には関係が無い。
クントゥル・ワシというところの遺跡発掘調査と発見されたもののその後の話である。
遺跡に関してはほとんど斜め読み。
興味深く読んだのは、地元の人々やとのすったもんだやペルーのお偉いさんとの折衝のほう。
先日読んだ本でも思ったのだが、考古学というのはなかなか大変な学問だ。体力がないとやっていけないというだけでなく、政治力も必要。
最終的にはペルーの人々は「他のペルー人よりも、日本人のほうが信用できる」と言ってくれたのだそうだが、そんなんでいいのかペルー人! 日本人としては嬉しいんだけどさ。

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by foggykaoru | 2008-07-26 21:05 | 西洋以外の歴史 | Trackback | Comments(12)

「インカに眠る氷の少女」

インカ関連の本は去年メキシコで1冊読んだのだが、もうちょっと読んでおいてもいいかなと思って手にとった次第。


インカ帝国の人々は、神へのいけにえを捧げた。
ここまでは他の地域の人々も同じだが、いけにえを捧げた場所がさすがインカ。アンデスの山々の頂なのである。

そしてそのいけにえは、高地という特殊な環境下において、ミイラとなった・・・

そのミイラを発見し、研究するのが「高地考古学」という分野の研究者たち。
この本の著者であるヨハン・ラインハルト氏もそのひとり。
「インカの完全な姿のミイラを発見したい」
この夢を追い求めて、ラインハルトさん頑張る頑張る。

身1つで数百メートルの山に登るだけでも大変なのに、登山家は何十キロもの荷物とともに数千メートル級の山に登るのである。それだけでも驚異の世界なのに、高地考古学者ときたら、発掘や発見物の保存に必要な機材を運び上げ、5000~6000メートル級の山々で延々と作業を行うのである。発掘のために山に登っても、メンバーの4分の1くらいは高地に適応できずにダウンしてしまうのだそうな。
そんなキツイ研究をわざわざ好き好んでやるなんて、物好きとしか言いようがない。いろんな人がいるもんだなあ。世界は広い。

でも、そういう人々のお陰で、我々凡人は数百年前の少女の生きているような姿を目の当たりにすることができるのだ。

高地考古学者のみなさん、ご苦労様です。
そして、どうもありがとうございます。


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by foggykaoru | 2008-06-03 21:05 | 西洋以外の歴史 | Trackback | Comments(6)

ダリエンについて

あるいは、おおしきコルテスが
---部下のすべてがあやしみて、ののしりさわぐただなかで---
ひとり静かにダリエンの、頂に立ち、するどき目して、太平洋をにらむがごとく。

ご存知「ツバメ号とアマゾン号」の冒頭部分。ランサム愛読者は、訳がわからないまま「コルテス」「ダリエン」という名前を覚えてしまったという体験を共有しているわけです。

メキシコ旅行を決め、メキシコの地図をしみじみ眺めるようになって、「コルテスが立ったダリエンとはどこか?」という疑問に取り憑かれたのですが、解決できないまま旅立ちました。
そして旅行中にインカ帝国征服の歴史の本を読みました。
するとそこに、インカ以前のスペイン人の中米進出についての歴史も書かれていたのです。ダリエンが出てきたのですよ!

この本自体はメキシコの日本人宿に寄付してしまったのですが、内容は旅の手帳にしっかりと書きとどめてきました。

===========
ダリエン市は、パナマ地峡の付け根の「北」側にある。つまり、カリブ海に面している。(ピンとこなかったら地図を見てください。)
1510年、ダリエン市建設開始。アメリカ「本土」における、初の本格的なヨーロッパ人の植民地。
1513年、バルボア、ダリエンを出発し、パナマ地峡を横断して、太平洋を「発見」する。同行した部下の中に、後にインカを征服したピサロがいた。コルテスはいない。
1519-1521年、コルテス、メキシコのアステカ帝国を攻撃し、征服を果たす。
===========

ダリエン「岬」がどこにあるのかはわかりませんが、とにかく、ダリエン「市」は太平洋に面していなくて、太平洋をにらんだのはコルテスではなくて、バルボアなのです。

ではなぜこんな詩が書かれたのか。
詩人(←名前不明)の知識不足が最大の原因だと私は思います。
聞きかじった話を確認せずに使ったのでしょう。

あともう1つ。
中南米征服に関わったスペイン人というのは、そのほとんどがあまり生まれの良くない食いっぱぐれ。ならず者と言ってもいいくらい。その中にあって、コルテス1人が貴族出身。しかも大学出の教養人。(ピサロも貴族の血を引いているけれど、庶子だったし、ろくな教育を受けていなかった。) 要するにかっこいい。絵になる。だから、ここはどうしてもコルテスでなくてはならなかった。

あくまでも私の想像ですので、マジに議論をふっかけないでくださいね。
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by foggykaoru | 2007-09-17 08:23 | 西洋以外の歴史 | Trackback | Comments(5)

増田義郎著「インカ帝国探険記--ある文化の滅亡の歴史」

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メキシコ旅行に持っていった本です。「メキシコはインカじゃなくてアステカだろう!」と突っ込む方もいらっしゃることでしょう。でも、同じ著者の「古代アステカ帝国---征服された黄金の国」はずっと昔にすでに読んであったので。

「アステカ」はすでに絶版のようですが、こちらは今も版を重ねています。初版1975年で、私が古本屋で買ったのは1997年19版。ロングセラーなのですね。

「探険記」と銘打っていますが、著者が探険した記録ではありません。インカ滅亡史。副題のほうが正しい。
改めて思ったのですが、中南米のインディオというのは、スペイン人にとって「カモネギ」のような存在だったのでしょうねえ。うなるほどの金銀財宝を持っていながら、馬も鉄を知らなかった。

それにしても、100だか200の手勢で数万のインカを征服しようなんてのは、恐るべき暴挙であり、兵士はもちろん、隊長ピサロ本人も相当ビビっていた。

そのピサロを支えたのが、アステカ征服者である先輩コルテスの助言だった。
その助言とは「皇帝を生け捕りにしろ」
これに成功した瞬間、インカは実質的にスペインのものになった。

もちろん、そんな助言をもとに周到に準備したにしろ、最後の最後は一か八かの賭けだったのだが。

そんなスゴイ奴・ピサロだが、スペイン人同士の内輪もめの中であっさり命を落とす。あらま。

一方、インカの生き残りは、その後も抵抗を続ける。
一掃されたのは皇帝が捕まってから数十年後。

そして、20世紀。アメリカ人学生によるマチュピチュ発見。

すでに読みかじり・聞きかじりの知識があったので、新鮮な驚きに満ちているわけではありませんでしたが、それでも非常に楽しめました。真面目な勉強にも役立つだろうし、エンターテインメントとしてもお薦め。中南米史研究のパイオニアである著者が若かりし頃、初めてインカを旅して、その感動をもとに渾身の力で書いたのだろうなあと感じさせる本です。

あとは蛇足
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by foggykaoru | 2007-09-07 10:08 | 西洋以外の歴史 | Trackback | Comments(4)

岡本隆三著「纏足物語」(東方選書)

c0025724_946395.jpg古本屋でこの本に手が伸びたのは、昨年末に中国に行ったことが関係していないと言えば嘘になる。

ご存知のとおり、「纏足」は中国四千年の歴史の中で生まれた、世界に類を見ない奇習である。
「纏足を施された幼女はその痛みに耐えかねて毎夜泣く」というという程度のことは、かのパール・バックの「大地」で知っていたつもりだったが、改めて詳しい説明を読むと、胸が悪くなる思いだった。恐いもの見たさで一気に読んでしまったが。

一口で「足を縛って成長をとめてしまう」と言われても、どういうことなのかぴんとこないが、図説や写真が豊富に載っているので、非常にわかりやすい。わかりやすくて、とてもキモチワルイ。
これを愛らしいと思ったなんて・・・(絶句)

纏足が「夜の技巧」にも利用されたということも、なんとなく聞いてはいたが、この本を読んで、ある程度具体的にわかった。わかったけれど・・・よくわからん。

この風習は、ひそやかな残酷性という点で、史上、群を抜いているのかもしれないが、ひょんなきっかけで生まれた流行がいつしか伝統になり、人々がそれに従わざるを得なくなるということがあるというのは、厳然たる真実である。
人間、そして人間の社会というのは、なんと奇妙なものなのだろうか。

この本は、現時点において、熱帯雨林では入手不可能。
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by foggykaoru | 2006-04-15 10:18 | 西洋以外の歴史 | Trackback | Comments(14)