カテゴリ:普通の小説( 123 )

「しゃべれどもしゃべれども」

「一瞬の風になれ」の佐藤多佳子さんの小説。「一瞬の・・・」の順番がいつになっても廻ってこない(だったら買えよって話もあるが)ので、とりあえずこちらを読んでみた。人間ドックの待ち時間が有効に使えた(笑)

去年、TOKIOの国分太一クン主演の映画の予告編を何回も観てしまい、自由に脳内映像を描くことができなかったのがちょっと残念。でも楽しかった。DVDを観てみようかなという気にもなっている。

この小説は一人称で語られているのだが、「坊ちゃん」を意識したその小気味よい語り口がが最大の魅力だと思う。

「一瞬の・・・」がますます楽しみになってきた。

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by foggykaoru | 2008-07-11 20:42 | 普通の小説 | Trackback | Comments(8)

「八十日間世界一周」再読

言わずと知れたジュール・ヴェルヌの作品。

再読と銘打ったけれど、ほとんど覚えてません。小学生の頃、抄訳で読んだだけ。映画(←観てません)のテーマのだけは「兼高かおる世界の旅」(←知ってる人はイイ年です)で使われていたから、おなじみだったけど。

今は飛行機を使ったら世界一周なんて1日でできてしまう。
でも、ほんとうの意味で世界を一周するには、空を飛んでしまってはいけないと思うのです。空を飛ぶのをアリにしたら、地球の周りをくるくる回ってる人工衛星もアリになってしまうから。
やっぱり地球にくっついて一周しなくちゃ。

もしも今、陸路と航路だけで世界を一周しようとしたら、どのぐらいの日数がかかるのでしょう?
1ヶ月ぐらいかな?
世界は思ったほど小さくなってないのかも。


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ネタバレです。
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by foggykaoru | 2008-05-22 21:17 | 普通の小説 | Trackback | Comments(18)

「幸福な食卓」

瀬尾まいこ著。以前読んだ彼女の作品が好印象だったので。

十代の女の子が主人公とあって、さすがに私@オバサンにとっては「我がことのようにびんびん響く」ということはあまりないのだが、、、
次第にのめりこんで、最後には佐和子と一緒に泣いてしまった。
でも、苦い涙ではない。
すがすがしい読後感。

人生にとって、「役割を演じる」というのはどういうことなのだろう?
それに疲れを感じることもあるし、その負担に押しつぶされそうなこともある。
でも、同時に、それは人生の張りでもあり、喜びでもある。
役割の無い人生などあり得ない。


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by foggykaoru | 2008-04-19 18:12 | 普通の小説 | Trackback | Comments(2)

「愛の妖精」

私はフランス文学が得意ではない。
なんとなく男性の側に立った作品が多いような気がするのだ。
そして多くの場合、女性は「男性を惑わせる存在」として描かれる。
恋愛の段階までいかない、子ども同士の関係においてさえも。

たとえばフランスの国民的作家マルセル・パニョルによる幼年時代三部作。第一作「父の大手柄」と第二作「母のお城」はおおいに気に入ったのだが、第三作「秘めごとのとき」で幻滅した。幼いマルセルが初めて知り合う異性である女の子が、まるで妖婦のようで読んでいてうんざりしてしまったのである。
(英米文学に登場する少女は、そんなに小さい頃から異性を幻惑したりしないのに。)

でもジョルジュ・サンド描くこの作品は男目線ではない。
なんてったってサンドは女性だし。ショパンを始め数々の恋人を持ったことで知られる男装の麗人です。
その彼女が、ヒロインであるファデットの口を借りて、常日頃から思っていたことを語っているのだから、当時からすると先鋭的だっただろうが、現代の感覚では「ちょうどいい」のだ。
小説としての筋立ては、現代の感覚では安易だけど、気持ちよく読める。
本好きな女子中高生にも薦められます。

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(↑これは岩波文庫。私が読んだのは角川文庫です。)
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by foggykaoru | 2008-03-24 21:12 | 普通の小説 | Trackback | Comments(2)

アンリ・トロワイヤ著「サトラップの息子」

かなり昔、トロワイヤ著の「女帝エカテリーナ」「大帝ピョートル」を立て続けに読んだことがある。(「アレクサンドル一世」も読んだかもしれないがよく覚えていない。)

そのトロワイヤが普通の小説を書く作家だったということに、まず驚いた。
それどころか、若くしてゴンクール賞(日本で言えば芥川賞みたいなもの?)を受賞し、40代の若さでアカデミー・フランセーズの会員になったという、正統派バリバリの文学者だったのである。

ロシアの裕福な家庭に生まれ、ソ連邦の誕生とともに、家族をあげて命からがらフランスに亡命し、帰化したという彼自身がこの小説の主人公。非常に私小説っぽい雰囲気の作品だが、訳者のあとがきによれば、彼とその家族以外はおそらく創作であろうとのこと。

地味な小説なので、読んでいるときはそれほど気に入ったという自覚はなかったのだが、妙にあとをひく。私は子どもの頃、気に入った作品は読み終わったとたんにまた読み直す、という癖があったのだが、久しぶりにそういうことをさせてくれた作品。

トロワイヤ、あなどれんぞ。
さすがアカデミー・フランセーズ(笑)

ソ連の社会主義革命は、トロワイヤのような才能を駆逐したのだ。文学に限らず、いろいろな方面の才能を。たぶん今もなお、その損失は埋め合わされていないんじゃないだろうか。モスクワ空港のトランジットの混乱ぶりは、気の利いた人が足りない証拠(爆)

祖国を捨てることによって人は心に傷を追う。その傷はたとえ新しい国に順応できたとしても、決して癒えることはないのだろう。ふと、「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」を思い出した。

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草思社刊です。
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by foggykaoru | 2008-02-25 21:28 | 普通の小説 | Trackback | Comments(2)

ケストナー作「消え失せた密画」

ブック○フで105円だったから、つい買ってしまった。ケストナーによる大人向けの小説としては「雪の中の三人男」を読んだことがあるが、全く同じタイプ。ユーモア小説です。

私は小学生のとき、「エーミールと探偵たち」を読んで、おおっこれはすごい!と感動し、もしかしたらこの作家は大好きになるかもしれないと思い、数冊立て続けに読んだけれど、いつしか冷めてそれきりになってしまった、という過去を持ちます。
つまり、ファンというほどではない。
けれど、幼少期のすり込みがあるので、親近感はかなりある。
だからつい買ってしまったわけで。
そしてごく淡々と読み終えました。
最近は小説というジャンルに強く惹かれなくなっているということもあるかも。

いちばん楽しめたのは、小松太郎氏の翻訳です。古臭いところがいい。
でも疑問点が1つあります。
今ほどは欧米の生活様式が日本に入っていなかった頃にこれを訳すのは大変だったと思うのですが、「Prost!」をそのまま「プロースト!」としているのはなぜ? 
日本語には「乾杯!」という言葉があるではないの。

あと、ベルリンの人がちょっと気晴らしに行くのはコペンハーゲン、なんですねえ。
ロンドンの人が行くのはパリ。(パリの人はロンドンには行かないが)
つまり、英仏は北海ゾーン、ドイツはバルト海ゾーン。ドイツは英仏とは文化圏が違う。
「エーミールと三人のふたご」の舞台になったヴァルデミュンデも出てきます。ヴァルデミュンデは先日読んだ松本さんの本でも紹介されていたのだけれど、このビーチ(そのものだったかどうかはよく覚えていないけれど、少なくともその近所のビーチ)には行ったことがあります。8月中旬にしてすでにあまりにも寒々しいことに驚愕し、そんな場所で「夏だ! 海だ!」と大喜びするドイツ人って可哀想・・・としみじみ思ったものです。

以前読んだ「雪の中の三人男」に関連する記事はこちらこちら

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by foggykaoru | 2007-10-28 21:31 | 普通の小説 | Trackback | Comments(18)

海老沢泰久著「美味礼賛」(文春文庫)

c0025724_19474597.jpg辻調グループの先代校長・辻静雄の半生を描いたものだが、伝記ではない。というのは「架空の物語である」という著者自身の断り書きが付いているから。とはいえ、静雄本人に入念な取材をしてあるということで、大筋としては、彼の生涯をかなり正確に描いているのだろうと思われる。

すごい人だったんだな。
というのが率直な感想。
月並みですが。

静雄は戦後の日本の料理界に種まきをして、育てたのだ。

料理学校の跡取り娘と結婚したことで、はからずもその後継者とならざるを得なかったのだが、それから後がすごい。
フランス料理というと、ステーキ、エビのカクテル、オードブル盛り合わせくらいしか存在していなかった昭和30年代に、フランス料理に関する原書を読みあさり、「本物はそんなものではない」と知り、渡仏し、超一流レストランの食べ歩きをし、その味を覚えて帰って、自分の学校の教師にそれを教えたのである。

もちろん、太っ腹な義父の経済的援助があってこその渡仏だったし、彼が仏文科出身であり(最初のうちはフランス語もそんなに上手ではなかったらしいが)、かつ、妻が英語堪能で、言語の障壁があまりなかったというのは大きいだろう。
でも、欧米のガストロノミーの大家や四つ星レストランのオーナーが彼を温かく迎えたのは、単に言葉が話せたためだけではないはず。ガストロノミーの大家の著作を原語できちんと読みこなした上でご本人に会ったというのがポイント。人に教えをこうときの正しい態度である。

さらにまた、「教えてやりたい」と思わせるものが、彼の人柄の中にあったに違いない。

彼は何かに興味を持つととことん究めないでいられないという、今で言うオタク心の持ち主であり、学生時代に凝ったクラシック音楽に関する造詣は、非常に深いものだったそうだ。そこが最大のポイントかも。
「外国の人と交流するには、単に語学ができるだけでは十分ではない。語れることを持っていなければ」と言われる。(もちろん、この場合の「外国の人」というのは、土産物屋のおばちゃんレベルを指すものではない。別に土産物屋を馬鹿にしているわけじゃないんだけど。)
「語れること」というのは、ひらたく言えば「教養」である。
要するに、「おおっ、こいつは大したものだぞ」と思わせるものがなくては、相手にしてもらえない。

静雄は好きなことばかりやっていて、受験勉強に身を入れなかったため、大学に二度も落ちたあげく、ようやく二部にもぐりこんだ。
でも、難しい大学に入れることと、知的で教養があるということはイコールではない。
静雄の成功の秘密は、彼が「本物の教養人」だったところにあるのではないだろうか。


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by foggykaoru | 2007-04-03 20:05 | 普通の小説 | Trackback | Comments(2)

TUGUMI

吉本ばななの有名な作品ですが、読んだのは初めてです。吉本ばなな自体を。

病弱で非常に嫌な奴である少女「つぐみ」を、なんとも魅力的に描いています。
吉本さん、お上手。
デビュー当時、あれだけ話題になったのがうなずけました。

作品の中で心理描写が占める割合がきわめて高い。
半分、いや、7割くらいは心理描写なのではないかしら。
きめ細やかで説得力があるので、読者は十分納得させられます。

が、こういう小説が好きかと尋ねられたら・・・
別に嫌いではないけれど、大好きというわけではないです。

あとがき(←誰が書いたのか忘れた)に
「マンガを読んで育った世代らしい文体だ」
とかなんとか書いてありました。
決してけなしているわけではなく。

なるほどと思いました。
私はほとんどマンガを読まないけれど、30年くらい前(かな?)から日本のマンガ、特に少女マンガの質がぐんと高まったということは、どこかで読んで知ってます。そして、その中には「絵を媒体にした文学」というべき域に達した作品も少なくないのだろうということは、容易に想像できます。

吉本ばななの小説は、そういうマンガ作品の雰囲気を持った文学作品なのかも。


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by foggykaoru | 2007-01-27 08:58 | 普通の小説 | Trackback | Comments(6)

「青春文学の傑作」と呼ばれていますが

機内で観た映画ネタです。
原作が小説だから、ココでご紹介しようということで。

年末の旅はエールフランスだったので、映画のラインナップがフランス製に著しく偏っていました。
それはまあいいのですが、たとえばKLMあたりだったら、観たい映画を選択した時点で、その映画の放映が始まる。つまり、家庭でDVDを観るのと同じ感じで観られるのですが、エールフランスの場合、映画を放映するのはあちら。つまり、非常に幸運な場合を除き、すでに上映が始まっている映画の途中から観ることになるのです。だから、どういう内容なのか、把握するのが大変。
しかも、この映画の原作、私は今をさかのぼることウン十年前、マジメな学生だった頃、フランス語のお勉強の一環として読んだもの。そういう小説は何冊かあるのですが、どれもこれも、読解力不足のため、内容がいまいちよくわからないままだったりして(汗)

今回、サービスの悪いエールフランスのお陰で、数十年前に読んだときと同じ気分を味わうことができて、感慨無量でした(爆)

申し遅れました。
原題は「Le Grand Meaulnes」
邦題はいろいろ。「グラン・モーヌ」とか 「さすらいの青春」とか 「モーヌの大将」とか・・・
アラン・フルニエという夭折の作家による、「永遠の青春」を描いた傑作ということになっている作品です。

主演はジャン=バティスト・モニエ。
「コーラス」の主人公を演じて、一躍人気者になった男の子。
あのときほどフレッシュな魅力はないなあ。少年は老いやすいのだ。
しかし、変声期はまだ迎えていなくて、喋る声は美しいボーイソプラノ。
その声のまま、最後はちょびひげの一人前の教師になってるんです。きっついわ~

ビジュアル的な「買い」はジャン=バティストくんよりもむしろ、その先輩であるモーヌを演じているニコラ・デュショーヴェルくん。
彼はすごい。何がすごいって、アラン・ドロンの顔立ちと、ジェラール・フィリップの気品と繊細さを兼ね備えているのですから。

というわけで、これはフランスのジャニーズ系2人を観る映画なのです。

だからって、日本で公開されて、日本の女の子たちがきゃあきゃあ言って観に行くかというと・・・行かないだろうなあ。
っていうか、公開されないんじゃないかしら。
公開されるとしても、まさに単館、都内で1館でごく地味~にやってすぐ終わっちゃうのでは。

今回、機内で1回半観て、ようやくこの作品の筋を理解したのですが、今の日本では絶対にウケない話です。フランスでだって、ウケるかどうか疑問。
だからって、原作は悪くないと思うんですけどね。数十年前、細かいことがよくわからなくても、最後は胸がキュンとなったもの。

原作が名作として名高いから、若い売り出し中アイドルの映画を作ってみました、っていうことなのだろうと思うのです。
日本でいうと、山口百恵の「伊豆の踊子」とか、松田聖子の「野菊の墓」みたいな。って例が古すぎてごめん。


映画「Le Grand Meaulnes」の公式サイトはこちら

原作「Le Grand Meaulnes」とアラン・フルニエのファンサイトらしきものはこちらです。英語のページもあります。
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by foggykaoru | 2007-01-21 12:41 | 普通の小説 | Trackback | Comments(8)

瀬尾まいこ著「図書館の神様」

最近とんとフィクションを読まなくなってしまった私。
たとえ読んでも、その内容にちょっとでも西洋史とか海外事情にひっかかりがあると、物語自体を楽しむよりも、その方面の「おべんきょ」モードになってしまいがちです。
好きでやっているお勉強なのですから、別に何も問題は無いのですが、疲労しているときには、やっぱり不向きです。
それに加えて、「もしかしたら自分は、そういう要素が全くない、日本の普通の小説を、のんびり楽しむということができなくなってしまったのではないか?」という不安すら覚えるようになってきました。

こんな悩み(?)を友人にぶつけてみて、薦められたのがこの本。

主人公である、高校で国語の非常勤講師をやっている女性と、彼女が顧問をする文芸部の男子生徒の、ほのぼのした交流が描かれています。
今時こんな大人っぽい高校生、いるのかね?と思いつつも、楽しくさらさらと読み進みました。
薄いし、1時間半くらいで読み終わったかな。
お茶漬けの味。胃が疲れているときにぴったり(笑) 外国の小説ではこうはいかないわ。
骨太なテーマは無いけれど、あえて言えば、「心の傷の癒し」がメインなのでしょうか。
サブテーマは「読書の素晴らしさ」。私はこれにいたく共感しました。

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by foggykaoru | 2006-10-18 20:33 | 普通の小説 | Trackback | Comments(2)