カテゴリ:ルポ・ノンフィクション( 95 )

アフリカにょろり旅

友人が貸してくれました。

「にょろり」というタイトルにドキドキしてしまったが、ウナギのことだった。
著者は青山潤という人。東大海洋研究所所属の研究者である。海外青年協力隊あがりの彼が、アフリカにウナギを探しに行く旅である。

とても読みやすい。
けれどとにかくハードな旅です。

「このあたりで見つかったらしい」という情報だけを頼りに、マラウイ、モザンビーク、ジンバブエを走り回る。
いつ、どこで出会えるとも知れないのだから、限りある研究費をできるだけもたせなければならない。
よって、移動は公共の交通機関つまりバス、そして宿泊するのは安宿である。
趣味のバックパッカーだって、このあたりは楽に旅できるところではない。
さらに「ウナギを見つけなくてはならない」という使命に縛られているのだ。(特にモザンビークはシャレにならないほど物騒で、使命感がなかったら行けるところではない。)
まさに命を削りながらの旅。

そこまでやって、得られるものは何か。
「謎を解明した」ということで、達成感は得られる。
その専門領域における名声も。「ウナギの研究に関して世界でトップレベルの研究チームの一員」という名声である。
でも、金銭的には何もない。

世の中にはこういう人たちがいて、命をかけて世界の真理を追求している。

尊い仕事だと思います。
でも、もしも自分が著者の親だったら、「お願いだからやめて」と泣いて頼むかも。
そこまでしなくても、少なくとも、溜息をつくだろう。「なんでこの子はこんなふうになってしまったのだろう」と。

そういえば、以前高地考古学者の本を読んだときも同じようなことを感じたのでした。

そういう人たちが頑張っているのに、私を含めてほとんどの人は、のうのうとお茶飲みながらテレビを見ているだけ。
いやー、ほんと、いつもどうもすいません。


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by foggykaoru | 2008-10-29 20:10 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(8)

「クミコハウス」

「クミコハウス」でピンときたあなたは旅人です。
インドのバラナシにある、有名なゲストハウスのこと。
著者の素樹文生という人は知らなかったのだが、古本屋でこのタイトルに惹かれて買ってしまった。

クミコハウスに関わる話だけではなく、著者のアジア放浪体験の中から切り取られた数々のエピソードを集めた本。

冒頭は往年の上海の浦江ホテル。
私が泊まったときには、すでに高級ホテルへの道を歩み始めた後だったが。

ペルーから帰った直後に読んだせいか、アジア放浪の放つ独特の匂いを強く感じた。
放浪するならやっぱりアジアなんだよね。私たちはアジアの民だし。

今さら放浪する勇気も気力も体力もないけれど、ちょっと羨ましく思ったりもさせられる、そんな本。

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by foggykaoru | 2008-08-22 21:16 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(8)

沢木耕太郎著「深夜特急」

今やすっかり忘れ去られてしまった猿岩石の「香港→ロンドンヒッチハイク」。私はあれを第1回から最終回まで(自分の旅行中以外)全部見た。実は飛行機を使っていたとか大騒ぎになったときには「そんなことは番組をちゃんと見てればわかるじゃん!」と思ったものだ。私はあの企画には、インチキもあったけれど、それに負けないだけのたくさんの真実が含まれていたと評価している。

プロデューサーがあの企画を思いついたきっかけがこの本だと知り、大沢たかお主演のドラマも断片的に見たけれど、ぜひ原作を読んでみたいとずっと思っていた。古本屋で文庫6冊が並んでるのを見て、大枚千円はたいて大人買い(自爆)

別にユーラシア地域の旅情報が得られるわけではない。なにしろ古いし。「そんなこと、常識でしょ!」と言いたくなることさえ、当時の沢木氏は知らなかったんだなあ。でもなにしろまだ若かったんだから。それに一切のガイドブック無しで旅しているんだから、まあしょうがないでしょう。

旅行記はエンターテインメントなのです。
そういう意味で、うーんさすがプロ! と思いました。面白かったです。
この本を読んで同じことをしたくなる若者は少なくないだろう。ある意味、罪作りな本かも。

事情が変わってしまったところも少なくないけれど、下川氏の本に書かれていることと共通していることもたくさん。それを「お国柄」と言うのだろう。

こんな旅、私には絶対にできない。年を食ってしまって手遅れだし、沢木氏の旅には男性にしかできないがたくさんある。連れ込み宿に長期滞在するとかね。なんだかんだ言っても、やっぱり男はトクなのよねえ、と嫉妬を感じる。

旅しても、実際に見聞きできるのは、その土地のごく一部だし、接することができるのもごくわずかの人々だけ。その人々の大多数は観光客相手の商売人。さらに、旅のスタイルによっても体験できることは違ってくる。いくら旅しても、結局たいしたことはわからないのだとは、いつも思っていたが、沢木氏も知人の口を借りて「わからないのだということがわかる」と言っている。盲人が象を触るのと同じ。だから旅は人それぞれ。それをぐーんと広げれば、人生いろいろ♪ ←広げすぎ

沢木氏はパリでは寂しくなかったそうである。
「パリが本当の都会だったせいかもしれない」に同感。
都会は人を孤独にするけれど、寂しくはさせない。(だから孤独になる)


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by foggykaoru | 2008-03-15 22:30 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(10)

佐藤康彦著「イスラエル・ウクライナ紀行―東欧ユダヤ人の跡をたずねて」

古本屋でこの書名を見て、「うへっ、渋い」と思った。
「ウクライナ紀行」だけでも十分渋いのに、イスラエルとの合わせ技ときてる。
しかし、ウクライナに行ったことがあり、イスラエルにも行きたくてしょうがない私にとって、この組み合わせはど真ん中のストライク。しかも、この人、ルヴォフにも行っている。ルヴォフというのは今のリヴィウ。私が今までに一番苦労をした、忘れられない町である。これは読まねば。

著者はドイツ文学者で、ヘルツル---私は知らなかったのだが、シオニズムの提唱者らしい---及び東欧におけるユダヤ人社会の歴史の専門家。
だから、行く先々にユダヤ人の知り合いがいるわけで、見知らぬ土地を手探りで行くといった「旅の醍醐味」は期待し過ぎないほうがいいかも。でも、学者以外にこんなテーマの旅を思いつくはずがないので、それは仕方がないというものだ。

特に前半は、イスラエルのシオニズム研究所での日々の記述が中心となっていて、厳密に言うと、この部分は「滞在記」であって「旅行記」とか「紀行」ではない。

それでも、イスラエルという国に興味があれば、けっこう楽しめる。公共交通すらストップするユダヤ教の安息日に、アラブ系のバスで移動したというくだりや、十字軍の時代にその名をとどろかせたヤッファの港の現在の姿などが、私には非常に興味深かった。

c0025724_2265836.jpgそして、研究所通いの日々を終えた著者はウクライナへ向かうのだが、その交通手段がすごい。なんと、イスラエルのハイファとウクライナのオデッサを結ぶ定期船に乗って行くのである。
一般観光客にとっては超マイナーな航路だが、東欧に故郷を持つ人が少なくないイスラエルのユダヤ人御用達なのだとか。ああ、いいなあマニアックで。

オデッサからは、タクシーをチャーターして隣国であるモルドバに入る。
そして、その首都キニショフから鉄道で再びウクライナに戻り、チェルノヴィツェ、リヴィウを経由してポーランドに入り、著者の旅は終わる。

紀行文としての白眉は、頼れる知己が少なかった「オデッサ→キニショフ→チェルノヴィツェ」の部分。文芸作品の翻訳も手がける著者の筆の確かさもあいまって、実に深い味わいがある。「旅っていいなあ」としみじみ思った。特に東欧を旅したことのある人にはたまらないはず。

私はこういう本が好きです。


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by foggykaoru | 2006-04-11 20:37 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(5)

野村進著「アジア新しい物語」(文春文庫)

今回のチェコ&ドイツ旅行のとき、持っていった本がこれ。「なんでヨーロッパに行くのにアジアなんだ?」と思われるかもしれませんが、私はそういうことは全く気にしないタチなのです。

これは、アジア各国に定住する日本人たちのルポです。たまたま今住んでいるのではなく、骨を埋める覚悟を決めた人たちなので、日本企業の駐在員ではありません。そのたくましい生き様に、頭が下がる思いがしました。

もっぱらヨーロッパを中心に旅してきた私にとって、アジアの国々は遠くて近い存在です。でも、行った回数が少ない分だけ、かえって得体の知れない感じがして、心惹かれます。

日本人は自分たちの価値観を、戦後60年を通じて、絶えず欧米のそれに近づける努力をしてきたように思います。私自身のたどった道を振り返ってみてもそうです。

でも、すぐ近くに、違う価値観が支配する国々があるのです。地理的・人種的に近いとはいえ、いや、近いだけになおさら、実際にその国に定住しようとしたときにぶつかる壁は厚く感じられるかもしれません。それにも負けずにそこで生き抜こうとする人たちは、実に魅力的です。

ここにとりあげられた人々それぞれについてコメントすると、限りなくネタバレになってしまうので、何も申しません。とにかく面白いのです。どなたにもお薦め。だまされたと思って読んでみてください。

あえて感想を1つだけ挙げるなら・・・
人間はみな、自分で生きる場所を選びとり、自分の責任において生きているのだということ。
「ここに生まれたから」とか、「こういう家庭環境に生まれたから」というのは、確かにその後の人生行路に多大な影響を及ぼすものですが、それでも、人生というのはその人がどう生きるかによって違ってくる。特に、日本のように、貧困を克服した国においては。そんなことを考えてしまいました。

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by foggykaoru | 2005-09-02 21:08 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)