カテゴリ:ルポ・ノンフィクション( 101 )

世界一周ビンボー大旅行

下川裕治&桃井和馬著。
88年の世界一周ビンボー旅行をして、「12万円で世界を歩く」という本を出したコンビが、それから9年後の1997年、テレビ番組の企画として世界一周を再び行った記録。

「12万円~」の存在は知っているけれど未読です。
でも、何かと言うと「9年前はこうだった」という記述が出てくるから、こっちだけ読んでも2冊分楽しめる?というのは冗談だけど、読み応えがある。旅好き&海外事情に興味がある人にはお薦め。

コースは「船で上海→鉄道で北京→モンゴル→シベリア鉄道でモスクワ→ベルリン→パリ→ユーロスターでロンドン→空路でニューヨーク→グレイハウンド(バス)でロス→空路で成田」
しめて28日間。
別にスピードを追求しているわけではないので、連泊しているところもあるとはいえ、陸路にこだわるといまだにこんなに時間がかかるんだな。「80日間世界一周」以降、案外世界は狭くなってないような気がする。

バックパッカー界の大御所といえば、もう1人、蔵前仁一氏がいるけれど、あちらは「沈没」で名を売った人。
それに対して下川氏は、「移動」の中から垣間見る世界を描くという路線なわけで、つまりは身体を張った仕事ばかりで本当にキツそうだ。「御苦労様」と言いたくなる。

この本を読んで、今まで全然興味がなかったシベリア鉄道に乗ってみたくなった。楽しそうだからではない。その逆である。

しんと凍りついた世界(だいたいが、この旅は真冬に挙行されている。何を好き好んで?)の中で、家庭から持ち出した売り物を持って列車のつくホームにずらりと並ぶ寡黙な人々。売り物と言っても、ホームでの商売が禁止されているため、両手で持てるだけの、ほんのわずかなもの。警官が来たらポケットにしまって、「見送りに来ているだけです」というふりをしなくてはならないから。

今はどういう状況なのだろうか。
この目で見てみたい。
そして自分が何を感じるかを知りたい。
つきあってくれる人大募集!(爆)

この本、講談社文庫ですが、現在はユーズドでしか入手できないようです。


下川氏の他の本の感想文はこちら
「沈没派」蔵前氏の本の感想文はこちら
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by foggykaoru | 2009-12-04 21:45 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(3)

夏から夏へ

佐藤多佳子著。
「一瞬の風になれ」は小説だが、こちらはノンフィクション。
しかも、「推薦図書」とやらなのだそうだ。そういう帯やシールを見ると、とたんに気分が盛り下がってしまう私なのだが、我慢して読んでみたら、そんなに悪くなかったです(苦笑)

第一部は日本男子の4継(400メートルリレー)ナショナルチームの戦いぶり、第二部は選手たちへのインタビューが中心。

リレーのことを「一瞬~」で予習してあると、よりわかりやすい。
でも新鮮味は薄れるだろう。
実際、薄れました。

ディズニーフリークの友人とアメリカ旅行をしたときのことを思い出した。
オーランドのディズニーワールドに3日通い詰めたあと、ケネディー宇宙センターに行ったところ、よく作り込まれたまがい物の世界にどっぷり浸ってしまった私は、実際に宇宙を飛んできたロケットの雄姿を見ても、あまり感動できなかったのである。

というわけで、「一瞬~」のほうが楽しめた。少なくとも私は。
とはいえ、決してつまらない本ではありません。「一瞬~」が面白すぎただけのこと。

一番印象的なのは、トップアスリートの頭の良さ。
どういう分野においても、頭が良くないとトップクラスにはなれないし、道を究めた人というのは、一種の哲学者の域に達しているのだと思う。

日本のナショナルチームは、このインタビューの後、北京オリンピックで銅メダルを得たのである。あのときこの本を読んであったら、さぞかし感慨深かったことだろう。

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by foggykaoru | 2009-11-02 20:01 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(4)

天皇陛下の全仕事

巷で噂のこの本、私にしては珍しく新刊を購入。
銀の匙さんも紹介していらしたので、最近とみに物忘れの激しいこの頭(号泣)の中に、要チェック印をでかでかと付けて、忘れないようにしていたのです。

著者である山本雅人氏は、日経新聞で宮内庁担当記者だった人。学習院卒ということもこの本を書くきっかけの一つだったのかな。

要するに、天皇陛下というのは超多忙だということがよくわかる本です、というと身もふたもないけれど、実際そうなんです。

日本の報道はある意味、偏っているのではないでしょうかね。

大昔、イギリスで2週間ホームステイしたことがあるのですが、かの地では毎日王室メンバーの仕事ぶりが報道されていました。特に印象的だったのがクイーンマザー=皇太后の活躍ぶり。あのおばあちゃん、ほんとうによく働いていました。

でも、ニッポンの天皇陛下だってそれに負けず劣らずよく働いている。
「ナントカカントカの音楽会に御出になった」とか「葉山の御用邸でご静養」なんてことぐらいしか報道されないのでは、「われわれの税金を使って遊んでいて。いい身分だなー」というビンボー人のやっかみを呼ぶのがオチです。毎日のように仕事してるんだから、「どこそこの国の新任大使夫妻を接待した」と、毎日のように報道すればいいのに・・・なーんて思ってしまいました。

それに加えて、神事もたくさん。(これを報道できないのはしょうがないけれど。)
それにしても、70すぎたおじいちゃんには酷なのではないでしょうか。ご本人は使命感とプライドをもってなさっているのでしょうけれど。

仕事の中でいちばんの比重を占めるのが「人と会う」こと。
これはしんどいですよ。性格的に向いてなかったら地獄でしょう。
美智子皇后には合った仕事なのでは。将来クイーンマザー的なご活躍を期待します。
でも次期天皇陛下の奥さまは耐えられるのかしらん。


読んだあと、宮内庁ホームページで皇室関係者のスケジュールを確認してきちゃいました。

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by foggykaoru | 2009-09-26 21:20 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(2)

草の海 モンゴル奥地への旅

椎名誠著。

この本、旅行に行く前日か前々日に古本屋で購入、読んじゃいけないと思いつつ、ついつい半分ぐらい読んでしまい、旅行で中断。帰ってきてから読了した。
どんな本だってそんなふうに読んじゃダメです。
一気に読んだら4倍ぐらいおもしろかったはず。

それでも、草原を吹きわたる風をちょっぴり感じた。。。感じたいと思った。来年はモンゴルにするか?なんてね。
でも、今は大西洋を渡ってくる海風を思い起こしながら自分の旅行記を書いているという事情があるため、微妙に混乱した気分にもなってしまいました。


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by foggykaoru | 2009-08-21 21:29 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(8)

紅茶の国 紅茶の旅

読むまでは知らなかったのだが、著者の磯淵猛氏は紅茶のプロ。
紅茶にかかわる旅の数々が綴られている。

まずは中国。
外国人が行けない町へ、特別の許可を得て行く。
これが面白い。
そういうときは「お茶の研究」なんて言ってはいけないのだそうだ。許可を得るならビジネスを名目にするのがいちばん。普通の国に角をたてずに入国するなら「観光」なのに。中国は普通の国ではないのだ。

お次はセイロン。
つまりスリランカへ、「紅茶ツアー」の主催者として、客を連れていく。
これも面白い。
スリランカにぜひ行きたいという気分にはならないけど(苦笑)、つくりたての茶葉で淹れた紅茶は飲みたくなる。
つい先日ようやく終止符を打ったと報道された、スリランカの内戦の原因がよくわかった。
スリランカの少数民族であるタミール人というのは、イギリス人が連れてきたのだ。彼らはスリランカの人々よりも従順で使いやすかったそうで。現在の世界で起こっている紛争の種の少なからずは、イギリスによるものなのだ。
私はイギリスのことがけっこう好きだけど、事実は事実。

そして、スリランカにおける紅茶の父と呼ばれる人がジェームズ・テイラー。
彼のふるさとスコットランドに飛ぶ。
エジンバラからタクシーで走り回るのだが、これもまた面白い。
旅のなかで、いちばん面白いのは「探索の旅」なんだなと実感。

特に紅茶好きでなくても、ノンフィクションが好きな人には大いに楽しめると思います。


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磯淵猛氏のプロフィールはこちら
氏の経営する紅茶のお店「ディンブラ」は藤沢にあるのだそうで。友人が話題にしていた記憶があるような無いような。(非常にあいまい)
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by foggykaoru | 2009-05-31 10:01 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(18)

「絶対音感」

一昔前、大変な評判をとった本。
読んでいた友人に感想をきいたところ、「絶対音感だけでこんなに長い本が書けるなんてたいしたもんだと思う」という言葉が返ってきたことを覚えている。
先日、古本屋で見つけて購入。
読んでみて、友人の言葉に納得した(笑)

この本を書くにあたり、著者は多くの音楽家に絶対音感についてのアンケートを送ったのだそうで、そうして得た回答が紹介されているのだけれど、「あなたは絶対音感があるか」という質問に対し、「はい」と答えた人々のレベルにはかなり差があるのではないか。

私の思う「絶対音感」とは、ほんの数ヘルツのずれも聞きとれて、すべての物音(←音楽に限らない)を音符で書きとれるというレベル。
聞こえてきた「音楽」を音符で書きとれるのは、そこそこ音楽をやっていれば当たり前のことで、その程度は「絶対音感」とは呼ばないのだと思っていた。だが、そのレベルの人が「私は絶対音感を持っている」と思っているということも、どうやらあるらしい。

で、「絶対音感」は音楽をやるうえで持っていると便利な技能のひとつにすぎない、でもがんじがらめになると、かえって困ることもある、というのが結論らしい。

ふと思ったのが、htmlタグ。
たとえば、ホームページを作成するとき、文字や背景をこんな色にしたいなあと思ったら、凡人の場合、「htmlタグ辞典」とか、「ホームページ作成支援サイト」のカラーコード一覧表の中で、気に行った色を選び、そこに表示されているカラーコードを入力する。
たとえばこのサイトこんなページ
でも、「絶対感(←そんな用語は無いと思うが)」を持っている人なら、「この間買った、あのワンピースの紫と同じ色の文字にしよう」と思ったら、カラーコード一覧表を見ることなく<#cc4d99>とタグ打ちできる、ということ。
でも、いくらそういう感覚が鋭くても、カラーコーディネートのセンスがなかったら、なんにもならないし、カラーコード一覧表に記載されていない色は限りなく存在するわけで。

ところで、我が国においては一時期、絶対音感がもてはやされ、学校の音楽の授業でもピアノをポンと弾いて「この音は何ですか」ということをやったのだそうだ。
それは私の母の子供時代にあたる。

母は自分が音痴だと思い込んでいる。(私に言わせれば音痴のうちには入らないのだが。)
それというのも、先生が弾いた音が「ド」だか「レ」だか自分にはさっぱりわからなかった、ピアノを習っている友人は聞き取れたのに、という理由で。
私はというと、学校の授業では、ついぞそんなことをさせられたことがない。
どうして戦前なのにそんな高級な授業をやっていたのかと、かねがね不思議に思っていたのだが、この本を読んで謎が解けた。

戦前の絶対音感教育のせいでコンプレックスの塊になった母は、「我が子には自分のような思いをさせたくない」という一心で、私にピアノを強いたのである。
その結果、今の私がいる。
友人のクラリネットによる「Many meetings(さまざまな出会い)」のピアノ伴奏をしたり、友人たちのティンホイッスルやバイオリンと一緒に「Concerning hobbits(ホビットについて)」を演奏して幸せに浸る、今の私が。

思わぬところで、「自分という人間のなりたち」の一部が明らかになった。
ありがとう絶対音感(爆)

この項の続きはこちら


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by foggykaoru | 2009-04-14 20:48 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(24)

アフリカにょろり旅

友人が貸してくれました。

「にょろり」というタイトルにドキドキしてしまったが、ウナギのことだった。
著者は青山潤という人。東大海洋研究所所属の研究者である。海外青年協力隊あがりの彼が、アフリカにウナギを探しに行く旅である。

とても読みやすい。
けれどとにかくハードな旅です。

「このあたりで見つかったらしい」という情報だけを頼りに、マラウイ、モザンビーク、ジンバブエを走り回る。
いつ、どこで出会えるとも知れないのだから、限りある研究費をできるだけもたせなければならない。
よって、移動は公共の交通機関つまりバス、そして宿泊するのは安宿である。
趣味のバックパッカーだって、このあたりは楽に旅できるところではない。
さらに「ウナギを見つけなくてはならない」という使命に縛られているのだ。(特にモザンビークはシャレにならないほど物騒で、使命感がなかったら行けるところではない。)
まさに命を削りながらの旅。

そこまでやって、得られるものは何か。
「謎を解明した」ということで、達成感は得られる。
その専門領域における名声も。「ウナギの研究に関して世界でトップレベルの研究チームの一員」という名声である。
でも、金銭的には何もない。

世の中にはこういう人たちがいて、命をかけて世界の真理を追求している。

尊い仕事だと思います。
でも、もしも自分が著者の親だったら、「お願いだからやめて」と泣いて頼むかも。
そこまでしなくても、少なくとも、溜息をつくだろう。「なんでこの子はこんなふうになってしまったのだろう」と。

そういえば、以前高地考古学者の本を読んだときも同じようなことを感じたのでした。

そういう人たちが頑張っているのに、私を含めてほとんどの人は、のうのうとお茶飲みながらテレビを見ているだけ。
いやー、ほんと、いつもどうもすいません。


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by foggykaoru | 2008-10-29 20:10 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(8)

「クミコハウス」

「クミコハウス」でピンときたあなたは旅人です。
インドのバラナシにある、有名なゲストハウスのこと。
著者の素樹文生という人は知らなかったのだが、古本屋でこのタイトルに惹かれて買ってしまった。

クミコハウスに関わる話だけではなく、著者のアジア放浪体験の中から切り取られた数々のエピソードを集めた本。

冒頭は往年の上海の浦江ホテル。
私が泊まったときには、すでに高級ホテルへの道を歩み始めた後だったが。

ペルーから帰った直後に読んだせいか、アジア放浪の放つ独特の匂いを強く感じた。
放浪するならやっぱりアジアなんだよね。私たちはアジアの民だし。

今さら放浪する勇気も気力も体力もないけれど、ちょっと羨ましく思ったりもさせられる、そんな本。

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by foggykaoru | 2008-08-22 21:16 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(8)

沢木耕太郎著「深夜特急」

今やすっかり忘れ去られてしまった猿岩石の「香港→ロンドンヒッチハイク」。私はあれを第1回から最終回まで(自分の旅行中以外)全部見た。実は飛行機を使っていたとか大騒ぎになったときには「そんなことは番組をちゃんと見てればわかるじゃん!」と思ったものだ。私はあの企画には、インチキもあったけれど、それに負けないだけのたくさんの真実が含まれていたと評価している。

プロデューサーがあの企画を思いついたきっかけがこの本だと知り、大沢たかお主演のドラマも断片的に見たけれど、ぜひ原作を読んでみたいとずっと思っていた。古本屋で文庫6冊が並んでるのを見て、大枚千円はたいて大人買い(自爆)

別にユーラシア地域の旅情報が得られるわけではない。なにしろ古いし。「そんなこと、常識でしょ!」と言いたくなることさえ、当時の沢木氏は知らなかったんだなあ。でもなにしろまだ若かったんだから。それに一切のガイドブック無しで旅しているんだから、まあしょうがないでしょう。

旅行記はエンターテインメントなのです。
そういう意味で、うーんさすがプロ! と思いました。面白かったです。
この本を読んで同じことをしたくなる若者は少なくないだろう。ある意味、罪作りな本かも。

事情が変わってしまったところも少なくないけれど、下川氏の本に書かれていることと共通していることもたくさん。それを「お国柄」と言うのだろう。

こんな旅、私には絶対にできない。年を食ってしまって手遅れだし、沢木氏の旅には男性にしかできないがたくさんある。連れ込み宿に長期滞在するとかね。なんだかんだ言っても、やっぱり男はトクなのよねえ、と嫉妬を感じる。

旅しても、実際に見聞きできるのは、その土地のごく一部だし、接することができるのもごくわずかの人々だけ。その人々の大多数は観光客相手の商売人。さらに、旅のスタイルによっても体験できることは違ってくる。いくら旅しても、結局たいしたことはわからないのだとは、いつも思っていたが、沢木氏も知人の口を借りて「わからないのだということがわかる」と言っている。盲人が象を触るのと同じ。だから旅は人それぞれ。それをぐーんと広げれば、人生いろいろ♪ ←広げすぎ

沢木氏はパリでは寂しくなかったそうである。
「パリが本当の都会だったせいかもしれない」に同感。
都会は人を孤独にするけれど、寂しくはさせない。(だから孤独になる)


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by foggykaoru | 2008-03-15 22:30 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(10)

佐藤康彦著「イスラエル・ウクライナ紀行―東欧ユダヤ人の跡をたずねて」

古本屋でこの書名を見て、「うへっ、渋い」と思った。
「ウクライナ紀行」だけでも十分渋いのに、イスラエルとの合わせ技ときてる。
しかし、ウクライナに行ったことがあり、イスラエルにも行きたくてしょうがない私にとって、この組み合わせはど真ん中のストライク。しかも、この人、ルヴォフにも行っている。ルヴォフというのは今のリヴィウ。私が今までに一番苦労をした、忘れられない町である。これは読まねば。

著者はドイツ文学者で、ヘルツル---私は知らなかったのだが、シオニズムの提唱者らしい---及び東欧におけるユダヤ人社会の歴史の専門家。
だから、行く先々にユダヤ人の知り合いがいるわけで、見知らぬ土地を手探りで行くといった「旅の醍醐味」は期待し過ぎないほうがいいかも。でも、学者以外にこんなテーマの旅を思いつくはずがないので、それは仕方がないというものだ。

特に前半は、イスラエルのシオニズム研究所での日々の記述が中心となっていて、厳密に言うと、この部分は「滞在記」であって「旅行記」とか「紀行」ではない。

それでも、イスラエルという国に興味があれば、けっこう楽しめる。公共交通すらストップするユダヤ教の安息日に、アラブ系のバスで移動したというくだりや、十字軍の時代にその名をとどろかせたヤッファの港の現在の姿などが、私には非常に興味深かった。

c0025724_2265836.jpgそして、研究所通いの日々を終えた著者はウクライナへ向かうのだが、その交通手段がすごい。なんと、イスラエルのハイファとウクライナのオデッサを結ぶ定期船に乗って行くのである。
一般観光客にとっては超マイナーな航路だが、東欧に故郷を持つ人が少なくないイスラエルのユダヤ人御用達なのだとか。ああ、いいなあマニアックで。

オデッサからは、タクシーをチャーターして隣国であるモルドバに入る。
そして、その首都キニショフから鉄道で再びウクライナに戻り、チェルノヴィツェ、リヴィウを経由してポーランドに入り、著者の旅は終わる。

紀行文としての白眉は、頼れる知己が少なかった「オデッサ→キニショフ→チェルノヴィツェ」の部分。文芸作品の翻訳も手がける著者の筆の確かさもあいまって、実に深い味わいがある。「旅っていいなあ」としみじみ思った。特に東欧を旅したことのある人にはたまらないはず。

私はこういう本が好きです。


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by foggykaoru | 2006-04-11 20:37 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(5)