カテゴリ:バベルの塔( 88 )

ポケットに外国語を

ちくま文庫。
黒田龍之介のエッセイ集。

この人の本を読むのは久しぶり。
読んでみて、やっぱりいいなあと思った。

特に巻末の「ことばへの異常な愛情」と題するエッセイが素晴らしい。
万人向けではないでしょうけれど、私は非常に感動しました。
黒田さんは、とにかく個々の言語に実際に触れて、学ぶことが好き。
このあたりの感覚が、私にはツボです。

私も「ことば好き」
だけど、ぜんぜんレベルが違う。
もしも毎日5時に仕事が終わるのなら、新たな外国語を勉強するのだけれど(←仮定法。現実に反する仮定)
でも、今の仕事量では、体力的に語学学校に通うのは無理だし
・・・って、最初から独学を放棄しているあたりが、ダメ。ぜーんぜんダメ。

その上、私は純粋じゃない。
「この言語を学んで、もとがとれるだろうか? 使う機会がどれほどあるだろうか?」という邪心がある。
だから、英語一辺倒の現代の一般日本人と、メンタリティーにおいて大差が無い。

私にとって、黒田さんは、高野秀行さんと同列の存在なのだなあとしみじみ思う。
自分にはとうていできないけれど憧れていることを、代わりにやってくれる。

なので、高野さんの本と同様、黒田さんの本は、必ず新刊で買うことにしてます。
実入りの少ないジャンルで頑張っているお二人に、ちゃんと印税が入るように。

黒田さんは、大学に見切りをつけて退職してしまったのだけれど、本当は彼のような人にこそ、大学で教えてもらいたいところです。
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by foggykaoru | 2016-04-12 20:21 | バベルの塔 | Trackback | Comments(0)

「たち」について

「再構築した日本語文法」、第一章の「名詞」を読み終えました。

「連体節」のところに
ロベール君は若いころ射撃の名手でした
→「若いころ射撃の名手だった」ロベールくんは・・・

という例があって、は~、そうだったのか~と思いました。

連体節の文体は「です・ます」調は不可で、「である・だ」調でなければならない
という規則があるのです。(実際には「です・ます調」を使うことが全く無いわけではないけれど、使うとかなり不自然になります。)
日本語を学ぶ外国人は「どうして?!ヘンなの~!」と内心不満でしょうねえ。



それはそれとして。
日本語には名詞の複数形は無い。

まあそうでしょうよ、と思って読んでいたら、
日本語には単数と複数の区別がないから曖昧だ、という人がいます

とあって唖然としました。
そうか、世の中にはそんな人がいるんだ・・・。
単数形か複数形のどちらかを選択しなくちゃならない言語なんて不便極まりないのに。ただ「犬」とか「少年」と言える日本語のほうがずっといいじゃん。

で、複数形でふと思ったんですが。

「~たち」とか「~ら」という接尾辞があります。
この接尾辞は、一般的には名詞を複数化する、と思われている。

確かに「少年たち」は「少年」の複数形、に見える。

でも、「私たち」は? 
「私たち」は「私」という人間の複数形なのでしょうか。 
「私」は1人ですよね。

「ジョンたち」という例もあります。
「ジョン1」「ジョン2」「ジョン3」・・・がいるんですか?
んなわけない。
「ジョンたち」とは、場合によっては「ジョンとスーザンとティティとロジャ」、場合によっては「ジョンとナンシイ」という意味になる。
つまり、「○○たち」とは「○○と他のメンバー」を意味する。

ただし、「彼女たち」の場合は、「彼女と他のメンバー」であり、しかも他のメンバーも女性、という条件がつく。
「○○」が性を明示する名詞のときは、ということなのかも。

以上、ほんの10分で思いついたことなので、たぶん穴だらけです。
鋭く突っ込まず、温かい(ヌルい)目で見てやってくださいませ。
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by foggykaoru | 2012-10-18 20:43 | バベルの塔 | Trackback | Comments(10)

夢が叶うのかも

「生きているうちに英国湖水地方に行く」というのが、子どもの頃の私の夢でした。
それは予想外に早く、約10年後に叶えられたのですが。

そして今、もしかしたら、私の30年来の夢(というのも変なのですが)が叶おうとしているのかもしれません。

私たちが学校で習う「国語の文法」は、明治になってから、西欧の文明を駆け足で取り入れた日本人が、英仏独語の文法(さらにそのもとになっているのはラテン語の文法)の枠組みを参考にして作り上げたもの。(学校文法のメインは橋本文法とか時枝文法と呼ばれるものです。)
だから、日本語の実態に合わないところが多い。
たとえば、「日本語では主語の省略が多い」とか。
別に私たちは省略してるわけじゃない。
「主語は必要なときだけ付ける」というほうが、我々の感覚にぴったりくるとは思いませんか?

「日本語の実態を表した文法」は、日本語だけしか知らない人には書けない。
他の言語を知ってこそ、日本語の特徴がわかるのだから。
だからと言って、英語を始めとするヨーロッパ言語ができるだけでもダメ。ヨーロッパ言語に影響され過ぎているから。私もその一人。トルコ語もタイ語も続かなかった私は、確実に英仏語に毒されている。

真の日本語文法を構築できる人、それはヨーロッパ言語とは系統の違う言語にも通じている人でなければならない。

生きているうちに、そんな人が作った日本語文法の体系を見てみたいなあ・・・

というのが、「落ちこぼれ言語学徒」あるいは「えせ言語オタク」である私の30年来の夢なのです。

今読んでいるのは小島剛一著「再構築した日本語文法」
小島氏は「トルコのもう一つの顔」と「漂流するトルコ」の著者。
英仏語、トルコ語、トルコ語とは異なるトルコ域内の諸言語の達人です。
(まだもっと他の言語にも通じていらっしゃるのかもしれませんが)

2ページ目に「日本語の文の基本構造は『述語』である」とあります。

ああ、やっぱりそうだったのよ!


「再構築した日本語文法」に関する情報はこちら
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by foggykaoru | 2012-10-17 22:33 | バベルの塔 | Trackback | Comments(8)

言葉を育てる---米原万里対談集

旅行に持っていった本。
前半はいまひとつだったので、読み捨てるのにちょうどいいと思いながら読んでいたら、中盤の養老孟司との対談あたりから面白くなってきて、つい日本にまで持ち帰ってしまった(苦笑)

イタリア語通訳の田丸公美子との対談は知的な漫談。

そして最後の糸井重里との対談。これが最高。これを最後に持っていった編集者は偉い。

ふつう、人は外国語と対峙することによって、言語に関する考察を深めていくものである。米原さんが言語について語れるのも、子ども時代に習得し、長じてからは通訳として言語と言語のぶつかりあいの現場でもまれてきたからこそ。その米原さんと、ほぼ対等に話ができるのは(同業の田丸さんを除いたら)糸井重里だけ。

というわけで、
糸井重里は頭がいい
というのが結論(笑)

ほとんど内容を忘れてしまったけれど、ものすごく印象的だったのは
「外交上、通訳の誤訳が問題になるのは、公務員つまり外務省の役人が通訳をしたときだ」という話。
役人はなにしろ無責任だから(!)、元原稿が変でもそのまま訳してしまう。
一方、プロの通訳は「これをそのまま訳したらまずいですよ」と指摘し、なんとか元原稿を訂正をさせようと努力する。(少なくとも米原さんならそうする)
だからと言って、プロの通訳のほうがいいのかというと、そうとも言い切れないかも、、、というのが米原さんのすごいところ。
なぜなら、直訳して外交上の問題になれば、その後の処理として、「日本ではこういうことを言いたいときには、こういう表現をするのだ」という解説がなされることになり(要するに、一種の情報開示がなされるということだ)、ひいては異文化理解につながるであろうから、というのだ。うーむ、深い。

ためになる本です。真面目な学生諸君に薦めます。


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by foggykaoru | 2012-08-15 23:22 | バベルの塔 | Trackback | Comments(2)

日本語の「呼びかけ」について(超長文)

『秘密の心臓』では、主人公の少年が虎(の幻)を見る場面があります。
興奮した彼は「虎よ! 虎よ! 虎よ!」と(心の中で)叫ぶのですが、物語に入り込めずにぼーっと読み飛ばしていた私は、「ん? この台詞を喋ってるのは女の子だったっけ?」と慌てて数ページ前から読み直しました。
そして、主人公が少年であり、この台詞が虎に対する呼びかけだということを確認したとき、思ったのです。

現代のティーンエイジャーの男の子が「虎よ!」なんて言うはずないじゃん!!
 
だからって「虎! 虎! 虎!」じゃ、暗号になっちゃうけどさ(苦笑)
(何言っているかわからない方は「トラトラトラ」で検索してみてください。)

この台詞、原文に当たってみてはいないのですが、たぶん「Tiger! Tiger! Tiger!」なんでしょう。
もしかして、「It's a tiger」の省略形であるという可能性も捨てきれない?
だったら「虎だ!」という訳になるかも?
それともその場合は「A tiger!」になるのか?
以上、私の単なる思いつきです。
どうか英語に関しては突っ込まないでくださいね。
原文に当たって教えてくださるのは大歓迎ですけど。



で、今回のポストのテーマは「日本語における呼びかけ」です。

日本語の日常会話では、「太郎」に呼びかける場合、「太郎よ」とは言わない。あくまでも日常会話では。

普通はこう言う。
1)太郎、どこにいるの?
つまり、固有名詞は単独で呼びかけに用いることができる。 =太郎、(あなたは)どこにいるの?=Taro, where are you?
でも「太郎はどこにいるの?(=Where is Taro?)」の省略文である可能性もある。
(現実の会話において、呼びかけなのかどうかは、イントネーションや間合いの違い、そして文脈から判断できる。)

でも
1a)息子、どこにいるの?
は変。つまり、普通名詞そのものを呼びかけに使うのは変。
英語なら「Where are you, my son?」とか言うはずだが、日本語の場合は、「あなたの息子はどこにいるの?」という文の省略文ということになる。
(かなりタメ口ですが。)

1b)犬、どこにいるの?
も呼びかけではなく、「あなたの犬(or話題になっているその犬)はどこにいるの?」の省略文である。
(英語で「Where are you, dog(またはmy dog)?」と言えるのかどうか、どうぞ教えてください。)

2)太郎さん(orくんorちゃん)、どこにいるの?
は太郎に対する呼びかけである可能性がある。
が、「あなたの息子(たぶんね)である太郎さんはどこにいるの?」の省略文である可能性もある。

2a)息子さん、どこにいるの? 
は明らかに呼びかけではない。
「あなたの息子さんはどこにいるの?」の省略文。

一方、
2b)犬さん、どこにいるの?
は、普通の状況ではありえない。



中間的結論:
日本語の通常の会話において、普通名詞を呼びかけに用いることはない。
呼びかけに用いることができるのは固有名詞のみ。

ただし、普通名詞が固有名詞化された場合は呼びかけに用いることができる。
その例は、映画「ツレがうつになりまして。」の「ツレ」です。
宮崎あおい演じる主人公は自分の夫を「ツレ(=連れ)」と呼び、「ツレ! どこにいるの?(=Tsure, where are you?)」のように呼びかけます。



そういう特殊な場合を除いて・・・
「皆さん!」みたい呼びかけもあるし、「社長!」とかは日本語の得意技だけど、それもおいといて(苦笑)、、、
普通名詞をどうしても呼びかけに用いたい場合は、「よ」を付けることになる。

しかし
3)太郎よ、どこにいるの?
はもちろん
3a)息子よ、どこにいるの?
3b)犬よ、どこにいるの?
も不自然。
なぜなら、「よ」が付いたとたん、日常会話のレベルを逸脱してしまうから。
(だから「虎よ」は現代のティーンエイジャーの台詞としてはふさわしくない)

「~よ」に合うのは多少固い言葉遣いである。
よって、
4a)息子よ、お前はどこにいるのか?
は言える。
4b)犬よ、お前はどこにいるのか?
も言える。たぶん。

4b' )天の遣わした奇跡の白犬よ、お前はどこにいるのか?
なら完璧。
「~よ」は大仰なほうが座りがいい。

とにかく「どこにいるの?」という女性的な言葉遣いは「~よ」には全く合わない。

でも、男性的な言葉遣いすればなんとかギリギリいけるかも。
5a)息子よ、どこにいるんだ?
5b)犬よ、どこにいるんだ?

これ以上続けると、かえって泥沼になりそうだから

今日の結論:
『秘密の心臓』の「虎よ!」という翻訳に文句をつけるのは簡単だけど、もっと良い訳を提案するのは難しい。
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by foggykaoru | 2012-03-29 19:30 | バベルの塔 | Trackback | Comments(16)

cakeは何語?

友人が「ケ―ク・サレ」なるものについて語っていたので
「cakeは英語。サレ(sale=塩味の)はフランス語」
と突っ込んでみました。
すると別の友人から
「フランス語のWikipediaにcakeという項目があるよん」
という指摘が。

cakeというフランス語、あったんです。びっくり。
でも、日本語の「ケーキ」とは違うんです。二度びっくり。


====以=下=超=適=当=私=訳==========
cake(gateau)

長方形で干しブドウや砂糖漬けの果物が入った菓子をさす。「cake(ケークと発音)」は主としてヨーロッパで使われ、一方、主として北米では「gateau aux fruits=フルーツケーキ」と言われる。cakeという語は同形の「gateau sale=野菜・オリーブ・ハムなどを使った塩味のケーキ」をさすこともある。ゆえにcake saleという言い方もある。

「フランス語宝典(注:そういう名前の権威あるフランス語大辞典があるのです)」によると、cakeとは「小麦粉、卵、バター、砂糖を材料とした、干しブドウや果物の砂糖漬けが入った菓子」
英語からの借用語でfruitcakeまたはplumcakeの省略形。一部のフランス語話者にはアングリシスムとみなされている。
フランス語のcakeは英語ではfruitcakeと訳すことができる。
cakeはケベックでは用いられず、北米のその他の地域では一般にまれである。これらの地域ではこの菓子は「gateau aux fruits」という名称でよばれているから。

塩味だろうが甘いものだろうが、cakeの基本は小麦粉、卵、バター。そしてケーキ型が必要。
==============================

「英語からの借用語」と「アングリシスム」の違いがよくわからないのだけれど、それはおいといて(苦笑) 

英語圏に囲まれているケベックのほうが、フランス本国よりも、英語を拒絶する傾向が強いと聞いています。cakeもその例なのかも。
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by foggykaoru | 2012-03-05 22:33 | バベルの塔 | Trackback | Comments(14)

ヤコブへの手紙

フィンランド映画です。
実は昨日ポストした「青い光が見えたから」を読んだのは1週間ぐらい前でして。
その直後にタイミング良くこの映画の存在を知り、なかなか評判がいいようなので、観に行こうかなあ、でもこういう映画はわざわざ大画面で観なくてもレンタルDVDでいいかなあと思ったり、でも逆に、えらく渋そうだから、家で観ると集中できなくて良さがわからないかもしれない、やっぱり映画館で観るべきなのかなあ・・・などと迷っていたら、上映があさってまでだというので、大慌てで銀座に行ってきました。

うん。
想像どおりでした。良い映画です。
とても渋いです。とても静かです。人口希薄です。涼しそうです。冬は寒そうです・・・(笑)

そして、短いです。75分。
今日はレディースデイだから良かったけれど、1800円払うとなると、ちょっと高い気がします。

この映画は絶対に飯田橋のギンレイホールとか早稲田松竹あたりに来ることでしょう。
これらの映画館は2本立てですから、割高だという問題は起こりません。
興味がある方、その時にぜひ観てみてください。お薦めです。

観たくなった理由の半分は「言語」、フィンランド語でした。
大変興味深く聞きました。
ほんとうに母音が多い言語で、聞いて繰り返すのはわりと簡単そうです。
猫の言葉だとは思わなかったけれど。
どうやら否定文は文頭に「エン」がつくらしい・・・と思って、帰宅してすぐ「フィンランド語のしくみ」を確認しました。
「エン」以外の否定形もあるけれど、とにかく文頭で否定するのですね。オモシロイ。

フィンランド、再訪してみようかな。

この映画の公式サイトはこちら
予告編でフィンランド語が聞けます。語学マニア必聴。
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by foggykaoru | 2011-03-02 20:30 | バベルの塔 | Trackback(3) | Comments(6)

ベトナム語のしくみ

中国に行くと、文字を見て、意味だけは理解できる。でも発音できない。
これは不便ではあるけれど、日本でもありがちな状況なので、まあ慣れている。

ところで今回行ったベトナム。
ベトナム語はアルファベット表記。
ベトナムコーヒーとともに、「仏領インドシナ」の置き土産なのです。
だからすべての文字がすんなり認識できる、なのに何ひとつ意味が理解できない
という事態に、私はひじょーに納得がいきませんでした。・・・納得もへったくれもないんだけどね。
要するに、ベトナム語を勉強していかなかったことを、後悔したのです。

というわけで、帰国してからこの本を読んだという。
・・・何を今さら。遅いって(苦笑)

そして、ベトナム語のわかりやすさに驚きました。
なにしろ語形変化がまったくないのです。ポイントは語順。それさえきちんと覚えれば、文が作れる。(もちろんそれ以前に単語を覚えなくちゃいけないけれど)

一瞬血迷って、この際真面目に勉強してみようかなんて思ってしまったぐらい(笑)

ベトナム語最大の関門は文法以外のところにあるのです。
それは声調。6声もある。ひーー。
旅行中、ガイドブックに載ってた「旅のベトナム語」を使ってみても、まったく通じなかったのは、そのせい。

私、声調のある言語はどうも苦手なんですよ。。。

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by foggykaoru | 2010-08-28 22:26 | バベルの塔 | Trackback | Comments(4)

「のだめ最終楽章前編」DVDのツボ

熱帯雨林で予約してあったのが早速届き、早速見ました。

映画館でのだめのトルコ行進曲を聞いた(というより、観た)ときは、非常に感心したのですが、後編のショパンのピアノコンチェルトを観てしまった今になると、たいしてすごいとは思わない。この頃ののだめはまだまだかわいいもんです。

今回DVDをわざわざ買った最大の理由は、特典映像でした。
本編を観るだけだったらレンタルでも十分ですから。

私がいちばん観たかったのは、「吹き替えなし」の映像です。外国人キャストがそれぞれの母語でしゃべって演じているという撮影現場。

期待は裏切られませんでした。
英独仏伊、そして日本語の5カ国語が飛び交ってます。
コンマスのシモンがドイツ語で怒ると、怖さ倍増(笑)

オクレール先生のフランス語も聴けました。
彼、ほんとうにフランス人なのかな?と思っていたのですが、ちゃんとフランス人だったようです。

この特典映像、もっともっと観たかった。
他の特典が少なくなってもかまわないから。

後編のDVDにヤドウィは出てくるかな。
ヤドウィはとてもきちんと口を動かしているので、いくつかの台詞は口を観ているとわかる。
でも、わかるとつい欲が出て、「他の台詞もわかるかな」と、あの場面では彼女の口ばかり観てしまう私です(苦笑)

一般に思われているのと正反対に、フランス語の発音というのは非常に緊張度が高いんです。
口の形をきちんと決めないと発音できない。
ヤドウィ役はプロの女優で、訓練を積んだ人だから、特にわかりやすいのでしょう。
だから、オクレール先生は、もしかしたらフランス人ではないのかも?という疑いすら抱いていたんです。
プロの俳優じゃないのかも。吹き替え前の台詞の声、とっても弱々しいし。
実際のところはどうなんでしょうかね。
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by foggykaoru | 2010-06-04 22:18 | バベルの塔 | Trackback | Comments(0)

日本人の知らない日本語2

超ベストセラーの第二弾。

たとえば、「スッパ抜く」の「スッパ」の語源なども、もちろん面白いのだけれど、こういうのは好奇心の強い人だったら、(変な言い方だけど)「自力で疑問を抱く」ことも可能だろう。

その意味で、「やってみよう!日本語テスト」が面白かった。
問題: 上司に「~しようと思うんだが、いいかな」ときかれたときの正しい答え方を選べ。
正解は「わかりました」
「目上の人が許可を求める表現を使ったときは、その真意は別のところにあることが多いので、注意が必要だ」という解説に唸ってしまった。
言語というのはその構造だけでなく、「言語運用」が大切。
それは日本語の世界にどっぷりつかった日本人にはなかなか感知されにくい。


いちばんすごかったのはチェコの日本語教科書。
「AしてBする」の文型の例文: おじさんはあさしん聞をよんで、午後おどりました。
せめて「おじさん」を「おねえさん」に変えればいいのに。

そういえば、「テュリャテュリャテュリャ」という「一週間」はチェコの民謡?
と思って検索したら、残念、ロシア民謡でした。

日曜日に 市場(いちば)へでかけ
糸と麻(あさ)を 買ってきた

月曜日に おふろをたいて
火曜日は おふろにはいり

水曜日に ともだちが来て
木曜日は 送っていった

金曜日は 糸まきもせず
土曜日は おしゃべりばかり



教科書と言えば、日本の英語の教科書は「This is a book」とか「This is a pen」から始まるのがいかん、そんな文は日常会話では使わないから、「I am なんたら」とか、実際に使う表現から教えろ、と主張する人がいる。
でも、「This is a pen」が実際に使われることもある。だって実際に聞いたもん。映画の中で。あんときにはほんとに感動しました。
・・・脱線しすぎ。


その他に面白かったのは
「鬼がなぜ虎のパンツをはいているのか」
「半濁音を表すのに、なぜ○を付けるようになったのか」

フランス語にはotakuという単語が入っているし、日本のマンガを原文で読めるようになりたくて日本語を学ぶ外国人が少なからずいる。自国の文化発信を促進するのは、国にとって大きな戦略なのだ。私はその昔、フレンチ・ポップスにあこがれたのだから。日本の政治家はもっとマンガやアニメを大切にしなくちゃいけない。変に規制したら現在の我が国の最大の輸出品目が死にますよ。
しかも先頭切って規制しようとしてるのが「太陽の季節」書いた人ときてる。なんたる不条理。
・・・またまた脱線しつれい。


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by foggykaoru | 2010-03-18 21:13 | バベルの塔 | Trackback(2) | Comments(10)