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「ウェスト・エンドの恐怖」

c0025724_2212552.jpg故ワトソン教授著「シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険」の続編。

前作ほどの衝撃(?)は無いけれど、楽しませてもらいました。
何がいいって、全編に漂う「ユルさ」が絶妙。
ネタバレになるからあまり書けないけれど、推理がユルい。科学的な点についてもユルい。
でも、それこそが原作のホームズの魅力なんだから、それでヨイのだ。
そのユルさと裏腹に、原作のホームズシリーズとの整合性に関しては、厳密性を追求している(っぽい)ところが、これまた楽しい。

今回登場する有名人はバーナード・ショーとオスカー・ワイルド。


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by foggykaoru | 2007-04-29 22:04 | 推理小説 | Trackback | Comments(2)

林望著「イギリス観察辞典」

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リンボウ先生がいろんなところに書き散らかしたイギリスに関するエッセイを集めたもの。ただ集めただけではなくて、冗談半分で「辞典」という体裁にしてある。長い項目で数ページ、短いものだと1ページそこそこなので、暇を見つけてちびちび読むのにぴったり。

イギリス好きなら楽しく読める。
イギリス好きでない人には面白くないかも。

ある国のセールスマンとしてうってつけなのは、「その国の専門家ではないけれど、その国の事情に詳しくて、その国に親近感を抱いている、筆の立つ知識人」だと思うのです。その好例がリンボウ先生。
いつも彼の本を楽しみながら、こんな腕利きのセールスマンを抱えているイギリスに、一種の羨望というか、嫉妬すら覚えてしまうのが、イギリス好きながらもフランス贔屓でもある、コウモリ女の私なのです。

この本のツボは3点。

1) 古い牧師館に泊まる
牧師館に限らず、古い建築物に手を入れて、泊まれるようにしているのだそうな。
管理しているのはランドマーク・トラストという財団。
泊まってみたいなあ。
仲間を集めてそういうところでまったりしてみたい。

2) ウナギ
ケンブリッジからイーリーにかけては真っ平らな土地で、しかも湿地。干拓してかなり改善したものの、今もその名残の沼地が多く、ウナギがたくさんいるそうだ。
「イーリー」という地名が「ウナギ」に由来するということは聞いたことがあったけれど、そこまでイギリスとウナギの関係が深いとは思っていなかった。

最後はランサムファン限定ネタです(ウナギも半分ランサムネタだったけど)
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by foggykaoru | 2007-04-25 20:30 | エッセイ | Trackback(1) | Comments(14)

木村尚三郎著「パリ---世界の都市の物語」

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アマゾンの書評には「ガイドブックとしては不向き」とありますが、そもそもこれをガイドブックとして読むほうが間違いというもの。パリの歴史を勉強したい人のための本です。

以前読んだ、同じシリーズの「ロンドン」に比べると、こちらのほうがはるかに「歴史から見た都市の全体像」を描いているといえる。あちらは「ロンドンにまつわる文学こぼれ話」だから、それはそれで面白いところもあるんだけど。

あと、「ロンドン」の感想にも書いたのだけれど、このシリーズはまともな地図が無いのが大きな欠点です。私はパリの地理が頭に入ってるから大丈夫だったのだけれど、普通の人は読んでいて「これはどこのこと?」とストレスの塊になる可能性大。


私にとっての発見は以下の点。
(*が付いている箇所は私の無責任なコメントです。)

1)フィリップ二世、通称オーギュストについて。
神聖ローマ皇帝と張り合って「こっちこそ(ローマ皇帝の)アウグストゥス並みなんだぞ」という意味がこめられた名称なので、「尊厳王」というより「皇帝王」と訳すべきなのだそうだ。
そして彼こそが、シテ島を中心に、セーヌ南岸(左岸)を文化の中心、北岸(右岸)を政治の中心というふうに決めたのだそうだ。

*とはいえ、世界史年表によると、彼以前にパリ大学の中心地はすでに左岸にあったようだから、既成の事実を追認したということなのかも。(この点に関する以前のポストはこちら


2)ジャンヌ・ダルクについて。

百年戦争当時、パリを始めとする北フランスは、イギリスと同盟関係にあったのだそうだ。

*ああ、やっぱり! 
映画「ロック・ユー」を観たとき、百年戦争やってる真っ最中に馬上槍試合のパリ大会やらロンドン大会が開催されているのが不思議で、もしかしたらパリはイギリス側だったのではないかと想像したのだけれど、大当たりだったわけです。(これに関するポストはこちら

だから「イギリスに占領されているパリを解放しに来た」ジャンヌはパリにとっては敵だったそうで、パリは終始、彼女を嫌悪した。パリ大学神学部も彼女を魔女にするために一生懸命頑張った。

長いこと忘れ去られていた彼女を、歴史の表舞台に引っ張り出したのはナポレオン。彼は自らが皇帝の座につくとき、ジャンヌを探しだし、もてはやし、ナショナリズムを鼓舞するのに利用した。

パリが頭を南に置いていただけでなく、そもそもフランスという国の頭は南、つまり地中海を向いていた。北部のロレーヌ出身のジャンヌは、その意味からも魅力に欠ける。その点、ナポレオンは地中海世界のコルシカ出身だからOKだったのだそうだ。


*そうなのよねえ。
ヨーロッパの先進地域は地中海。
地中海に接している国々や地域は、常にそちらに目を向けてきた。
はっきり言って、英仏海峡以北なんて問題にならなかったのです。
イギリスが日の沈まぬ帝国になったのは、百年戦争でフランスに負けて、地中海に進出する足がかりを失ってしまったお陰。


ジャンヌといえば、百年戦争のヒロインだった彼女が、なにゆえに聖女なのか? 異教徒と戦ったというのなら、まあわかる。でも、百年戦争当時のイギリスは、まだカトリックだった。
という長年の疑問はいまだ解けず。
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by foggykaoru | 2007-04-24 20:09 | 西洋史関連 | Trackback | Comments(2)

眠らないでください

前項の続きです。

「『眠らないでください』の肯定形としては『眠りなさい」』よりも『眠ってください』のほうがふさわしいのではないか?」という指摘がありました。

おお、確かに!

そして、「眠ってください」のほうが「眠りなさい」よりも丁寧な感じ。

ということは

丁寧な口調の場合
肯定命令は「眠ってください」
否定命令は「眠らないでください」

ちょっと丁寧度が下がると
肯定命令が「眠りなさい」
否定命令は、、、
「眠りなさるな」ではないかという指摘もあったのですが、これは現代の口語ではない。つまり、現代日本語において、口語ではこのレベルの否定命令は存在しない。
しかたがないので「眠らないでください」で代用する。

丁寧でない口調の場合
肯定命令は「眠れ」
否定命令は「眠るな」
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by foggykaoru | 2007-04-23 20:03 | バベルの塔 | Trackback | Comments(12)

続・被疑者を取り調べるときの言葉遣いについて

昨日のポストの補足です。

多くのヨーロッパの言語には、2人称単数が2種類あります。

フランス語には tu と vous
ドイツ語には du と Sie
イタリア語には tu と Lei (さらに voi というのもあるのですが、普通にイタリア語をかじる程度で習うのは tu と Lei)がある。

で、この使い分けですが、日本人向けにわかりやすく説明しようとすると
「親しい友人や家族に対するときの『あなた』」と「それ以外の人と話すときの『あなた』」
つまり、「タメ口」と「敬語」みたいな感じの説明になってしまいます。

でもそれは正確ではない。
ほんとうの基準は「自分と相手との間に距離を置くか置かないか」なのです。

だから、旧東独のシュタージは Sie を使った。被疑者との間に距離を置くために。

このあたりの感覚、フランス語とドイツ語はかなり共通しているような気がします。
不思議なのはイタリア語。
現代イタリア語では、tu が非常に優勢で、Lei が使われる場面がかなり限られているらしい
というのが、昨日のポストの主旨だったのでした。



で、日本語との比較なのですが、日本語においては言葉を使い分けるときの基本的な基準は「相手と距離を置くか置かないか」ではない。(そういうことを意識する場面も、もちろんありますが。) 基本的な基準は「丁寧か、そうでないか」。
だから「眠るな! 答えろ!」という字幕になった。
ぞんざいな口調だけれど、しょうがない。

ところで、シュタージの台詞「Antworten Sie!」を「答えろ」でなくて、「答えなさい」と訳すのは、まあ容認されるのではないかと思います。「~しなさい」というのは、言い方や言う人によってはけっこう怖い。
でも、「眠るな」は言い換えようがない。

日本語の場合、純粋な否定命令というのは、「丁寧でない文体」にしか存在しないのではないでしょうか。

英語だったら
Sleep! の否定として Don't sleep!

フランス語だったら
Dormez! の否定として Ne dormez pas!

ドイツ語だったら
Schlafen Sie! の否定として Schlafen Sie nicht!

というふうに、肯定命令にきれいに対応した否定命令が存在する。

日本語の場合、
「眠れ」 の否定は 「眠るな」
ですが
「眠りなさい」 の否定は・・・?
「眠らないでください」
とするしかない。

でもこれってほんとうに「眠りなさい」に対応した否定形なのでしょうか?
「~しなさい」は否定形を持たないのでは?
否定形が無いから、苦肉の策として「~しないでください」という表現を使っているということなのではないでしょうか。

以上、私の個人的な感覚に基づいた、裏付けのない話でした。
最後までおつきあいくださった皆様、どうもありがとうございました。


この項の補足はこちら
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by foggykaoru | 2007-04-17 20:44 | バベルの塔 | Trackback | Comments(4)

被疑者を取り調べるときの言葉遣いについて

映画「善き人のためのソナタ」を観ました。(公式サイトはこちら

よかったです。
最後の台詞「Fur mich(私のため)」、そしてそれを言う彼の表情に泣きました。単に悲しいとか辛いとかいう感情を越えた、不思議なもので頭と心が満たされたような感じがしました。

私は1989年夏、つまり壁崩壊の直前に、フランスに研修を受けに行きました。そのとき、東独から派遣されてきた人たちと交流を持ちました。この映画を観た今、そのときのことを書きたいという衝動に駆られています。でも、ほんとうに書けるかどうかはわかりません。。。


で、このブログではもっと軽い「言語ネタ」を。

泣く子も黙るシュタージ(国家保安省)の取り調べの場面を観て、「へえ」と思ったことがひとつ。

取調官は被疑者に対して「Sie」、つまり、敬語的な二人称を用いるということ。日本語字幕は「眠るな! 答えろ!」というような、かなりぞんざいな言葉遣いになっているのに。
でも考えてみれば、フランス語でも「vous」、つまり、敬語的二人称を使うだろうから、驚くには当たらない。
ではイタリア語ではどうなるのか?
たぶん、イタリア語では敬語的な「Lei」は使わないのではないか。

その根拠は映画「ロード・オブ・ザ・リング」のイタリア語版では、登場人物のほとんど全員がお互いに「tu」、つまりタメ口に近いほうの二人称を使っているから。たとえ相手が王様であってもです。(イタリア語版ロード・オブ・ザ・リングに関してはぴぴーなさんのブログをご覧ください。)

もう一つの根拠は次の写真。ベネチアの水上バスの乗り場にあった注意書きです。「切符を持たずに乗船した場合、すぐに自分から申し出て切符を買わないと30ユーロの罰金を科されます」という内容。

c0025724_20273871.jpg


一番上がイタリア語。これが「tu」に対する言葉遣いで書かれています。
次のフランス語は「vous」、一番下のドイツ語が「Sie」で書かれているのに。

だからイタリア人はフレンドリーなんだって? そ、そうじゃなくて・・・。

こういう場面の字幕が「答えろ!」になってしまう日本語についても、なんだか考えさせられます。純粋に言語だけの問題じゃないような気がします。いろんなことがからみあっているから、分析するのは不可能に近いかも。 


この項の補足はこちら
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by foggykaoru | 2007-04-16 20:40 | バベルの塔 | Trackback | Comments(2)

「白い崖」といえばドーバーですが

c0025724_8403752.jpgこの地球上には「白い島々」もあるんです。
それはクロアチア。
白い島々が延々何十キロ(それ以上かも?)も続くのです。
詳しいことはメインサイトの「えせBPの旅日記」へどうぞ。

同じような写真が何十枚もあるので、どれを選んだらいいのか、正直、悩みました。
この写真は「島」だということがはっきりわかるという点では良い出来なのですが、「白さ」という点ではいま一つだったのでボツに。
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by foggykaoru | 2007-04-15 08:47 | メインサイトのボツ写真 | Trackback | Comments(0)

「ドリームガールズ」を観て

このブログは読書ブログなので、単なる映画評は載せない方針です。
映画を語るのは、原作との関連において言及するとか、あるいは、言語ネタがある場合だけ。

で、この映画。

字幕がなっちでした。

この映画の白眉は、異なった2つのバージョンで歌われる「ワン・ナイト・オンリー」なのですが、そのサビの部分「One night only」の字幕は
<ワンナイトオンリー>
でした。(「・」も付いてたかも)

・・・・・「ひと夜だけ」とか訳せんかいっ!!!


そういえば、「オペラ座の怪人」の字幕でも、「Angel of music」を
<エンジェルオブミュージック>
と訳しておられたのですよね。(これも「・」が付いてたかも)

映画字幕は字数制限が厳しいというのに、贅沢なことです。
省くべき言葉は思い切って省く。「~せにゃ」とか。
そして、字数を使うべきときは惜しげもなく使う。
それが達人の、達人たる由縁なのでしょう。


歌の題名がカタカナ英語なんだから、、、って言い訳は通用しないと思います。

たとえば、ビートルズのナンバーを使ったミュージカル映画があったと仮定します。

「ハード・デイズ・ナイト」の冒頭部分は
「It's been a hard day's night」ですが、
まさか
<ハードデイズナイトだった>
とは訳さないでしょっ!

とここまで書いたら、「達人なら、そう訳すかも」という考えがよぎりました。恐ろしい。
それどころか
<ハードデイズナイト>
だけになったりして・・・。

・・・・・やりかねない。彼女なら。
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by foggykaoru | 2007-04-13 21:55 | バベルの塔 | Trackback | Comments(4)

ドラ・ド・ヨング著「あらしの前」「あらしのあと」

子どもの頃、題名に惹かれて読んだのだが、期待ほどではなかったような記憶がある。第二次大戦前後のオランダの家庭の話だったこと、この本のオランダの地図を見て、「ユトレヒト」という町の名前を知ったということだけ、覚えていた。
旅行者としてオランダに行ったことのある今の私が、この本をどう感じるのかということに興味があり、再読してみた。ユトレヒトにはまだ行ったことがないので、何か参考になることがあるかも、という気持ちもあった。

読んでみて・・・
ユトレヒトはちっとも出てこないのね。
それにしても、、、ヤッパリアンマリオモシロクナイ・・・
「あらしのあと」のほうはまあいい。
でも、「あらしの前」は途中で眠くなり、数ページ飛ばしてしまったことを、今ここに告白する(苦笑)

作者ヨングはオランダ人だが、戦争を嫌ってアメリカに移住し、それからこれら2作を発表し、アメリカで評判をとったらしい。それを吉野源三郎氏が翻訳して日本に紹介した。
アメリカで評判になったのはよくわかる。一家族の「戦前」「戦後」を描くことによって、「戦時中」を想像させるというのは、なかなかうまい手法だし、ヨーロッパを舞台にしながら、アメリカ(人)も上手に登場させている。

それでもいまいち面白くないのはなぜか。

翻訳の問題なのだろうと思う。
今の子どもの目からは訳が古すぎるらしいランサムの作品を読み慣れているオバサンにすら、この日本語訳は古臭すぎる。たとえば、子どもたちの言葉遣いが現実離れしていて、家族の会話という実感が湧かない。岩波少年文庫に収録されているこの2作、現在は絶版らしい。こんなに古臭かったら絶版になってもしかたがないんじゃないか。
地の文ならいいかというと、これがまたどういうわけか、非常に読みにくい。児童書だから、ごくごく平易な日本語なのである。なのに読みにくい。私の好みに合わないだけなのだろうか。

吉野源三郎といえば「君たちはどう生きるか」の著者。
名著とよばれるこの本、中学のときに読んだけれど、これまたあまり感動しなかったことを覚えている。
アマゾンの書評を見ると、絶賛されているけれど。
メッセージ性が強くていかにも「ためになる」いう感じの本は好きじゃない、私は楽しむために本を読んでいきたいんだ、というようなことを感じたような気がする。

でも、ひょっとしたら、内容に興味を持てなかっただけではなくて、文章に魅力を感じなかったことが大きいのかも。
吉野氏のファンのみなさん、ごめんなさい。

「あらしの前」に関する情報はこちら
「あらしのあと」に関する情報はこちら
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by foggykaoru | 2007-04-10 21:06 | 児童書関連 | Trackback | Comments(2)

オバサンをノックアウトする映画

せっかくの土曜日だというのに、あくせく過ごしました。
4時過ぎにようやく身体が空き、このまま帰るのももったいないなぁ・・・というわけで、映画でも観ようと思い立ちました。
駅までの道すがら、「ホリデイ」「華麗なる恋の舞台で」「バッテリー」のうち、どれにしようかと悩みに悩んだ末、「バッテリー」にしました。我ながら色気の無い選択だ(苦笑)

ひょっとしたら、今朝キオスクで買った週刊誌に載っていた、原作者あさのあつこ氏の抱腹絶倒インタビュー記事に影響されたのかもしれません。
野球に興味を持って、初めて少年野球や高校野球を観に行ったあさの先生、「ウヘウヘ、おばちゃん、来てよかったよ。この若い(男の)子で稼がせてもらおうかな」と思ったんだそうな。


原作「バッテリー」はよくできた作品だと思いますが、私はさほどハマることなく、全6巻のうち3巻まで読んでやめてしまいました。主要登場人物の設定程度しか覚えていなかったのが、却ってよかったのかもしれません。「原作のあのシーンが無い」とか「好きなシーンが改変されている」とかいうことに気をもむことなく、おおらかな気分で映画を楽しみました。

そしてつくづく感じたのは文字媒体である小説と、映像媒体である映画の違いです。

原作の巧は、その強烈なキャラで読者を圧倒するのですが、映画の巧は、ビジュアルの魅力でオバサンをノックアウトしました。
もちろん剛も青波も素晴らしかったんだけど、なんてったって巧です。

ウヘウヘ、おばちゃん、観に来てよかったよ(爆)

この映画、子どもたちだけに見せておくのはもったいないです。

世のオバサンたちよ、今すぐ映画館に走るべし!



・・・この映画、5年ぐらいしたら、アメリカ人がリメイクするんじゃないかしら。賭けてもいいです、1000円ぐらいなら(^^;
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by foggykaoru | 2007-04-07 22:22 | 児童書関連 | Trackback | Comments(7)