<   2009年 07月 ( 14 )   > この月の画像一覧

行ってきます

スコットランド(ヘブリディーズ諸島とグラスゴー)
フランス(ブルターニュ)
に行ってきます。

今回は「本」の旅です。
「シロクマ号となぞの鳥」と「アーサー王」

ココには携帯で投稿はできてもコメントは読めないしレスもつけられないので、顔を出すのはメインサイトの掲示板のほうが多いかと思います。(掲示板はコメントが読めるのです)
もしかしたら、写真は投稿できるかも。

では
行ってきます♪
[PR]

by foggykaoru | 2009-07-29 06:40 | 告知 | Trackback | Comments(9)

床下の小人たち

メアリー・ノートン作。
名作の誉れ高いこの作品、子供のころに読んだことはあったのだけれど、すっかり忘れてしまったので、前々から再読してみたいと思っていた。

読んでみて。
いかにもイギリスの児童文学だ。(ノートンはアメリカに住んだこともあるそうだけれど。)
この作品の小人は、おそらくケルトの伝説あたりからヒントを得たものなのだろう。
そして、昔からの空気がそのまま動かずにとどまっているような、古くて大きいお屋敷が必須。
たとえば「メニム一家の物語」あたりが、こういった作品の延長上にあるのだろうな。

でも、大好きかどうかと問われると、ちょっとね。(メニム一家は大好きだけど。)
だからすっかり忘れてしまったのだろう。
名作と呼ぶことには異存はないのだが。

たぶん、私にとっては、ドキドキハラハラの部分が多すぎるのだろう。
まったりのんびりした場面が少ないのだ。
私にとってはね。

小人一家の日常生活の描写が少ないわけではない。でも、一家とは言っても、たったの3人しかいないから、丁寧に書いても知れてるのです。
そして、主人公アリエッティと人間との交流。これもきちんと書かれている。
でも、まったりした部分はあんまりなくて、話はどんどん展開していき、あっと言う間にピーンチ!になってしまうわけだ。

最後の盛り上がりはすごい。
そしてメイおばさんの最後の一言。うまい。
もしかしたら、続編はもっと私好みなのかもしれないという気にさせる終わり方です。
(これを書いた当時、ノートンに続編を書く意思があったのかどうかは知らないけれど。)

この本に関する情報はこちら
[PR]

by foggykaoru | 2009-07-24 21:22 | 児童書関連 | Trackback(1) | Comments(4)

日本語が亡びるとき--英語の世紀の中で

水村美苗著。超有名なベストセラー。
私がベストセラーを、売れているうちに読むというのはめったにないこと(苦笑)

これもけっこう前、10日ぐらい前?に読んだのです。
ポストが遅くなったのは、忙しがっていたということもあるけれど、それ以上に私にとってはイタいことが含まれているから、書きにくかったということもあります。
読む前から、というより、副題を見たときから、予想はついていたんですけれどね。

読み応えがあります。特に後半の日本近代文学史あたりからは怒涛の勢い。筆者の熱い思いが伝わってきて、読み終わったときは「ふう」と息をついてしまいました。

筆者はアメリカ育ちのいわゆる帰国子女だけれど、アメリカ生活になじめなかったうえに、大学ではフランス文学を専攻している。日本でこういう本を書く人の多くは、日本語しかやっていない人、または英語メインの仕事をしている人(しかも英語LOVE!)なのだけれど、筆者はそうではない。英語をつきはなして見ることができて、もうひとつの外国語であるフランス語を理解と憐憫をこめて語ることができて、そしてもちろん日本人として日本語を心から愛している。この本が言語関連本とは一味違うものになった最大の要因はそこにある。

私はあまり日本文学を読んでいるわけではないのだけれど、漱石の「三四郎」は好きなんです。明治のインテリたちのにおいが好き。しかも主人公がインテリの「卵」である三四郎だから、とてもわかりやすい。ちょうど「長い冬休み」のドロシアのごとく。(限られた人にしかわからない比喩だ。)なおかつ三四郎は「天然キャラ」。笑えます。(これもドロシアに通じるところがある?) 今回、水村さんの解説を読んで、改めてフムフムと思うこと多かったです。(ランサムの言及があるわけではありません。あしからず)
二葉亭四迷の「浮雲」も読んでみたくなりました。

いろいろなことが濃く語られているこの本、最終的な結論は「学校でしっかりと読む国語教育をせよ。せっかく素晴らしい日本文学があるのだから、もっと触れさせよ」ということです。
「書く」だけではダメである、多少難しくてもちゃんと読ませろ、と。

そうですよね。
自分が書ける範囲内の文章にしか接していなかったら、向上はないのです。
頑張って読んでいるうちに、書くレベルだってそこそこ上がってくる。
(書かせなくていいというわけではないですが)

ウェブサイトを開設して早10年、自分が書いた文章を正しく理解してもらうことの難しさをしょっちゅう感じてきました。
もちろん、私の書き方が悪いところもある。
でも、いくらわかりやすく書いても、わかってもらえないこともあるらしいということも、感じています。
他の方の掲示板やブログで、的外れなコメントを目にすると、他人事とは思えません。コメントを残す人はごく一部です。つまり、同程度にわかってない人の数はその何十倍にものぼる。そう思うと愕然とします。
的外れなコメントに落ち込んだ経験のあるサイト主さんやブロガーさんたちになりかわって、ここで断言します。
読解力がない奴には何をどう書いても通じない。
(↑これは傲慢、不遜、問題発言です。でも、このブログでコメントしてくださるのは私以上に読解力がある方たちばかりなので、真意をわかってくださるだろうと信じています)

そう、これは文学作品に限ったことではないのです。
旧約聖書によると、神は傲慢な人間を罰するために、もともとひとつだけだった言語を、たくさんの言語にしてしまい、お互いに通じなくなるようにした、ということですが、たとえ言語がひとつしかなくても、人間は通じあわないのですよ。同じ言語を話していると、通じあっているという幻想を抱いてしまうのが厄介なところなのです。
通じる部分を多くするには、みんなして母語の力をつけるべく、努力していかなくてはならない。
国語の時間を減らして英語を増やすなんて、愚の骨頂です。
日本語で語れないことは、外国語でも語れないのです。
「外国人に道を聞かれたときに英語で答えられるように、小さいうちから英語を教えよう」ですって? やめてちょうだい。
子供は日本語でも道案内なんかしたことないんだから。中学で始めれば十分。
第一、日本に来たら日本語で道きくのが礼儀でしょ。もっと外国人に日本語を教えろよ・・・って、どんどん脱線してきりがなくなるのでこのへんでおしまいにします。

この本に関する情報はこちら
[PR]

by foggykaoru | 2009-07-23 21:13 | バベルの塔 | Trackback | Comments(10)

英米児童文学のベストセラー40

c0025724_22474183.jpg副題は「心に残る名作」
成瀬俊一編著。
19人の児童文学研究者や翻訳者がそれぞれ、2つないし3つの作品を紹介している。
1作品あたり、写真を含めて4ページしかないので、それほど深いことは書いていない。悪く言えば「とおりいっぺん」。でも、普通の人にはこのぐらいがちょうどいいのかもしれない。私は普通じゃないから(自爆)

今年の6月に出たばかり。
めったに新刊を買わない私がなぜ買ってしまったのか。
ここまで言えば、このブログをいつもご覧になっている方には想像がつくはず。

本を開くと紹介されている40作品の表紙のカラー写真がずらりと並んでいます。
その中でひときわ地味なためかえって悪目立ちしているのが、そう、我が愛する「ツバメ号とアマゾン号」なのです。
紹介者は小野俊太郎という成蹊大学の先生でして、この人が相当のランサム好き。読めばわかります。「とおりいっぺん」の紹介文ではないのですよ。だからつい買っちゃったんです。
どこがどう、ということは、ここでは差し控えます。
ARC会員の方は(忘れなかったら)9月のお茶会(8月はルイス島に行ってるので行けません)に持っていくので、ご自分の目で確かめてください。

40作品の中には日本人しか知らない「フランダースの犬」があったりするので、日本の一般人対象の本であって、決して児童文学のマニア向けの本ではないことがわかります。
もちろん「ハリポタ」もあり。井辻朱美さんが当たり障りのないことを書いてます。

作品紹介ばかりではなく、いくつかのコラムもあります。
その中のひとつ、「イギリス児童文学と食べ物」というコラムに、ランサム・サガの言及がないのが非常に残念。ターキッシュ・ディライトにふれていることには全然文句無いんだけれど。

この本に関する情報はこちら
[PR]

by foggykaoru | 2009-07-21 22:44 | 児童書関連 | Trackback | Comments(6)

旅ときどき沈没

蔵前仁一著。バックパッカー御用達の雑誌「旅行人」の発行人兼編集長である。

彼の本は敬遠してきた。
なにしろ私は「えせ」が付くバックパッカーだから、バックパッカーの王道を行く人の本は合わないんじゃないかと思いこんでいたのである。それが「旅行人」のルーマニア特集を買って読んでみて、この人、案外いいんじゃない?と思い始め、このほどようやくちゃんと読んだというわけ。

この本は、ひらたく言えば、「旅先での出会い集」。
ひとつのネタは本文2ページ+イラスト1ページ。
それが数十編(もっと多いかも)もあるので、一気に読むとちょっと飽きてくる。面白いんだけどね。
だから、この本はちびちび読んだほうがいい。忙しい人にお薦め。

旅をしまくって、おびただしい人と出会ってきた人でなければ、質・量ともに、これだけのネタをそろえることはできない。そういう意味で、かなりの元手のかかった贅沢な本だと言える。
でも、たとえ同じぐらい元手をかけても、こんなふうに書ける人はめったにいない。切り取り方がうまいし、視点がしっかりしている。はっきり言おう。この人はインテリだ。

実は読んで2週間ぐらいたっているので、記憶が薄れてきている。
覚えているのは2つの話だけ。

ひとつはトルコで「お前はツーリストだからこれ以上まけられない」と言われた話。蔵前さん、その明快な言葉に「はー、なるほど」と納得し、向こうの言い値で買ったんだそうだ。

もうひとつは旅先で出会った日本人旅行者の話。日本の誰でも知ってる新興宗教団体のところに一時期かよったけれど、「もう来るな」と言われる。しかたなくて彼はインドへ向かう。そしてナントカという団体に行ったのだけれど、そこでも「来るな」と言われ、今はひとりで密教の研究をしているという。普通は必死に逃げようとしても宗教団体に取り込まれるものなのに、向こうから断られるなんて。世の中にはすごい人がいるもんです。

そう、この本には旅行者の話が少なくないのです。
ひかりんの本と同じく。

安宿のドミトリーに泊まりながらの旅だと、少なくとも出会いの半分は旅行者との出会いになるんだろう。「えせ」の付くバックパッカーの旅だと、出会いの大半は地元の人で、めったに他の旅行者とは出会わない。そこが大きな違いだと認識しました。何をいまさら言ってるんだって声が聞こえてきそう・・・。


この本に関する情報はこちら
[PR]

by foggykaoru | 2009-07-20 22:59 | エッセイ | Trackback | Comments(6)

都市はいかにつくられたか

鯖田豊之著。

ヨーロッパの25都市の整備の歴史。
ひとつの都市に割かれているページはそんなに多くないため、駆け足の印象がある。でも、だからこそ読んでみる気にもなったわけである。

全般的に印象が薄いのだが、ツボは以下。ほとんどがパリ。

パリの建物の原材料の石は、パリの地下から掘り出してきたもの。
だから、パリの地下には(オペラ座の地下にとどまらず)大きな空洞がぽっかりあいている。(地震がない国はうらやましい。。。)
その地下空洞に、処理に困った人骨を詰め込んだのがカタコンベ。
だからパリのカタコンベはローマ時代とはなんら関係ない。
一般に公開されているのは、巨大な地下空洞のごくごくごくごく一部なのだそうだ。
 
パリの下水道の管は巨大。なにしろジャン・ヴァルジャンが走って逃げられたんだから。
それは清掃・点検を労働者が立ったままできるようにしたから。(さすが、人権宣言の国!)
大きい管に取り替えなければならない都市が少なくない中、パリの下水道は今もゆとりいっぱい。(フランスってたまーにこういうヒット作がある)

パリの地下鉄と鉄道ターミナル。
ロンドンの地下鉄は鉄道ターミナルをつなぐ形で作られたが、その結果、ロンドンの人口が流出した。みんな郊外に引っ越してしまったのだ。
その二の舞をさけようと、鉄道ターミナルは分断したまま、つまり、ターミナルからターミナルへ移動するとき、絶対に地下鉄を乗り換えなければならないようにしたのである。つまりわざと不便にした。(そうだったのか!! パリの地下鉄自体はあんなに使い勝手がいいのに、どうして鉄道駅の連絡があんなに悪いのかと思ってた)
第一、昔だったら、ある都市からパリを素通りして別の都市へ抜ける、なんてことはありえなかった。パリですから。泊まらないでどうする。(その気持ちはわかる)

ミュンヘンでは下水処理の一環として、鯉を養殖している。下水処理のごく一部だけだけど。
糞尿を食べて育った鯉は、クリスマス料理の食材として使われる。
もちろん、市場に出す前に、しばらくの間、きれいな水の中で過ごさせるのだけれど。

フィレンツェのアルノ河畔には、今は貴金属店が並んでいるけれど、昔は肉屋が軒を連ねていた。
でも、肉のかすを川に捨てるのは、外国人に対してみっともない、とメディチ家が考えて、退去させられた。(退去させられた肉屋はどこに行った?)



この本に関する情報はこちら
[PR]

by foggykaoru | 2009-07-19 07:25 | 西洋史関連 | Trackback | Comments(6)

クイーンの謎

江ノ島ツアーでお茶していたときのことです。

フランス語版「のだめ」のますみちゃんが「Miss Masumi」と訳されていることは前にも書きましたが、さらに彼は「パーカッションのqueen」と紹介されています。
私は原作ののだめの読み込み方が浅いので、この部分をスルーしてしまったのですが、これを見た友人Lさんが「もともとただ日本語で『女王』と書かれていた」と言うのです。

ではなぜここであえて「queen」と英語訳したのか?

LさんとRさんの結論はこうです。
あえて英語のqueenにしたのは、「ドラアグ・クイーン」との連想からであろう、と。
「そうだ、そうよ」とうなずきあう2人。
(私と同じく「ドラアグ・クイーン」がわからない人はwikipediaの解説をご覧ください。)

どーしてそんなことをすぐにわかっちゃうのよー
ぬあーんでそんなことまで知ってるのーーー
あなたたちっていったいどーゆー人なのよーーー

と思わず叫んでしまった私。
隣のTさんが「同感!」という顔をしてくれたのが救いでした(爆)



えっ、もしかしてドラアグ・クイーンは今の常識? 
そーなの? そーなの?
[PR]

by foggykaoru | 2009-07-16 21:35 | バベルの塔 | Trackback | Comments(16)

紅茶と島と海賊船

c0025724_19301270.jpg「紅茶の国 紅茶の旅」の感想文がきっかけで、著者である磯淵さんの店「ディンブラ」に行こうという話が持ち上がりました。それが「藤沢・江ノ島ツアー」という立派な企画(爆)へと成長して、この週末に行ってきました。

藤沢駅から数分のところにある「ディンブラ」は、一歩店内に入ると、かぐわしい香りでいっぱい。紅茶の匂いではありません。香辛料(カルダモン?)の香りです。ちょうどお昼時だったので、紅茶だけでは物足りず、ランチをとりました。オムレツとワッフル、そして紅茶のセットです。紅茶は期待通り美味しく、ワッフルは今までに食べたことのない軽さ。香辛料たっぷりのマッシュポテトの上に乗ったオムレツの焼き加減も上々で、大満足。もし次回があったら、違うものに挑戦してみたいです。


c0025724_19383718.jpg

お次は江ノ電に乗ります。
数十年ぶりに乗る江ノ電はどうしちゃったんでしょう、なあんだかとっても派手でした。(上左の写真)

片瀬江ノ島で降りて、一路江ノ島へ・・・じゃなくて、片瀬カトリック教会へ。
この教会は日本建築だという点で珍しいのですが、私のお目当ては建物ではありません。ここには知る人ぞ知るカトリック画家・長谷川路可の宗教画があるのです。と言っても掛け軸なんですけれどね。祭壇の奥にかかっていたので、あんまりよく見えませんでしたが、とりあえず「見た」ということに満足。(上右の写真。「エジプトへの逃避」です) 

・・・あらびっくり。たった今、池袋で長谷川路可展が開かれることを知りました。興味がおありの方はこちらへどうぞ。


c0025724_19492117.jpg

いよいよ江ノ島を目指します。
でも島に渡る前に、もうひとつ寄るべき場所があるのです。それは日本唯一の「灯台グッズ専門店」です。(上左の写真) 素敵なものがたくさんありました。ランサム愛読者にお薦めです。行きたい人、おつきあいしますよ!

今度こそ江ノ島へ。何十年ぶりなんだろう・・・

大学のころ、モン・サン・ミッシェルに行ってきた友人に「どんなところだった?」ときいたら、「江ノ島みたいなところだよ」という答えが返ってきたことが、昨日のことのようによみがえります。島自体は江ノ島のほうが小さいかもしれない。でも、神社への参道なんて、モン・サン・ミッシェルの大修道院への道「グラン・リュー(=大通り)」そのものです。

お昼を食べて3時間ぐらいしかたっていないのに、ひどくおなかがすいてきました。ワッフルがあまりにも上品な軽さだったせいだと思われます。

そこで、江ノ島名物・生しらす丼を午後のお茶がわり(?)にいただくことに。
美味しかったです。また食べたい。(上右の写真)
「味」に関してだけは、江ノ島はモン・サン・ミッシェルに勝ってます(爆)
(モン・サン・ミッシェル名物の味に興味のおありの方はこちらへどうぞ。)

ここでメインサイトでおなじみのふゆきが合流し、ヨットハーバーに帰港するディンギイたちをしみじみ眺めつつ久しぶりにだらだらとおしゃべり。
こんなにたくさんヨットがいるなんて。やはり江ノ島は日本のリゾートの大御所。すごいですねー。江ノ島は腐っても江ノ島。(←誉めてるんです)

c0025724_205202.jpg


そうそう、ここには大砲を備えた海賊船があったのです。
帰宅後、この船のことを検索した友人からメールがきました。興味のある方はこちらへどうぞ。黒丸、本気で置いてくればよかったわね・・・。

というわけで、第二回「藤沢・江ノ島ツアー」の際には、ぜひ声をおかけくださいね!
[PR]

by foggykaoru | 2009-07-15 20:05 | ほんとうの生活 | Trackback | Comments(13)

英国パブリック・スクール物語

著者は伊村元道という大学の先生。

「イギリスの良家のおぼっちゃんのための全寮制の学校」というイメージの強いパブリック・スクールの歴史が、とてもわかりやすく説明されている。

以下は備忘録。

実はパブリック・スクール、最初はどちらかというと貧しい家庭の子供たちに教育を与えるために作られた。
その後、紆余曲折を経て大きく変質していき、金持ちのための学校になっていく。
19世紀前半にラグビー校の校長になったトマス・アーノルドという人が成功をおさめた。
その成功を見て、他の学校も追随する。
アーノルドが念頭に置いたのは「クリスチャン・ジェントルマン」の育成。
「ジェントルマン」の起源は「ジェントリー」
「ジェントリー」とは最下層の地主の総称で、それは準男爵(バロネット)・勲爵士(ナイト)・郷士(スクワイア)・紳士(ジェントルマン)などに分かれる。
これら「地方の名士」たちが都市化し、地主からブルジョワジーへ、有閑階級から知的専門職へと移行していく。
そのときに、信頼できる教育機関として、パブリック・スクールが選ばれた。
そして、もともとの上流階級である貴族の子弟と、成り上がりのアッパー・ミドルの子弟が、同じ釜の飯を食い、「質素な生活を分かち合う訓練」を施され、英国の新エリートたる人材が生まれていき、ヴィクトリア朝英国の繁栄の原動力となった。

19世紀後半からスポーツが奨励されるようになる。
ただし、個人競技は不可。団体競技に限る。
夏はクリケットとボート。冬はフットボール(サッカーとラグビー)


この本に関する情報はこちら
[PR]

by foggykaoru | 2009-07-11 21:46 | 西洋史関連 | Trackback | Comments(13)

国立国語研究所その後

国立国語研究所(通称「国研」)が危ない!ということで急遽なされた署名運動。
結果がどうなったのか、気になっていました。
こちらをご覧ください。

いつも党利党略とか政争の報道ばかりでうんざりさせられているけれど、ちゃんとしたことをしてくれる議員さんたちもいたんですね。
あなたたちのおかげで、久しぶりに「まだ日本は完全に終わったわけではない」と思うことができました。
どうもありがとう。
[PR]

by foggykaoru | 2009-07-09 23:22 | バベルの塔 | Trackback | Comments(2)