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イギリスの霧の中で

永遠に「一瞬の風になれ」にハマっているわけにもいくまい、と、ちょっと努力して本来の路線(笑)に戻ってみました。

この本の副題は「心霊体験紀行」
1983年刊。
著者である三浦清弘という人は大学の英文学の先生。
家族や自身が霊感が強い(?)らしくて、その方面に興味を抱き、英国留学の際、そちら方面の団体の大会に参加したり、霊能者のデモンストレーションを見に行ったりしたのだという。

私は霊感ゼロでもあるし
ふーん そうなの
という感じで流してしまうような話が多かったけれど、断片的にツボはありました。

たとえば
イギリスのそちら方面の団体の人々は、まず「霊が存在しないことを証明しよう」と必死に頑張るんだそうです。
存在しないことが証明できなければ、存在する可能性がある、ということになるから。

また、そういった会合で質問するイギリス人というのは、とーっても感じが悪いんだそうです。
少なくとも著者はそう感じた。
・・・だからって何?と聞かないでください。なんとなく私にはツボだっただけだから。

一番のツボは(これは心霊ネタとはほとんど関係ないのですが)
イギリスの子どもたちというのは、日本の子どもとは違って、子どもだけでほうっておかれても、自然にみんな一緒に遊び始めないんだそうです。(最近は、日本の子どもも自分たちだけで遊べなくなってるかもしれないけど)
あと、イギリスではえてして、日本では考えられないような、しっかりものの姉が育つらしいです。年下のきょうだいの世話をかいがいしく焼いて、しかもそれを無上の喜びとするような。
そう、まるでスーザンのような女の子。

小学生のころ、ランサムを読んで違和感を抱いたのは、よその子どもたちを見かけたときの主人公の子どもたちの態度でした。非常に警戒心が強くて、まず排除しようとする。
日本の子どもだったら、知らない子がいたら、興味深深で「仲良くなれたらいいな」と思うのに、と。

でも、ランサムの子どもたちは、自分たちで思い切り遊ぶことを知っています。そこが異色?
でも、ただ追いかけっこやかくれんぼをするのではなく、「探検家」とか「海賊」というふうに役柄を設定した上で遊ぶところがユニーク? 
もしかして、そういうふうでないと楽しめないのが英国人気質?
そもそも、イギリスの親は子どもをほうっておかない。
著者は「うちの子は絶対に外では遊ばせない」なんて親に会って、仰天したそうな。
ウォーカー夫人のあのおおらかな態度は、生粋の英国人ではなくて、オージーだからこそなのかしら。


で、やっぱり、と言うべきでしょうか、この本はユーズドでしか入手できません。

今調べたら、この著者は「長男の出家」という小説で芥川賞を受賞した人でした。
ああ、あの小説ね。。。
「このモデル、もしかしたら昔のご近所さんなんじゃないかしらね。同じ大学の先生だし」と当時、母を言い合ったことを思い出しました。
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by foggykaoru | 2009-10-29 21:31 | エッセイ | Trackback | Comments(2)

一瞬の風になれ

「かぜ」と入力すると、まず「風邪」が出てくる私のPCって・・・(自爆)

大評判になったこの本、ようやく読みました。
ようやく図書館でフリーになっているのを見つけて。
で、一気に読みました。それが10日前。
読み終わったとたんに再読し始め、「これは買うべきなのかも」と思いながら著者の佐藤多佳子さんのサイトに行って、文庫化されたのを知って、その足(?)で熱帯雨林に行って「ぽちっとな」
届いた文庫はそれから毎日の通勤の友となり、今日文庫3回目(通算5回目)を終えたところ。

今までに借りて読んだうえで「マイ・ブックが必要だ」と考えて買った本は、「指輪物語」「りんご畑のマーティン・ピピン」、そして今回のこれ。
でも、こんなに飽きもせずに同じ本を読み返してるのは、小学生のころのランサム以来かも。

文章がいいし、筋立てがいいし、キャラが魅力的。何もかもいい。

読み始めてすぐ、ど真ん中のストライクがきたのがこの場面。
次の瞬間、何か強烈な熱い風を胸に吹き込まれた気がした。
「おう」
運命のようなものを感じたにしては間の抜けた返事になった。
うまいなー、、、と唸りました。
ここだけ抜粋してもピンとこないかもしれないけれど。

学生なのに、部活のことばかりでそのほかのこと、たとえば勉強の場面がないというようなレビューも見かけましたが、私に言わせればそれは余計なこと。
部活のことだけでこんなに長い物語を引っ張っていくのはすごいことです。
「他のことも書かないと変化に乏しくなるし、陰影が生まれないんじゃないか」と弱気になってしまうところなんじゃないかな、普通の作家だったら。
で、読み返すごとに、私の心の中にだんだん強くなってきた思いがあります。

それは



ランサムと同じだ

ということ。


ひたすら走ることに打ち込む新二たちは、湖でひたすら「ごっこ遊び」を追求する子どもたちと同じ。

その意味において、今までに読んだ本の中で、ランサムに最もテイストが似ています。
少なくとも私にとってはね。
スタートダッシュからわくわくどきどきして、がんがん飛ばせるという点では、ランサムよりも上(苦笑)


あと、これはどうでもいいことなのですが
こういう語り口の本は、日本人にとってはめっちゃ読みやすい。
でも、日本語を学ぶ外国人には難解極まりないはず。
もしもこれが読みこなせたら、ネイティブ日本人並みである証拠だと思います。
翻訳するのも超ムズイよー


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by foggykaoru | 2009-10-22 21:25 | 普通の小説 | Trackback | Comments(11)

たまにはニッポン人らしく

世の人々---実際には、「たまたま私の周囲の人々」なんですが---がエルフ語で語らっていた週末の昼下がり、講座申し込みするのをすっかり忘れてしまった私は、めずらしく「和」の世界に浸っておりました。

c0025724_2173074.jpg末広亭には20年ぐらい前(?)に行ったことがあります。
日本語教師やってるフランス人の「ニッポン探索」のお手伝いの一環として。
「寄席って悪くないな」と思ったものです。
でもそれっきり。

そして今回。
知ってる人は米丸さんぐらいでした。もう80歳なんですって。でもその年には見えません。落語喋ってるとボケてられないし、健康にいいのかも。
若手も出てましたが、やっぱりベテランのほうがずっと面白い。
不思議なもんです。

私たちは昼の部の途中から入って、夜の部との入れ替わりで出たのですが、この日は通しで見てもOKの日。全部見たら8時間ぐらい? 
2700円でそれだけ楽しめるものはめったにないんじゃないかしら。
今までは中途半端に暇があるときは、映画を観るぐらいだったのですが、これからは寄席も選択肢に入れてみようかな。
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by foggykaoru | 2009-10-20 21:22 | ちょっとおでかけ | Trackback | Comments(8)

カペー王朝

フランスの歴史小説で派手に売りだした佐藤賢一による「フランス王朝史」の第一弾。
この人の小説をせっせと読んでいる友人がいるのだが、読むたびに「この人の小説は気に食わない」と愚痴をこぼしにくる。
だったら読まなきゃいいのにと思うのだが、「だって、フランスの歴史の勉強になるし」と言う。
それは確かに大きなメリットだわね。
でも私は読まないでおこう。
と思っていたら、ついに書いてくれた。まともな歴史本を。

そう、とてもまともで、素人向けにとてもよくまとまっていて、面白い本です。
素人だけどフランス史に興味があるという人に自信を持ってお薦めします。
佐藤さんは、もともとフランス史専攻で博士課程まで修了した人。
ほんとうに書きたかったのはこういう本だったのでは。
この「フランス王朝史」、続きを楽しみにしてまっせ。


以下は備忘録。

「987年、ユーグ・カペー、フランス国王になる。カペー朝の始まり。」
高校の世界史でこう習った。
でも、ここで唐突に登場するユーグって誰?とずっと思っていたのである。
その謎がついに解けた。

シャルルマーニュのカロリング朝がどんどん衰退して、ついに後継者が絶えてしまったので、「どうするべ」と諸侯が集まって、選挙でユーグが国王になった。
実はユーグよりも、そのおやじさんのほうが、断然偉かった。大ユーグと呼ばれるぐらい。
大ユーグだって、国王になるチャンスはいくらでもあった。
でも、そんなものになっても、実益はほとんどない。国王というのは教会できちんと戴冠式をしなくちゃならなくて、それによって、神の後ろ盾を得て、「王の手は神の手」になったりもするのだが、それはローマ教会といううるさい舅を抱えることをも意味する。めんどくさい。それよりも、神輿をかついで、陰の実力者になってるほうが得。(日本でも、無力化した将軍をかついだりしたことはしょっちゅうあるし、自民党が「総理は軽いほうが楽」みたいな雰囲気だったことは記憶に新しい。)
だから、大ユーグは決して国王になんかならなかった。
ところが、息子ユーグは凡庸だったので、ついうかうかと神輿に乗ってしまったんだそうだ。

この一族、もともとはロベール家だった。
カペーというのはニックネームなんだそうだ。「合羽」なんですって。「合羽のユーグ」。軽いね。

ユーグ以降、しばらくの間、フランス王家は周囲の諸侯とどっこいどっこい、というか、下手をしたら周囲の諸侯よりも弱小だったかもしれないが、とにかく代々長生きした。
そして、国王が健在なうちに、息子を共同統治者として戴冠させて、なんとかかんとか存続していった。

国王の力が上向きになってきたのはルイ6世ごろから。
その息子ルイ7世も頑張った。最初の妻と離婚した後、別人のようにしたたかになった。
最初の妻とは、英国王ヘンリー2世のもとに走ったアリエノール・ダキテーヌ
ルイ7世の息子フィリップ2世のとき、ついに花開く。
彼はもちろん名君だったんだろうけれど、相手がよかったんじゃないかしら。と前から思っていたのだが、今回もそう思った。
だって、相手は武人だけど政治力はないチャード、その後は、イギリス人も匙を投げたジョンだし。

フィリップ2世の後は
ルイ8世
ルイ9世(聖ルイ)
フィリップ3世
フィリップ4世(美顔王)

ルイ9世とフィリップ4世は有名だけれど、その間のルイ8世とフィリップ3世も、そこそこ有能な国王だったらしい。
ルイ8世が戦いの最中に命を落としたとき、ルイ9世はほんの子供。
彼が成人するまで、母親が猛烈に頑張った。
結婚してからも、この母親が鬱陶しいので、美しい妻を連れて海外旅行にでかけることにした。
「お母さん、留守をよろしく」と頼んで。
その海外旅行こそが、十字軍だった。
そしてその功績により、彼は聖人にまでなってしまった。

フィリップ4世。
背が高くて顔がかっこよかったのは事実だけど、彼の内面は謎に満ちているんだそうだ。
「暗愚だった」という説さえあるとか。
彼の後、国王がころころ変わり、カペー朝が急速に弱体化していくのは、テンプル騎士団の呪いのせいだ、なんて説もあるんだとか。


そうだ、これも忘れちゃいけない。
英語の「スティーヴン」という名前は、フランス語では「エティエンヌ」なのだそうだ。
修道士カドフェル』にしょっちゅう登場する「スティーヴン」は「ブーローニュ伯エティエンウ・ド・ブロワ」。



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by foggykaoru | 2009-10-17 21:16 | 西洋史関連 | Trackback | Comments(6)

衝動買い---マニアでもないくせに

帰り道で中古DVDのセールをやっていたので覗いてみたら・・・
最初に目に飛び込んできたのが「ザ・シーカー」。
このタイトルを見てピンとくる方はマニアです(笑)

The seeker
探す者
「しるし」を探す者のことです。
しるしは六つあって。
そう、「光の六つのしるし」。
公開されるずーっと以前からこりゃあ駄作になりそうだと、マニアの間で悲しい評判を呼んでいた、あの作品。
そんな作品なのに、ほんの一瞬だけ、買おうかと思いました。
魔がさしたんです(爆)

で、すぐに悪魔を振り払い、そんなものよりも、もっと見るに耐えるものはないのかと思って他を見ると・・・
ありましたありました。
「カスピアン王子の角笛」
スーザンの厚ぼったい唇や豊かな胸、「ややこしいよね」というエドマンドのいたずらっぽい顔、体を張って頑張るピーターの姿などが、生き生きとよみがえりました。
買おうかな。安いし。

でも、レンタル用じゃん。
どうせ買うんだったら特典映像付きがいいな。

ということでこれまた断念。

結局買ったのはこれ↓
c0025724_19482152.jpg実写版ゲド戦記。
以前、ネット上でちらっと見たことがあります。
のっけから女の匂いがむんむんしていて、いったいどうしちゃったの? 第一「まことの名」が違うじゃん、原作者ル=グインがお怒りになったというのもごもっともだわーと思って、すぐにをやめちゃったのです。

それを性懲りもなく買うとは。
ゲドのマニアでもないのに。

でもね、今となっては、「ザ・シーカー」よりは見る価値、ネタとしての価値が高いような気がしたんです。
えっなに? ジブリ版のゲドはどうなのかって? 
見たことないです。
あれはネタとしての価値すらなさそうなので(笑)
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by foggykaoru | 2009-10-15 20:20 | 児童書関連 | Trackback | Comments(0)

やめなくちゃならないのはダム工事だけじゃないのです。

旅の終わりに成田に近付き、上空から日本を眺めるとき、我が母国の美しさをしみじみ感じます。
四季があり、陽光と水に恵まれた日本は、ほんとうに美しい。
たとえば、中世以前にヨーロッパを蔽っていた広大な森。ひとたび人間が木を切り倒すと、再生することはなかった。ドイツ語を習っていたとき、先生が「日本の自然はドイツの自然よりも強いように思う」と言っていました。失われたままよみがえることのないドイツの森をさしてのことだと、私は勝手に解釈しているのですが。

もしも日本だったら、はげ山には間もなく草が生い茂り、灌木が生え始めるはず。(たぶん)

そんなふうに自然に恵まれているのに、日本人はヨーロッパに行くと、「美しい。それにひきかえ日本は汚い」と嘆くのです。
それはなぜか。
日本人が日本が本来持っている美しさを大切にしないできたから。
あまりにも恵まれているせいです。
だから与えられた自然の恵みをわかっていない。

この国は土建業者と心中しようとしているのだよ。
そのあとに残るのはコンクリートで固められた国土だけ。

最近、生物学の専門家である友人から、こんなメールをもらいました。


===========
日本列島は南北に長く、南からは暖流の黒潮と対馬暖流、北からは寒流の親潮が来るため、世界的にも豊かな海洋生物相(ベントス(=底生生物)を含む)を誇ってきました。
しかし高度経済成長期に、大都市近辺を中心に干潟・浅海域(藻場を含む)の多くが埋め立てられてしまいました。
そうした「暴挙」はもう終息したのかというとそうではなく、まだ埋め立てられていなかった地方でも埋立の脅威が現在進行形で迫っています。
海だけでなく陸上も含め、日本列島は全域が生物多様性のホットスポット(生物多様性が高く、破壊の危機に瀕している場所)となっています。
こちらをご覧ください。

現在も、住民や生態学者の反対を押し切り、埋立などの工事が強行されようとしている所がいくつかあります。
特に緊急性が高いものは、山口県祝島の「上関原発」です。
ここはナメクジウオ(我々脊椎動物の祖先に近い、稀少な動物)や稀少なカクメイ科の貝が棲み、スナメリが遊び、カンムリウミスズメとミズナギドリの営巣地があり、島民は漁業で生計を立てています。
島の漁師さんたちは、中国電力の工事の台船着岸を阻止しようと、9月半ばからほぼ連日、漁船でピケを張っています。
シーカヤッカーたちも、海を愛するシーメンとしてピケに参加しています。
祝島における最新情報はこちら

そして、10月1日に日本ベントス学会自然環境保全委員長が山口県知事と中国電力に出した声明がこちら

日本ベントス学会では今まで2回、日本生態学会でも1回、声明を出して来ましたが、すべて黙殺されています。
学術的な環境評価さえしないまま、埋立が強行されようとしています。
==================


友人は「この開発の存在自体が知られていないので、1人でも多くの人々に知ってもらいたい」と言っています。
確かに全然知らなかった。
例のダムの話題ばかりで。

それにしても、きれいなところですねえ。
この夏に行ってきた、フランスのブルターニュの海岸を思い出します。

もう始めてしまった工事をやめさせるのは大変。
でも、まだ始めていない工事を中止するのはそれに比べたら何分の一かの労力でできる。
そして、そのほうが効果が高いんじゃないでしょうか。

こういうのもしっかり報道してくださいよ>マスコミのみなさん
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by foggykaoru | 2009-10-12 10:13 | ニュースから | Trackback | Comments(11)

風の靴

『かはたれ』と『たそかれ』を読んだのは、ひとえに、ランサマイト必読のこの本にたどりつくためでした。

読む前に目次を見ただけでびっくり。
これは全編ランサムへのオマージュではないですか。
そして読んでみて、ますますその感を強くしました。
いちいち書きませんが、とにかく読んでみてください。
それにしても、ランサムを読んでない人はどう感じるんだろう・・・?

そして思いました。

ランサムには「ほんとうの生活」以外の描写はない。
でも、今、児童文学を書くとなると、そういうわけにはいかないのだろう。
子どもなりに抱えている現実のいろいろな問題も一緒に描くという方向にならざるを得ない。
「ほんとうの生活」だけで100パーセント作品を描き切るということは、ランサムが極めてしまったということなのかも。

この本に関する情報はこちら
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by foggykaoru | 2009-10-09 23:04 | 児童書関連 | Trackback | Comments(6)

『かはたれ』『たそかれ』

Titmouseさんご推奨の児童書。ずっと前から読まなくちゃと思っていた。

『かはたれ』は最初の4分の1ぐらいまでは遅々として進まなかった。どうも入り込めなくて。
以前から思っているのだが(そしてしばしば口にしているのだが)、私は英国児童文学で育ったためか、児童書を読むときには無意識のうちに「英国の香り」を求めてしまうようで、あんまり日本の児童書はぴんとこないのである。
今回も「河童かあ・・・。ネズミの騎士とかエルフとかのほうが好みなんだけどなあ」と、図書館に返してしまおうかとすら思ったぐらい、のれなかった。
でも、主人公がめちゃくちゃかわいいので、それに免じて我慢していたら、突如あるところでギアがトップに入り、あっという間に読了。
涙をふく間も惜しんで『たそかれ』に突入した。
そしてついさっき、喫茶店で読み終わった。
お勘定をするとき、目が赤くなっているのを店の人に気づかれやしないかと、気が気じゃなかった。

著者の朽木祥という人と私は同世代。
そして、私と同じような本を読んで育った(ということを確かな筋から聞いている)
若いときにそれと知らずにすぐ近くにいて、すれちがったこともあるかもしれない。いや、絶対にあったはず。
ああ、あのころに知り合えていたら、どんなに感動したことだろう。
(そういう人、少なくないんだけどね。ラッコ庵さんとか。)

妙にツボだったのは以下のくだり。
そもそもお父さんは、フィクションはあまり読まない。『さまよえる湖』とか『エンデュアランス号の漂流』とか、そういう類の本が好きなのだ。

なーんとなく、フラム号の本棚を物色するドロシアを彷彿とさせません?


『かはたれ』に関する情報はこちら

『たそかれ』に関する情報はこちら


それにしても渋いタイトルだこと。
子供に媚びないっていうか。
編集者は異議を唱えなかったんだろうか?
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by foggykaoru | 2009-10-08 19:49 | 児童書関連 | Trackback(2) | Comments(4)

憎しみ: 「ど」がつく迫力

しつこくフランス版「ロミオとジュリエット」の話題を続けます。

このミュージカルを知ったのは偶然聞いたこの曲がきっかけです。
題名は「La haine」。ラ・エーヌ。憎しみ。
今度のは英語の字幕付きですので、お気軽にどうぞ。

歌っているのはキャピュレット夫人とモンタギュー夫人。

このミュージカル、音楽は最高です。
でも振付は「なんじゃらほい」。妙にアクロバティックで私には良さがわからない・・・
でも衣装はトレビヤン。
キャピュレット側は赤、モンタギュー側は青(だから昨日のポストにリンク貼った歌に出てくるロミオたちはみんな青い衣装)、と実にわかりやすく美しい。さすがフランス。
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by foggykaoru | 2009-10-07 19:07 | 観もの・聞きもの | Trackback | Comments(0)

なんで日本で公演しないかなあ

お急ぎでなかったらこの曲聞いてみてください。
私の大のお気に入りです。

これはフランス製ミュージカル「ロミオとジュリエット」のナンバーで、題名は「Les rois du monde(世界の王たち)」。
ロミオが悪友二人(ベンヴォリオとマキューシオ)と肩で風切って歩きながら歌う歌。

以下は私訳です。


===========
世界の王たちは高いところに住んでいる
眺めは最高 でも
下々の人間たちがどう思っているか知らない
ここではおれたちが王だということを知らない

世界の王たちは好き放題をやっている
周りに人はいるけど孤独だ
高いところにあるお城で退屈している
下々のおれたちは一晩中踊っている

[Refrain]
おれたちは恋をし、生きている
来る日も来る日も そして夜毎に
この世界にいて何になる
膝まづいて生きるためだというなら
おれたちは時は風のようなものだということを知っている
生きていくには それが肝心
道徳なんて気にしない
別にまずいことはしないさ

世界の王たちはなんでもかんでも恐れる
犬と狼の区別がつかないから
わなをしかけて いつか自分がわなにかかる
すべてから身を守っている 恋からも

世界の王たちは互いに戦う
場所はある でも2人で同じ場所に足を出す
下々のおれたちは戦争なんかしない
なぜかなんて知らない すべては王たちのゲームさ
===================


このミュージカル、世界各地で公演してるんですよ。
アジアでも。確か韓国ではやったはず。

どうして日本に来ないんだろう・・・?
来たら絶対に見に行くのに。
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by foggykaoru | 2009-10-06 21:15 | 観もの・聞きもの | Trackback | Comments(2)