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世界の博物館

副題は「知と技の宝庫を訪ねて」

世界各地の28の博物館の紹介。
書き手が全部違うので、ばらつきがあり、退屈で斜め読みしたのもいくつかある。
特に面白かったのは
・ビクトリア・アンド・アルバート・ミュージアム
・ドーバーのホワイト・クリフス館
・スウェーデン空軍博物館
・ロシア国立博物館
・ワシントンのホロコースト博物館
・エリス島移民博物館

書き手の力量によって面白く読ませるのが「ビクトリア~」
「スウェーデン~」飛行機オタクである著者が、ほとんど情報がないまま、手さぐりで行ったという、オタク探訪記である。「私も行きたい」とは決して思わないけれど、旅行記として面白い。
「ホロコースト~」は怖い。興味深いけれど、行きたいかときかれると、悩んでしまう。
「ホワイト~」は趣向を凝らした博物館らしい。ドーバー海峡を渡る船に乗った気分にさせてくれるというのがツボ。
「ロシア~」は、貴族の財宝がざくざくあるのだそうだ。将来モスクワに行ったら見るぞ。
「エリス島~」はアメリカ移民の入口であった島にある。船でやって来た人全員がここ経由だったわけではなく、1等船客は直接マンハッタンの桟橋から入国できた。つまり、ここでチェックを受けたのは貧乏人。「アメリカ社会の迷惑になる」と判断された人はそのまま帰国させられたのだそうだ。子どもが帰国する際は、1人で帰すわけにはいかないので、家族全員が帰ることになった。現在のアメリカ国民の4割の人の祖先がこの島経由である・・・という歴史が面白い。もしかして、将来ニューヨークを再訪することがあったら行ってみよう。そう言えば、自由の女神にさえ行ってないんだっけ。


あと、大英博物館。
ここには英国図書館が同居していて、岩波のランサム全集が開架に置いてあった。その写真を見せてもらったことがある。でもこの図書館はもう今は別の場所(セント・パンクロス)に移転してしまったのだそうだ。大英博物館に置いてあるのなら全集を見に行ってみてもいいかもと思っていたのだけれど。
図書館があったところを含め、2003年には大英博物館のリノベーションは終わる予定(この本は平成11年刊)なのだという。様変わりした大英博物館、それはそれで見てみたい気がする。
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by foggykaoru | 2010-01-31 08:27 | その他のジャンルの本 | Trackback | Comments(6)

kermesse

前項の続きです。昨日の時点では、連載ものになるなんて思ってもいなかったのですが。

今日、「kermesse」という単語に、まったく別のところで出くわしたのです。
「カーマニアが集まって一緒に愛車を走らせるイベント」も「kermesse」

で、検索してみたら、英語版のwikiが出てきました。
Kermesse (Bicycle Race)
Kermesse (festival)
La Kermesse héroïque, a film by Jacques Feyder
Kermess, a rock band from Quebec, Canada
The Kermess, painting by Pieter Brueghel the Elder, also known as The Peasant Dance
Kermesse: cubist painting by Wyndham Lewis, exhibited 1912

ブリューゲルが出てきたので、思わずにやついてしまいました。

Kermesse (festival) に飛んでいってみたら、アメリカではどんなentertainmentもkermesseと呼ぶことができるらしい。チャリティー関係のイベントが多いけれど。
ラテンアメリカでは学校や教会の資金集めのイベントをそう呼ぶ。

なるほどね。

以上はあくまでも英語に入ったkermesseの用法ですが、サークルの資金集めやお祭り騒ぎがメインの日本の大学の学園祭には、ぴったりの単語です。
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by foggykaoru | 2010-01-27 21:37 | バベルの塔 | Trackback | Comments(4)

フランス語版のだめ Vol.5-6

「のだめ」フランス語版の5・6巻を立て続けに読みました。

ヨーロッパに羽ばたいていった映画ののだめを楽しんだばかりなので、日本の学祭に気分が戻りきらず、思いのほか淡々と読み終えてしまった。マングースが登場する、重要なエピソードなのにね。

で、その「学祭」なのだけれど、la Kermesse de l'universite と訳されてます。
「k」という文字は本来のフランス語の単語には存在しないので、違和感たっぷりなのですが、辞書を引いてみたら、やっぱり外来語でした。
フラマン語起源の単語で
「オランダ・ベルギー・北フランスの小教区での守護聖人祭、村祭り、野外でのバザー」
だと。
こりゃあブリューゲルの世界ですな(苦笑)
普通のフランス語では「祭り」は「fete」なのだけれど、フランスの大学には学園祭なんか無い(なにしろ大学は勉強するところです)から、ただ「fete de l'universite」と訳してもイメージが伝わりにくいと考えたのでしょう。

もうひとつ、「呼び捨て」をフランス語でどう訳すか。
千秋の元カノ・多賀谷彩子がカラオケボックスのトイレでのだめと出会い、「あーら失礼。呼び捨てにされたものだからつい」とか言うところ。
多くのヨーロッパ言語同様、フランスでは学生同士の呼び捨ては当たり前のことで、そもそも「呼び捨て」という概念が無い。
苦心の訳は
「『さん』無しで呼ばれたものだから」
そして次のような脚注が。
「『さん』はムッシュー、マダム、マドモワゼルに相当する語。日本語では、よく知らない相手に対しては『さん』を付けるのが普通である」

こういうのって、文化論の第一歩のような気がします。


「フランス語版のだめカンタービレ」に関する記事のインデックス
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by foggykaoru | 2010-01-26 20:29 | マンガ | Trackback | Comments(6)

古典教養そこつ講座

夏目房之介著。ユーズドでしか入手できないようです。

実はこの本を読んだのは正月。
感想文を書くのがこんなに遅れたのは、2回読んだから。
何かネタを拾ったはずのに、そのまま付箋も付けずに読み進んで忘れてしまったような気がして、いったいそれがどういう関係のネタだったのかさえ思いだせないという、雲をつかむような状況で2回目を読んだ。そんなふうに読むと面白さが半減してしまうし、結局何も見つけられなかった。まさに骨折り損のくたびれ儲け。

でも1回目はとても楽しく読んだのである。

なにしろこの人は言葉がうまい。感じたことを言語化するのがうまい。
軽口の文体で、中身のあることをわからせる技に長けている。
「血は争えない」と言うと、ご本人はとても嫌なのだろうけれど、ほんとうにそう思ってしまったのだからしょうがない。

今、私たちが房之介氏のこの文章を読んで感じる軽さ・爽快さと、明治時代の人たちが漱石が「猫」とか「坊ちゃん」を読んで感じたものは、ほとんど同じなのではないだろうか。(わかりにくくてすいません)

印象的なのは次の2か所。
芸能や書、絵画の伝統様式の体系は、それをおぼえこむことで身体のなかを整理掃除することなのかと思う。掃き寄せてできるぽかりとできた空間に、様式以外の何かが降りてくるのを期待しているのかもしれない。

文明とは「ちがい」がワカラナクなることだ。本物のコーヒーをワカルのが文化なら、誰でも容易にコーヒー(に似たもの)が飲めるように即席コーヒーを商品化するのが文明なのだ。

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by foggykaoru | 2010-01-23 21:53 | エッセイ | Trackback | Comments(2)

昨今の若いもんの歌詞は

やたら饒舌だけど、ありゃ歌詞とは言わん。単なる独り言だ。
・・・なあんて言っても、単なる年寄りの繰り言なのでしょう(苦笑)

ちょっと前からとっても気に入っているフレーズがあります。
CMで流れる坂本冬実の
「またきみーにー こいしてる いままーでよーりも ふーかく」
というあれです。
これこそ「歌詞」。
曲もその言葉を生かしている。作詞・作曲ともプロの技。

思いついて検索してみたら、作詞は松井五郎。
聞いたことある名前だと思って、さらに検索してみたら、安全地帯の歌詞を担当していた人なのですね。

彼の公式サイトに行ってみたら、ブログ(Cahierをクリック)の文章にちょっと驚きました。
一般的に、物書きをやっている人のブログは、わりとあっさりめな印象があります。
「私の文章を読みたかったら買ってください」ってことかなと思っているのですが。

松井氏の場合、商品はあくまでも「歌詞」だから、ブログに濃密な文章を書いても、損した気にはならないのかも?(他の作詞家のブログは見たことがないんだけど。)
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by foggykaoru | 2010-01-21 19:35 | Trackback | Comments(8)

映画「のだめカンタービレ」

中国で悪くしてきた風邪が治りきりません。喉と鼻がすっきりしない。私の場合、冬のこの時期にこうなってしまうと「治る」ことよりも、「現状よりも悪くならない」のが精一杯で、ひたすらおとなしくして、春の訪れを待たなければなりません。

そんな中、ずっと観たかったこの映画、ようやく観てきました。
自宅から比較的近いシネコンでネット予約して、観終わったら一目散に帰宅、という形で。

予想通り、面白かったです。予想外ではなく。
上野樹理のうまさについては、今さら語るまでもないのですが、のっけから「ヤギがメ~」の表情に感嘆。
テレビよりも大幅にバージョンアップした「変態の森」にはのけぞりました。あの画面には原作に対する敬意があふれています。
音楽も期待通り。わざわざ映画館で観るのはそのためなんですから、そうでなくちゃいけません。
「フランスでの公演でなぜあの曲をやるのか?」という疑問が湧いたけれど、今のフランスにボナパルティスト(ナポレオン心酔者)なんてそんなにいないだろうし、第一、原作でもあの曲なんですよね?(←どなたかレスをお願いします)
「こんなに長々やっていいんだろうか?まだあと2曲あるのに」と心配してしまったのですが、最後のチャイコフスキーの「悲愴」は物語の上でちゃんと生かされてました。

パリの街並みが観られるのはもちろん嬉しかったのですが、いちいち「これはどこだったっけ」と頭の中で検索してしまい、気楽に楽しめなかったのは誤算でした(苦笑)
もしかして、サン・マルタン運河沿いでもロケしてます?(←どなたかレスお願いします)

で、今回、私にとって一番のツボだったのは、なんとコンセルバトワールのレッスン室のインテリアでした。正確に言えば、色。上のほうから撮られた(でも俯瞰というほどではなかったと思う)で、壁が白、そしてドアが赤だか黄色だかで、とってもポップでオシャレだったので、「さすがフランス!」と拍手したくなったんですが、コンセルバトワールのレッスン室というのは、本当にああいう色使いなんでしょうか?(←これにもレスが付いたらスゴイんですけど)
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by foggykaoru | 2010-01-18 20:53 | マンガ | Trackback | Comments(4)

中国の書店にて(2): 超人気の古典的作品

中国の翻訳児童文学調査(笑)、第二弾。
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「ロビンソン漂流記」です。
マンガチックな装丁の2つをご紹介。

もはや我が国では忘れ去られつつあるこの古典、中国ではやたらにたくさん出ています。
私が子どもだったころの日本では、そんなにいろいろな版があったとは思えないのに。
中国人好みなのでしょうか?


「フライデイ」が「金曜日」と訳されているのかどうかは、確認できませんでした(^^;
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by foggykaoru | 2010-01-16 19:25 | 児童書関連 | Trackback | Comments(4)

中国の書店にて(1): 「会」って何?

年末に上海を再訪したとき、絶対に行きたかったところの1つが書店でした。
前回(2005年)行ったとき以来、中国の翻訳児童文学事情に変化があったかどうかを、調査(!)してみたかったのです。我ながらなんという物好きなのだろう・・・。

今日はその第一弾。

中国の書店の児童書コーナーで大きなスペースを占めているのは「格林童話」、つまりグリム童話。
もちろんアンデルセン童話も。漢字は忘れたけど。
他に「秘密花園」。わかりやすいでしょ。
「小王子」もたくさんありました。「小さい王子」=「リトル・プリンス」つまり「小公子」、、、じゃなくて、「ル・プティ・プランス」のほう。内藤濯が「星の王子さま」と訳した、あれです。

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そんな中で見つけたランサマイト好みの1冊。「飛ぶ教室」です。
ケストナーの作品としては、他に「5月35日」とか「動物会議」などもあったのに、「エミールと探偵たち」が見当たらなかったのが不思議。

それにしても、この書名の最初の「会」という文字は何を意味するのでしょう?
「飛ぶ教室で会いましょう」?


==============
「中国の書店にて」シリーズ
(2)(3)(4)(5)(6)(7)
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by foggykaoru | 2010-01-14 21:10 | 児童書関連 | Trackback | Comments(9)

王の手は癒しの手

たけうちさんとこで、今は亡きサルマン クリストファー・リーがヘビメタのアルバム「シャルルマーニュ」をリリースしたというニュースを見ました。

リンク先に飛んで聞いてみたんですが、よくわからん。
とりあえず、題名どおり、とても偉そうです。

リー様、シャルルマーニュの末裔なんですって。
ってことは、世が世なら(!)、ランスの大聖堂で正式に戴冠式をして、フランク王国の国王になれるわけだ。

戴冠式で聖別された王は、癒し手の能力を持つのですよ。

つまり、サルマンの白い手は癒しの手だったのです!(←大間違い)



そうそう、先日、何年ぶりかで「療病院の中庭」更新しました。
まだご覧になっていない方はぜひ♪
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by foggykaoru | 2010-01-10 08:52 | 指輪物語関連 | Trackback | Comments(6)

西洋音楽史--「クラシック」の黄昏

中公新書。
正月に実家に帰ったときに見つけて読んだのだが、非常に面白かった。自分で買おうかと思っているくらい。
著者があとがきで言っているとおり、西洋音楽の歴史を新書1冊にまとめるなどということは、無謀な企てなのだろう。でもこの本は大成功の部類に入るのでは。
著者の岡田暁生という人は、大学の先生で、以前は一般教養の西洋音楽史を担当していたそうだ。面白い講義だったんだろうなあ。

印象に残ったことを以下に列挙する。[    ]内は私の感想。

1)そもそも、音楽は「音を楽しむ」などというものではなかった。グレゴリオ聖歌の時代は「聞いて心地よい」ことなど念頭になかった。
[何かの本に「カトリックは音楽面でプロテスタントに負けた」と書いてあったけれど、「音楽は楽しくて心地よい」という新しいコンセプトとともにプロテスタントが生まれたんだから、最初から勝負はついていた、というわけね。]

2)バロック音楽において、バッハというのは「本道」ではなく、かなり特殊な存在である。彼と同時代の音楽家と、彼の音楽は違う。
そして、バッハの偉大さは二つある。
第一に「とにかく書けた」ということ。「この偉大さは作曲家でなければわからないだろう」とのこと。
第二に、彼の曲が演奏家にとって面白いということ。著者がどう表現していたか、正確には覚えていないが、要するに「弾いて面白い。それも運動として楽しい」ということらしい。
[わかる気がする。バッハはきちんと練習して弾くと、とても楽しいのです。でも練習していないと全然弾けない。]

3)メロディーを高音部(ピアノで言えば右手)が担当する、という、今の私たちにとっての常識は、ごく近代になって生まれたものである。

4)クラシックというと「静かに真面目に拝聴する」というスタイルは、遅れてやってきた音楽大国ドイツのやり方であり、それ以外の国、つまりイタリアやフランスでは、もっとユル~い雰囲気で楽しむものだった。
[ちょっとドイツが恨めしい。]

5)成金の市民階級がクラシックを愛好するようになり、音楽なんてろくすっぽわからない連中にウケるために、超絶技巧の曲が作られるようになった。
[ええっ、わざと難しい曲を書いたなんて・・・! えらい迷惑。]

6)クラシックの発展と繁栄の歴史には、アングロサクソンは登場しない(イギリスに市民階級がいちはやく誕生し、クラシック音楽の大衆化のさきがけとなったのは事実だが、早い話がたいした作曲家はいなかった)けれど、今の世界を席巻しているポップスは、逆にアングロサクソン中心のものである。
[このこと自体は、なんとなくわかっていたのだけれど、改めてこういうふうにはっきりと説明されると、自分も世界史の大きな流れの中にいるのだなあと実感する。]


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by foggykaoru | 2010-01-07 22:06 | 西洋史関連 | Trackback | Comments(3)