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エマ

漱石が絶賛したというジェーン・オースティン原作の小説。
私が読んだのは阿部知二訳(中公文庫)。

「不機嫌なメアリー・ポピンズ」でさんざん例に挙げられていて、半分ネタバレ状態だった。しかも作者自身が「読者はこの主人公のことをあまり好きにならないだろう」と語っていたとか。なので、ぜひ読みたいと思っていたわけではない。でも古本屋で見つけたので、まあ読んでみようかなと思った次第。

読んでみたら、面白かった。
名作と呼ばれる作品は実際に読んでみるべきだということを再認識した。

確かに主人公のエマは、「プライドと偏見」とか「マンスフィールド・パーク」の主人公たちに比べたら、問題ある性格をしている。タカビーだ。中途半端に才気があって、自分が何もかも心得ていると思い込んでいる。

でも、憎めないのである。
それどころか、はっきり言って可愛い。
読んでいくうちに「エマ、いい子じゃん」という気持ちになっていく。

文庫で700ページもあるけれど、最初の20ページで結末が予想できてしまう。でも面白い。

人物を徹底して突き放して描いているところが心地よいのかも。でも、描き方が冷たいわけじゃない。むしろ愛情が感じられる。情に流されていないところがいいのかな。オースティンの作品の主人公の中で、いちばんオースティン自身に似ているのがエマだったのでは。

でも、いちばん心に残ったのは、なんとエマではなく、エマの父親・ウッドハウス氏だったりして。
ウッドハウス氏はおうち大好き人間で、やたらに心配症。
これが我が老父とオーバーラップしてしまったのである。
働く必要のないウッドハウス氏と違って、我が父は朝から晩まで働かなければ家族を養うことができなかったから、若いときはおうちにはいなかった。
でも、退職した今は、いつもおうちにいて、心配してもどうにもならない諸々の事柄について、やたらに心配して毎日を過ごしている。
洋の東西を問わず、さらには階級の違いを超えて、「老人」のひとつのタイプを描き切っているということなのかな。それがオースティンの偉大さなのかも。
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by foggykaoru | 2010-03-31 22:21 | 普通の小説 | Trackback | Comments(4)

シャーロック・ホームズ観ました

ただ今、ちょっと暇なのです。
でも旅に出るほどの時間はないので、映画を観まくっていて、この映画も2回目を鑑賞。

グラナダTVのホームズが大好きだったので、ちょっとどうなのかな?という不安があったのですが、ホームズ関係の先輩(爆)のご意見をうかがったところ「パスティーシュとして観ればなんにも問題なし」とおっしゃったので、意を強くして観てみました。
観始めたらスピードについていくのに忙しくて、気にしてる暇がなかった(苦笑)

19世紀末のロンドンの雰囲気がよく描けていると思いました。
不安と混沌の渦巻く世紀末。オカルトが流行ったのですよね。ドイルもハマった。
(しかしまた出てきたあの団体。便利な存在ですな)
産業革命の進行とともに、どんどんすすけていったロンドン。
ついには漱石の神経をも冒してしまったという、暗くて汚いロンドン。
タワーブリッジは建設中。
そして帆船だらけのテムズ河。ランサマイト必見です。

「ワトソンがかっこよすぎる」という評もあろうかと思いますが、かっこよくて何が悪いのでしょうか。つくづく考えるに、グラナダTVのワトソンは間抜けすぎだったのかも。「原作に二枚目とは書いてない」という批判は的外れです。なにしろホームズの活躍の記録を残したご本人なのですから、自分のことをかっこよく描くわけがない。そんなこと、紳士にはできません。だから、実際のワトソン(笑)がジュード・ロウばりの二枚目だった可能性は十分にあります。

2回目となると、格闘シーンが長すぎると思ったし、BGMをうるさく感じてしまいましたが、まあいいんじゃないでしょうか。

唯一、不満なのは、ハドソン夫人です。
ホームズが迷惑なことをしても、眉毛をちょっと上げるぐらいで抑えてほしかった。


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by foggykaoru | 2010-03-30 20:48 | 推理小説 | Trackback | Comments(6)

モリエール 恋こそ喜劇[追記あり]

BUNKAMURAで上映中。
公開直後だけはやたらに盛況だったようですが、あっという間に空いてしまったようで。
これがシェークスピア関連の映画だったら、もっとずっと入るんでしょうね。たとえば「恋に落ちたシェークスピア」の観客動員数はこの数十倍、数百倍、いや数千倍だったことでしょう。

実は2回観てしまいました。
1回目に観たとき、面白くて声をたてて笑ったら、周りが静かだったので、笑えなくなってしまったのです。で、一緒に観て笑ってくれる友人を誘ってまた観たわけ。
ところが2度目は周囲も大ウケ。あらら、こんなだったら忙しい友人を引っ張ってくる必要はなかったかな?と申し訳なく思ったのですが、彼女が「2度観たくなる気持ちがわかる」と言ってくれたので、ほっとしました。ほんと、面白いんです。2回目のほうがさらに面白くなった。

モリエールの代表作の有名な台詞があちこちにちりばめられているから、それらを全く知らないと面白さが半減すると思います。とか言いつつ、私だって「なんとなく知っている」程度なので、偉そうなことは言えない。

脚本がいいし、ロケも美しい、そしてキャストが素晴らしい。
主役のロマン・デュリスは、いわゆる二枚目ではないのに、売れまくっているのはうまいからなんだろうなとは思っていたのですが、このモリエールは最高です。思わずどんな経歴の人なのか検索して調べてしまったのですが、舞台出身というわけではなく、「たまたま」俳優になってしまった人なんですね。
ジュールダン氏は「PARIS」で教え子のストーカーをする大学教授を演じた人。モテない男をやらせたら右に出るものはいません。今回は(大学教授とは180度違って)どうしようもなく血の巡りが悪い役なんですが、これまた実に上手。
マダム・ジュールダンは掛け値なしに「いい女」だし、ドラント伯爵役の俳優もいい。限りなく不実なんだけど低い声が美しくてとっても貴族的。
唯一、「この女優じゃなくてもいいかも」と思ったのは侯爵夫人。

こんなに面白いのに、フランス公開からBUNKAMURAに来るまでに、3年もかかったとは。
そりゃ日本はフランスから見れば遠いさ。「地の果て」と言ってもいい。
でもね、今は明治時代じゃないんだから。

以下、ちょこっとフランス語のお勉強。
この映画の台詞はモリエールの文体、つまり17世紀のフランス語なので、とても古めかしいのです。
「はい」と答えてもいい場面で「soit」という単語が多用されていました。辞書には「(あらたまった言い方で)それでもよろしい、かまいませんよ」と書いてあります。場合によっては「御意」かも? 妻が夫に言うときは「よろしゅうございます」みたいな感じでしょうか。
「贈り物」が「present」だというのがかえって新鮮。この単語が英語に入って「プレゼント」になったのだろうけれど、いったいどういう経緯でフランス語の「present」が使われなくなったのかが気になります。
「I don't know」にあたる「Je ne sais pasジュヌセパ」のかわりに「Je ne sais ジュヌセ」と言っているけれど、これも文語。日本語で「わかりません」の文語体は何なのでしょうか。「存じませぬ」かな?

この映画の公式サイトはこちら


[3/30追記]
ロケが行われたクーランス城はどこにあるのかと思って公式サイトを見に行ってみたら、なんと今、「観光部門の責任者」を緊急募集しています。
「住み込みで、仕事内容は観光客への対応、スタッフの指導、ショップとカフェの運営。経理とパソコンの知識があり、外国語として少なくとも英語を話せること。要運転免許。学位・身元保証書のある人及び経験者が望ましい」ですと。
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by foggykaoru | 2010-03-29 22:10 | 伝記・評伝 | Trackback(1) | Comments(4)

「バロン・サツマ」と呼ばれた男

副題は「薩摩治郎八とその時代」
藤原書店刊。
村上紀史郎著。この人の本は初めてなので、果たして面白いのだろうかとおっかなびっくり読み始めたのだが、だんだん調子が良くなって最後は一気だった。

パリ市の南端にはパリ大学都市というものがある。広大な敷地の中に各国が作った学生寮が立ち並んでいるのだが、日本館の別名は「メゾン・ド・サツマ」。薩摩家の資金で作られたのである。そのあたりの事情はこの本を読んで初めて知ったのだが、日本の外務省は「他のところに作っていないのに、パリだけに作るわけにはいかない」と断ったのだそうだ。そんなことを言っていたら、永遠に、どこにも、何も作れないじゃないか!

この日本館のこけら落としが1929年。このときの超豪華なレセプションを取り仕切り、フランス人の度肝を抜いたバロン・サツマこと薩摩治郎八の評伝である。当時28歳の若造。

1901年、綿織物で財をなした薩摩商店の三代目として生まれ、19歳でオックスフォード留学のために渡英するが、あまり熱心に勉強した形跡はなく、数年後にはパリに移る。イギリスよりも、パリのほうが楽しかったのだろう。イギリスは寒くて暗いものね。

現在の貨幣価値に換算すると、毎月数百万円の仕送りを受けていたというのだから、昨今の「格差社会」なんて「へ」でもないと思ってしまう。(あらお下品)「花の1920年代のヨーロッパで遊び呆けた大富豪の跡取り」という点では、最近読んだ「ネヴァーランドの女王」にぴったりかぶるのだが、その後の生き方の「格」が違う。若き日のバロン・サツマも決して品行方正だったわけではないけれど、当時の「紳士」の枠内にはおさまっていたようだし、なにより付き合う人が超一流。それを通して「単なる大金持ちの放蕩息子」から次第に変化していく。

モーリス・ラヴェルをはじめとするフランスの音楽家たちと、当時始まったばかりのラジオ放送をきいていた折り、流れてくる音楽がシューベルトの「未完成」であることがわかったのが薩摩ひとりだったので、みんなが感心したというエピソードがある。生で聴く機会が多い人とか、よほど音楽を聴いている人でないと、新しい曲はわからなかった。そのぐらい音楽の流通が未発達だったというあかしでもある。

ときおり日本に帰国することもあったが、20代から50代まで、実質的にフランスに行きっきり。ナチス支配下のフランスも経験する。(戦中もフランスに残った日本人は彼を含めて10人もいない。)このころには薩摩商店はとっくになくなってしまったのだが、財産の売り食いで贅沢な暮らしを続けられたというのだからすごい。

幅広い人脈を生かし、戦時下はナチスからフランス人の知己を救ったり、戦後は大戦下にフランスに残った日本人の名誉回復のために力を尽くした。「彼らは自由独立の人道的仏蘭西精神に信頼してこそ、各自の運命を仏蘭西に委ねたのである」と主張して。そう言われたらフランス人だって悪い気はしないよね。

晩年は日本に戻り、フランス関係の原稿を書いたりして、つつましく暮らしたそうだけれど、美輪明宏は「本当の豊かさを知る紳士で、その本領は無一文になってから発揮された」と評している。

彼が生涯に使ったお金は総額150億円。そのうちの多くは「無駄金」だったかもしれないが、たぶん、お金というのは湯水のごとく使ってこそ、真の「生き金」が生まれるのではないだろうか。(その人にセンスがあれば、結果的に生き金になる。)とにかく「あっぱれ」と言うしかない。こんな日本人は今後二度と現れないだろう。

日本館には、パリの大学院に留学していた友人が住んでいたとき、訪れたことがあるのだが、「ふーん、これが有名なメゾン・ド・サツマなのね」と思った程度。日本的な外観はすでに写真で見知っていたけれど、内部の作りも妙にちんまりしていて日本的だと思ったものである。もしも再訪する機会があったら、新たな感慨を抱くことだろう。日本館関係者が戦時中に必死に守ったという藤田嗣治の絵を、今度こそ、しかと確認しなくちゃ。


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by foggykaoru | 2010-03-28 08:33 | 伝記・評伝 | Trackback | Comments(9)

NINE観ました

今日はレディースデイだ!と思って観てきました。
そして「英語系人種が作ったイタリアのミュージカルなのね」と月並みなことを思いました。
タイトルの意味がさっぱりわからなかったので、帰宅してから検索してみたら、フェリーニの自伝的映画「8 1/2」のミュージカル化なのだそうです。(歌とダンスで+0.5なのでしょうか。)この映画を観てあれば面白さが倍増するのでしょう。

ミュージカル映画は、観るたびに「やっぱりミュージカルは舞台で観るべきものだ」と思うのですが、お手軽なのでついつい観てしまいます。この映画も同じ感想。
現実と回想の融合という点では、「シカゴ」のほうがうまくできていたような気がするし、思い切り楽しめたという点では「ドリーム・ガールズ」や「プロデューサーズ」のほうが上。
楽曲の美しさはなんてったって「オペラ座の怪人」の右に出るものはない。

でも、ゴージャスでセクシーな女優が山ほど出てくるという点では観る価値があります。
あの狩猟民族特有の野獣のような色気は、農耕民族には絶対に出せない。いくら劇団四季の女優陣が上手になっても無理。草食系男子はお腹をくだして立ち直れなくなるかもよ(笑)

いちばんハマっていたのはペネロペ・クルス。これぞイタリア女。英語もイタリア人そのものだったし。
たぶんテーマソングである「Be Italian」を歌ったファーギーという人は知らなかったのですが、ど迫力でした。
ジュディ・デンチ歌う「フォリー・ベルジェール」もなかなかよかった。フランス語の発音も頑張ってましたよ。
「ムーラン・ルージュ」の経験のあるニコール・キッドマンは予定調和の世界です(←褒めてます)
エディット・ピアフ役で当たりをとったマリオン・コーティヤールは、役柄的にはハマっていたのですが、ダンスシーンでがらりと変身できたらもっとよかったんだけどね。

そしてそしてソフィア・ローレン。
これはハマるハマらないという問題ではなく、ソフィア・ローレンだということに意義があります。その存在感。彼女だけでも観る価値あるかも?
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by foggykaoru | 2010-03-24 22:11 | 観もの・聞きもの | Trackback | Comments(10)

ルイス島最北端にて

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とにかく風が強かった。おでこに前髪がかかっていないでしょ?

メインサイト開設11周年です。
期間限定トップページもルイス島の写真。ぜひご覧ください。
スコットランド旅行記はグラスゴーにさしかかっています。
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by foggykaoru | 2010-03-22 10:05 | メインサイトのボツ写真 | Trackback | Comments(4)

日本人の知らない日本語2

超ベストセラーの第二弾。

たとえば、「スッパ抜く」の「スッパ」の語源なども、もちろん面白いのだけれど、こういうのは好奇心の強い人だったら、(変な言い方だけど)「自力で疑問を抱く」ことも可能だろう。

その意味で、「やってみよう!日本語テスト」が面白かった。
問題: 上司に「~しようと思うんだが、いいかな」ときかれたときの正しい答え方を選べ。
正解は「わかりました」
「目上の人が許可を求める表現を使ったときは、その真意は別のところにあることが多いので、注意が必要だ」という解説に唸ってしまった。
言語というのはその構造だけでなく、「言語運用」が大切。
それは日本語の世界にどっぷりつかった日本人にはなかなか感知されにくい。


いちばんすごかったのはチェコの日本語教科書。
「AしてBする」の文型の例文: おじさんはあさしん聞をよんで、午後おどりました。
せめて「おじさん」を「おねえさん」に変えればいいのに。

そういえば、「テュリャテュリャテュリャ」という「一週間」はチェコの民謡?
と思って検索したら、残念、ロシア民謡でした。

日曜日に 市場(いちば)へでかけ
糸と麻(あさ)を 買ってきた

月曜日に おふろをたいて
火曜日は おふろにはいり

水曜日に ともだちが来て
木曜日は 送っていった

金曜日は 糸まきもせず
土曜日は おしゃべりばかり



教科書と言えば、日本の英語の教科書は「This is a book」とか「This is a pen」から始まるのがいかん、そんな文は日常会話では使わないから、「I am なんたら」とか、実際に使う表現から教えろ、と主張する人がいる。
でも、「This is a pen」が実際に使われることもある。だって実際に聞いたもん。映画の中で。あんときにはほんとに感動しました。
・・・脱線しすぎ。


その他に面白かったのは
「鬼がなぜ虎のパンツをはいているのか」
「半濁音を表すのに、なぜ○を付けるようになったのか」

フランス語にはotakuという単語が入っているし、日本のマンガを原文で読めるようになりたくて日本語を学ぶ外国人が少なからずいる。自国の文化発信を促進するのは、国にとって大きな戦略なのだ。私はその昔、フレンチ・ポップスにあこがれたのだから。日本の政治家はもっとマンガやアニメを大切にしなくちゃいけない。変に規制したら現在の我が国の最大の輸出品目が死にますよ。
しかも先頭切って規制しようとしてるのが「太陽の季節」書いた人ときてる。なんたる不条理。
・・・またまた脱線しつれい。


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by foggykaoru | 2010-03-18 21:13 | バベルの塔 | Trackback(2) | Comments(10)

流転の王妃の昭和史

清朝のラスト・エンペラーは愛新覚羅溥儀。
その弟・溥傑に嫁いだ浩の自伝である。
こういう人の存在と、そして、政略結婚で結びつけられたとはいえ夫婦が仲睦まじかったということは知っていた。この夫婦の長女のことも。
それでも面白かった。真実の重みというか。
いちばん印象的なのは著者の品の良さかな。
それにひきかえ、関東軍って野蛮!

さりげなく語られている溥儀の不幸。
皇帝として権謀渦巻く中で育てられ、人を信じることができなくなっていったという。

巻末には夫の溥傑氏の文章も掲載されている。
日本に留学経験があるというが、日本人の書く文章とは違う。
私がフランス語を書くとこういう具合になるのだろうか。うーん。


ユーズドでしか買えません。
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by foggykaoru | 2010-03-15 20:29 | 伝記・評伝 | Trackback | Comments(4)

坊ちゃんの時代

古本屋で見つけた。
関川夏央・谷口ジローのコンビによるマンガ。
マンガなんて買うの、何十年ぶりだろう・・・

内容は「漱石を中心に据えた、マンガ明治の歴史」。
必ずしも史実に基づいているわけではないけれど、描かれているのは明治という時代。
とても面白くて拾い物だった。
今のこの国の出発点みたいなものが、見えてくる感じ。

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by foggykaoru | 2010-03-14 19:10 | 日本の歴史 | Trackback | Comments(4)

パルテノン・スキャンダル

朽木ゆり子著。この人の本は前に1冊読んだことがある(フェルメール全点踏破の旅)が、とても面白いというほどではなかった。悪くはなかったけれど。
この本もそんな感じ。(けなしているわけではない。)

大英博物館収蔵のパルテノン神殿の彫刻を施された大理石は別名エルギン・コレクションという。それがなぜ大英博物館にあるのかというお話。

時は19世紀前半。当時は古代芸術蒐集競争の時代だった。
その大立者がイギリスのエルギンと、フランスのナポレオン。
英国の外交官だったエルギンは「イギリスの美術の水準を上げる」という高邁な(?)使命感に燃えて、パルテノンの神殿彫刻を持ちかえろうという気になる。
ギリシャを統治していたトルコのスルタンの許しを得た、と彼は主張しているのだが、実際は微妙。「落ちているかけらや、掘って出てきたものは持っていってもいい」というスルタンの勅令を拡大解釈したというのが正しいところらしい。
トルコの統治下で、パルテノンの管理がしっかりしていたとはとうてい言い難く、外国人に手土産代わりにそのかけらを渡したりなんてことも珍しくなかったらしく、英国に言わせると「うちに持ってきたほうがきちんと管理できる」ということになる。だが、エルギンたちのやり方は相当乱暴で、大理石をはがすときに、相当痛めつけてしまった。また、大英博物館に収蔵されてから、大理石の表面をやすりでこすってしまった。今、真っ白なのは本来の彩色がはがされてしまったからなのだそうだ。

興味深かったことを列挙する。
・エルギンはハーロウ校で数年過ごしたが、当時のパブリックスクールの寮というのは非衛生的で、伝染病やしらみの巣窟だった。休みに入ってエルギンが実家に帰るたびに、家族はしらみに悩まされた。
・エルギンの秘書はハミルトン。ギリシャに行くときはネルソンの助けを借りている。ネルソンとハミルトン夫妻の三角関係を、エルギンの妻はとても興味深く観察した。
・ロゼッタストーンはもともとナポレオン率いるフランス軍が見つけたのだから、ルーブルのコレクションになっても不思議はなかった。ところが、エジプトにおける戦闘の中で行方不明になった。フランス軍の要塞?のがれきの中からイギリスが見つけた。押収したのはハミルトン。
・当時41歳のネルソンはすでに片腕と片目を失い、上の歯がなく、ひどく年をとってみえたそうだ。(やっぱり長年船に乗ってろくすっぽ栄養もとれずに過ごすとふけるのが早いんだろうな。)
・エルギンは画家ターナーを連れていきたかったのだが、ターナーが断った。その代わりに行った別の画家が、パルテノンの略奪に一役買っている。もしもターナーだったら、ひたすらスケッチに没頭しただろうから、パルテノンはまだギリシャにあっただろう。また、もしもターナーがギリシャに行っていたら、彼の画風はかなり違ったものになっていたかもしれない。(ターナーという、孤高の芸術家がいつの時代の人なのか、きちんと把握できていなかったのだけれど、この話でばっちり覚えることができた。)

私はまだアテネには行ったことがない。
行ったことがある友人は「パルテノンは修復しすぎで今ひとつ趣に欠ける」と言っていたが、めぼしい部分をはがされてしまっているのだったら、「修復しすぎ」と批判してはかわいそうなのかも。


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by foggykaoru | 2010-03-08 20:16 | 西洋史関連 | Trackback | Comments(4)