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行ってきます

ベトナムへ。
ジャンクに泊まってきます。
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by foggykaoru | 2010-07-30 09:59 | Trackback | Comments(5)

独断流「読書」必勝法

著者は清水義範。古今東西の20の文学作品を語っていて、そのうち半分が知っている本だったので、読んでみた。
なかなか面白かった。
イラスト、というか、マンガ担当は西原理恵子。例によって非常に過激だけど、なかなかのアクセントになっていて悪くない。

一度読んだきりすっかり忘れていた「谷間の百合」の内容を思い出したし、あと、「ロビンソン・クルーソー」。私が読んだのは子ども用の抄訳だったようで。無人島に流れ着く前のクルーソーの前半生のことなんて読んだ記憶無いもの。

「坊ちゃん」を再読してみたくなったし、教科書でほんの数ページしか読んだことない「暗夜行路」とか、へー志賀直哉ってそーゆーやつなの?という興味本位で読んでみてもいいかもと思ったし、一生読まないだろうと思っていた「ボヴァリー夫人」にも興味が湧いた。
でも、「罪と罰」を再読する元気はないかも・・・

巻末の泣ける話ベスト10のうち、5つ読んであって、しかもそのうち4つが(泣けたわけではないけれど)私個人としてもけっこうイケてる作品なので、清水氏とはウマが合うのかも、なーんて思ったり。
ちなみに、その4つとは
ゴーゴリ「外套」
カフカ「変身」
ソルジェニーツイン「イワン・デニーソヴィチの1日」
筒井康隆「残像に口紅を」

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by foggykaoru | 2010-07-27 21:33 | その他のジャンルの本 | Trackback | Comments(2)

ロビンソン・クルーソーを探して

ブック○フを冷やかしていたら「高橋大輔」という名前が目に止まった。スケートの彼の本、しかも古本がこんなところにあるはずないよね。それはそれとして、こんなタイトルを見てスルーするわけにはいかないでしょ。

学生時代からバックパックを背負って世界中を探検してきた著者は、さらに探検を究めるために、イギリスの王室地理学協会の会員になることを思い立つ。でも、紹介者がいるわけじゃなし、どうしたらいいだろう? そこでこの協会が編纂した「世界探検史」という本の日本語版の出版を思い立つ。その本に載っていた「ロビンソン・クルーソーにはモデルがいた」というコラムに心惹かれ、その人物アレクサンダー・セルカークの足跡をたどることを決心する。

1994年、晴れて地理学協会の会員になった著者が最初に目指したのはセルカークの故郷、スコットランド。
そしてセルカークが孤独な4年間を過ごした、太平洋の孤島へ。
現在のロビンソン・クルーソー島は無人島ではないが、一歩集落を出れば、人っ子1人いない、まさに大自然の真っ只中。道なき道を悪戦苦闘してたどる。
単行本刊行の時点では、セルカークが島のどこで暮らしていたのかは確定できなかった。「このあたり」という目星をつけただけで。
それが2001年になって大きく進展する。ついに住居跡を発見。
(テレビ番組になったのだそうだ。)

ものすごい探究心とエネルギーだ。
誰に頼まれたわけでもないのに、どうしてここまでやる?と言いたくなってしまうのだけれど、やり始めたらたまらなく楽しいのだろうということは、想像できる。
何かを探し求める旅というのは、普通の旅とは一味も二味も違うから。

旅行記の傑作。河口慧海の「チベット旅行記」を思い起こさせる。旅行記と呼ぶべきではないのかもしれないけれど、それは慧海の本も同じこと。

なのに、熱帯雨林によると、もうユーズドでないと入手できない(怒)

著者の公式HPはこちら
ブログもあります。その後、住居跡がほんとうにセルカークのものだということが証明されたことが書かれています。もちろん写真もあり。「海賊は宝島のどこに宝を隠したのか」なんて記事もあります。
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by foggykaoru | 2010-07-19 21:09 | 西洋史関連 | Trackback(1) | Comments(10)

ピアニストになりたい!(超長文)

なあんて思ったことは一度もありません。残念でした。
これは本の題名。副題は「19世紀もうひとつの音楽史」
著者は岡田暁生という京都大学の准教授。

非常に面白くて、あちこち確認のために再読していたら、感想文を書くのが遅くなりました。これ以上引っ張ると何も書けなくなりそうなので、未消化なところもあるけれど、とりあえず書きます。いろいろありすぎて非常に長くなりそうです。

強制されて習ったのだけれど、ピアノは私を作っている一要素なのだと思います。非常に大げさだけど。

でも、ピアノというのは楽器としてどうなんだろうと、ずっと思ってきました。

ピアノは、初めて弾く人でも、ドの音を出せと言われたら、出すことができる。
そして、下手な人の音色と、上手な人の音色の差が少ない。
私は中学時代につぶれそうなオケ部に所属して、バイオリンに触ったことがあるのですが、自分の出す音の汚さに肝をつぶしました。しかもバイオリンの場合、その音が自分の耳元に響くのです。あれはすごかった。
ピアノの場合、下手でもそこまですごくはない。

そして、ドとレの間の音としては、ドのシャープ(=レのフラット)以外は出せない。
弦楽器だったら、その楽器が出せる最低音から最高音までの間の、どんな音だって出せる。声と同じく。前からしょっちゅう書いてる気がするけれど、私は歌が好きなんです。だからいちばん好きな楽器は「声」。ピアノというのは人の声とはあまりにも違う。だからほんとうはピアノの音はあまり好きではない。
打楽器的なところも好きではない。タカタカ叩く打楽器。「のだめ」でヤドヴィが「ピアノも打楽器だ」と言ってました。ヤドウィは「打楽器こそが楽器の原点だ」とも言っていて、そうなんだろうなあとは思いますが、私は打楽器、特に好きではない。
私は音楽の3要素「メロディー」「リズム」「ハーモニー」のうち、メロディーにいちばん惹かれるような気がします。そしてメロディーをいちばん美しく奏でるのは弦楽器のような気がする。
しかも弦楽器は、左右の両手で慈しむようにして1つ1つの音を作るのです。素敵です。

だからと言って、今さら弦楽器を始めようという気にはなれません。
自分でメロディーと伴奏の両方を演奏することに慣れてしまっているので、基本的に単音しか出せない楽器を、ひとりで練習する気になれない。
「1台でオーケストラ」の代わりになれるピアノに「毒されてしまった」とも言えるのかも。


最初から大脱線大会になってしまいました。ここからが本題です。

この本を読んで、ピアノが「近代」を象徴する楽器なのだということがよくわかりました。もっと詳しく言うと「ヨーロッパが世界を主導した近代」。そして、その近代は直接的に現代につながっている。

以前読んだ本に「西洋の楽器は規格がしっかりしていて、いわゆるグローバリゼーションに向いている」みたいなことが書いてありました。確か、邦楽の楽器との比較で書かれていたはず。

そしてこの本では、楽器もさることながら、ヨーロッパの近代が生み出したものとして、「教育」があげられています。マニュアルに基づく教育。「こうすれば誰でも○○できるようになる」という。この思想こそが、まさに近代。われわれはその延長線上の世界にどっぷりつかっているのです。

ピアニスト養成のために考案された道具の数々は、まるで「巨人の星」の「大リーガー養成ギブス」みたいで笑えます。指の訓練のための教則本もすごい。「右手の人差指から小指までの4本が「レミファソ」を押さえ続けて、親指だけを動かす」など、まともな音楽性の持ち主には耐えられない練習です。(レミファソを一緒に押さえたら、不愉快きわまりない和音になる)

最近、ある人に「世界にはいろいろな音楽があるのに、西洋音楽が席巻している日本の状況はおかしい。『のだめ』はそれを助長する作品である。これからはもっと他の音楽にも目(耳?)を向けるべきである」と言われました。
それはとってもよくわかるんです。
でも、私個人としては、もう骨の髄まで西洋音楽に毒されてしまっていて、今さら変えようがない。
自分が弾いて楽しむのは、どうしたってピアノになってしまう。
退職したら声楽習おうかなとちらっと思っているのですが、絶対に小唄・長唄の方向にはいかない。
日本の音楽好きの大多数が私みたいなタイプだと思います。確かに変なんですよね。
そのぐらい、「ヨーロッパの近代」に毒されている。それが私。

ネットを始めて自分以外のランサム・ファンの存在を知り、ランサムの世界に戻ってからというもの、子どもの頃読んだ本を再読するということは、私にとっては一種の「自己再発見」の旅であると言えます。
そして「のだめ」がきっかけでピアノを再開した今、この本は音楽という方向からの「自己再認識」を一歩進めてくれました。


備忘録:
パリは音楽に限らず、19世紀を通して、あらゆる流行の一大中心地だった。
オペラやオーケストラの振興は当時のヨーロッパにおいて、国家事業だった。
そのために、ヨーロッパ各国は「音楽院」を作った。ウィーンとか、プラハとか。(イギリスに関しては記述無し。作らなかった?)
パリのコンセルヴァトワールはヨーロッパ最古の音楽院。オペラの上演のために必要な音楽家を養成するための学校だった。
当初はピアノ科は無かった。
伴奏ピアノ科のほうが先に作られた。今でもコンセルヴァトワールの伴奏ピアノ科には優秀な学生が多い。(←フランクのことでしょうか?)
ロギールという人が発明した「指訓練機」に関して、ある人いわく「民衆の音楽教養が最低のレベルにあり、ジェントルマンの教育からも音楽が排除されているイギリスにおいて、これが発明されたのもよくわかる」


この著者の他の本も読んでみたいです。

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by foggykaoru | 2010-07-19 00:50 | 西洋史関連 | Trackback(1) | Comments(4)

夏の光のなか 帆船は進む

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買いました。

いきなり1ページ目から「ええっ、ここ変えちゃったの?!」というところはあるものの、全体としては、間違いなく慣れ親しんだ神宮先生の文体です。

そしてこの帯。
「ヨットは進む」ではないところがツボ。
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by foggykaoru | 2010-07-15 19:05 | 児童書関連 | Trackback | Comments(7)

待望の「新訳」

「新約」ではなくて「新訳」です。

アーサー・ランサム作「ツバメ号とアマゾン号」
ぜひ書店でご覧ください。素敵な装丁♪
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by foggykaoru | 2010-07-14 20:45 | 児童書関連 | Trackback | Comments(12)

フランス語版のだめvol.9(3):日本は島国

だからこそ、飛行機にも船にも乗れないと外国に永遠に行けない。
そして「海外」なんていう単語も生まれるわけで。

のだめを追う千秋の「しかもよりによって九州・・・」のコマに描かれているのは日本地図。
そして「海外・・・→」の矢印の先が九州を指している。
Surtout que bien sur...cette idiote habite a l'autre bout du pays!(=しかももちろん・・・あのバカときたら国の反対の端に住んでいる!)
C'est le bout du monde!→(=ここは世界の果て→)
フランス人に「九州」と言っても通じないために、さらには「外国」という意味の単語が使えないために、かなり長くなっております。

翻訳者さん、御苦労様です。
勉強になりました。これからもよろしく。


「フランス語版のだめカンタービレ」に関する記事のインデックス
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by foggykaoru | 2010-07-08 19:35 | マンガ | Trackback | Comments(6)

フランス語版のだめvol.9(2):変態の行方

前項の続きですが、内容的には8巻あたり、「変態」が心配な状況だという話の続きです。

もともと「フランス語版のだめカンタービレ」を読み始めたのは、あくまでも自分の勉強のためであって、小姑みたいに翻訳者のミスをあげつらうつもりなんかなかったのです。
その趣旨に戻ります。

のだめとのだめ母に採寸された千秋が叫ぶ「変態!」は「DES MALADES!」
これは「病人」の意味。つまり「こいつらビョーキ!」
なるほど。ぴったり。
・・・でも、「変態の森」が「病人の森」というのはちょっとねえ。。。

もっと前、のだめを追いかける千秋の「オレがどんなに勇気を出して言ったと思ってんだー!?」のあとの「あんな変態を連れて行こうっていうんだぞ」
Emmener avec moi un clown pareil!?
(あんなclownを連れて行こうっていうんだぞ)
clown、英語のクラウン、道化です。
「la foret des clowns(道化の森)」
うん、なかなかいいじゃないですか。
これで安心して10巻以降も読める(笑)

で、フランス語版ではこの台詞、実はページの左端のピアノを弾く指先が描かれたコマにあります。本来「どうしたらいい・・・」が書かれている場所に。
そして「どうしたらいい・・・ Que faire?」のほうは右下の「のだめ変態の図」のコマに。つまり本来「あんな変態を~」があるべき場所に。

これは翻訳者のせいではなくて、おそらく編集側のミス。台詞を貼り間違えたのでしょう。

ああ、また小姑のようなことを言ってしまった・・・(嘆)


「フランス語版のだめカンタービレ」に関する記事のインデックス
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by foggykaoru | 2010-07-07 19:21 | マンガ | Trackback(1) | Comments(2)

フランス語版のだめvol.9(1): リアルのだめさんのご意見は?

いよいよ9巻。山場ですから、手抜きするわけにはいきません。

まず、日本語で読んだときから気になっていた「ラ―ユーレディー?」ですが・・・
RAYU READY?(JEU DE MOTS!)
JEU DE MOTSは「言葉遊び、ダジャレ」という意味。
欄外には「ラ―油とはラビオリ(←餃子のフランス語訳!)にかける辛い油のことである」という注が。
まっ、これはしょーがないですね。。


それよりも何より我が目を疑ったのは、「のだめ、実家に帰る」のレッスン49の冒頭。
Okawa, la prefecture de Saga(佐賀県大川)
「福岡」を「佐賀」と読み間違えるなんてこと、あるんだろうか?

のだめに送られてきた宅配便に書かれた実家の住所は、ちゃんと「FUKUOKAKEN」となっています。

そして、千秋とタクシーの運転手の会話。
千秋の「行き先・・・間違えてませんか?」に続くコマです。
千「ボクが行きたいのは福岡県の大川市で・・・」
運「あーいいの、いいの」
運(上の台詞とは別の吹き出しで)「大川ってほとんど佐賀だからー」
フランス語版では
千「Non, parce qu'on est sorti de la prefecture de...」
(いや、だって県を出てしまったから・・・)
運「C'est normal, monsieur. Okawa, c'est dans la prefecture de Saga」
(あたりまえです、ムッシュー。大川は佐賀県ですから)
違いマス!
大川は福岡県デス!


それに、千秋の「Non」が意味不明。

想像するに、翻訳者は吹き出しの順番を間違えたのです。
運転手の「あーいいの、いいの」を先に読み、千秋の台詞はそれに対する反応だと思いこんだのです。
(「あーいいの、いいの」も「Ne vous en faites pas! ご心配なく」のほうが適切だと思うのですが、それはおいといて)
そしてさらに、「ほとんど佐賀」=「実質的に佐賀」の意味がわからなかった。
で、大川を佐賀県に入れてしまった。
さらにご丁寧なことに(原作者の勘違いだと思いこんで?)lesson 49の冒頭にはっきりと書いてある「福岡」を強引に「Saga」に変えてしまった・・・
宅配便の住所は直し忘れたのでしょう。

大川在住の皆さん、特にリアルのだめさんがこのことを知ったら、どう思うでしょうね。。。

ちなみに、大川弁は果敢に訳してます。語尾の「ゥ」を長めに、強めにするという方法で。
「ジュテーム」(←こういう台詞は無いんだけど、あくまでも例として)が「ジュテームーー」みたいになります。





以下はもしかしたら飛んでくるかもしれないフランス人オタクのためのコメントです。
======================
Pour les lecteurs francais de Nodame Cantabile:
Je viens de lire le vol.9, et j'ai decouvert que le chauffeur de taxi dit: "Okawa, c'est dans la prefecture de Saga."
Mais en version originale, il dit: "Okawa, c'est pratiquement dans la prefecture de Saga."
(Okawa est une ville qui se trouve juste a cote de la frontiere de Saga.)
En plus de cela, en version francaise, au debut de la lecon 49 est ecrit "Okawa, prefecture de Saga", et cela aussi est mal traduit (ou modifie par le traducteur qui croit que Tomoko Ninomiya s'est trompee).
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「フランス語版のだめカンタービレ」に関する記事のインデックス
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by foggykaoru | 2010-07-06 21:51 | マンガ | Trackback | Comments(2)

19世紀のロンドンとパリの音楽事情

最近読んだショパン関連本がきっかけで、19世紀ヨーロッパ、特にロンドンとパリの音楽事情に興味が湧き、たまたま読んだオースティン関連本を通じて、ほぼ同時期のイギリスの政治状況を知りました。そしてふと、かなり前にこんな本を読み、それに関連したことを書き散らかしていたことを思い出しました。読み返してみると、どうやら、ヴィクトリア朝のイギリスは、ヨーロッパ中の音楽家であふれかえっていたらしい・・・

このあたりの英仏中心の年表をまとめてみました。赤字がイギリス関連、青字がフランス関連。

1760ジョージ3世即位
1775ジェイン・オースティン誕生
1789フランス革命
1804ナポレオン、皇帝になる
1810ジョージ3世発病、皇太子が摂政となる/ショパン誕生
1814ナポレオン退位・王政復古
1817ジェイン・オースティン死去
1820ジョージ4世即位
1830ウィリアム4世即位/7月革命・7月王政
1831ショパン来仏
1837ヴィクトリア女王即位
18482月革命・第2共和制/ショパン、英国に避難
1849ショパン、パリに戻って死去

イギリスのリージェンシー(摂政時代)と、フランスの王政復古はほぼ同時期。
どっちもピアノとかサロンに似つかわしい感じ。
だから、音楽家の集合状況は似たりよったりだったかも。

というわけで、想像の混じったとりあえずの結論:
イギリスは19世紀全般にわたって、フランスはナポレオン失脚後、ヨーロッパの音楽界をリードし、ロンドンとパリは各国の音楽家が集う2大都市だった。
両国とも、自前の音楽家が育ったのはそれより少し後。フランスはサン・サーンス、ラヴェル、フォーレ、ドビュッシーなどを生んだ。もっと後にはエリック・サティもね。イギリスは・・・私が知っているのはエルガーだけ。
音楽家を育成する点において、コンセルヴァトワールを作ったフランスのほうがちょっと勝っているようだ。
イギリス人は、もっぱら「音楽を聴く」という点で、音楽界に貢献した。


ちなみに、
コンセルヴァトワールのサイトはこちら
いきなり音楽が流れるので、職場からアクセスしないように(笑)
「のだめ」ですっかりおなじみになった、あの校舎が見られます。
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by foggykaoru | 2010-07-05 22:15 | 西洋史関連 | Trackback | Comments(2)