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体の贈り物

友人というほどではない知り合いに、好きな作家を尋ねたら「レベッカ・ブラウン」という答えが返ってきた。
初めて聞いた名前。
図書館に行って、たまたま見つけたのがこの本。

読んでみたら、
・・・へえええええええ
彼女ってこういうのが好きなんだ・・・!

主人公はHIVに冒された人々のヘルパー(正式には「ホームケア・ワーカー」というらしい)。彼女の目を通して、死を目前にした人々が描かれる。

良い本です。
汚い場面が少なくないので、飲食しながら読むのはやめたほうがいいです。って私はやっちゃったけど。

ほんとうに良い本です。
興味があったらぜひご一読を。
でも、私は「これが好き」とは言いません。
決してつまらないとか退屈ということではないのだけれど。
それどころか、良い本です(←しつこい)

ちなみに、最近、私が友人たちに薦めまくっているのは「聖人と悪魔」です(^^;




あとがきによると、この作家の作品の中で、この作品は毛色が違うらしいですが。

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レビューを見ると絶賛の嵐です。
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by foggykaoru | 2011-09-29 20:55 | 普通の小説 | Trackback | Comments(0)

世界の野菜を旅する

玉村豊男著。

第一章の最初の項目「ポルトガルの味噌汁」を目にしたとたん、味噌汁みたいなあのスープの味が懐かしくなり、衝動的に買ってしまった。めったに新刊を買わない、この私が。

タイトルどおり、世界の野菜の蘊蓄が語られているのだが、タイトルの中の「旅する」という部分がポイント。
単なる蘊蓄なら、他の人にも書けるかもしれない。
でも、ほんとうに現地に行って味わってきた人ならではの手触り、いやむしろ舌触りみたいなものが感じられる文章は、この人にしか書けないだろう。
しかもこの人、今や田舎で農業までやってて、自ら栽培してるのだ。鬼に金棒(←ちょっと使い方が違う?)

でも、読み終わったのはたぶん1週間ぐらい前なので、もうすでにかなり忘れてしまっている(涙)

覚えているのは以下の2点。

アイルランドがジャガイモの疫病に襲われ、多くの餓死者を出したことは知られているが、アイルランド人はほんとうにジャガイモ「だけ」を食べて生きていた。長年ゆでたジャガイモ以外食べなかったので、アイルランドの主婦はゆでジャガイモ以外の料理を忘れてしまったのだそうだ。そしてジャガイモ「だけ」を栽培し続けた結果、土壌が疲弊し、ジャガイモ自体の品質も劣化していった。悲惨。

今やトマトのないイタリア料理は考えられないけれど、唐辛子の入っていないインドカレーやキムチも考えられない。
新しい野菜が入ってくることにより、その土地の料理は大きな変化をとげてきたのだけれど、どの国にもその野菜が広まったとは限らない。
日本人は七味唐辛子ぐらいにしか使わなかった唐辛子を、朝鮮半島の人々はキムチにじゃんじゃん使うようになった。
タイ料理はピリ辛なのに、ベトナム料理はそうではない。
なぜその差が生まれるのかは永遠の謎。
たいしたことじゃないけれど、玉村氏にそう言ってもらえると、「やっぱりそういうだったのね!」と不思議に感動してしまった。


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by foggykaoru | 2011-09-26 20:44 | エッセイ | Trackback | Comments(4)

イルカと墜落

沢木耕太郎のアマゾン訪問記。
なぜこんなタイトルなのかというと、前半が「イルカ記」、後半が「墜落記」だから。

まず前半の「イルカ記」。アマゾンにはピンクのイルカがいるんだそうだが、そのイルカがテーマではない。
アマゾンの奥地に住むイゾラド(=「文明人」と交流を持たないインディオ)に関するテレビ番組の企画のために、筆者たちは、その道の専門家を訪ねる。
彼は「イゾラドとはコンタクトを取ってはいけない。コンタクトを取ること自体がイゾラドを滅ぼすきっかけとなりかねない」と言う。彼の仕事はイゾラドがいるとわかった地域を保護地域とし、極力コンタクトを持たないようにすること。要するに、ほうっておく。
「知ること」を善とし、世界中のありとあらゆるものに名前や説明を与えてきた西洋人の考え方をまっこうから否定しているわけである。
そして、そういう活動に従事する理由が「自分の美学だから」

かっこいい。
「人道」とか、もっともらしくて耳触りの良いことは言わないのである。こういう人は信用できる。


そして後半。
アマゾンを再訪したクルーが飛行機で奥地を目指し・・・墜落する。
比喩ではなく、ほんとうに飛行機が落ちたのである。

そんなスゴイ体験のわりに、淡々と読めてしまうのは何なんだろう。
もっと生々しいドキュメントになってもよさそうなものなのに。
だから、面白いんだけど、5つ星ではない。

有名な作家になると、周囲の企画で、普通だったら行けないところに行ける。椎名誠しかり。でも飛行機事故にはあいたくない。事故にあわなくても、ものすごく虫に刺されたりもする。それも嬉しくない。でもやっぱり羨ましいなあ、、、なあんて思いながら読んだのでした。


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by foggykaoru | 2011-09-20 20:30 | エッセイ | Trackback | Comments(2)

舌の世界史

辻静雄の手になる、フランス料理に関するエッセイ。タイトルどおり歴史的なことが多い。

「美味礼讃」を読んで以来、この人には興味をもって、著書をときどき読んでいるが、そのたびに尊敬の念が新たに湧いてくる。
「コクリコ坂から」の高校生より世代的にはちょっと上だが、あの時代に若者だったといことには変わりない。
大学の卒論のテーマは「11世紀のフランス語の音韻」だと!!
恐れ入りました。
なにしろ、あとがきで木村尚三郎氏が「強靭な西欧的知性の持ち主」と評しているくらいなのだ。

こういうインテリはもう出てこないだろうな・・・。

内容は読んだとたんに忘れてしまった(号泣)が、良質なエッセイだということは断言できる。
ここんとこ、あまりピンとくる本に出会えていなかくて、精神的に飢えていたので、この本を読んでほっとした。

最後の章は「こういう料理にはこのワインがお薦め」という内容。
私には縁が無いのでちょっと退屈したけれど、ワイン好きにはこの部分こそいちばん面白いのかもしれない。

古い本なので新刊では入手できません。
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by foggykaoru | 2011-09-15 20:58 | エッセイ | Trackback | Comments(2)

もうひとつのイギリス史

小池滋著。

期待していた内容と違うなあと思っていたら、あとがきで著者自身が「この本は看板にいつわりあり、なのだ」と書いていた。トホホ。

副題の「野と町の物語」のほうが内容をよく表している。

とりあげられているのは、
ジョン・ポールの乱、とか。
初めて聞いたぞ。
(よく覚えていないのだが)国王リチャード2世にいろいろ要求をつきつけたら、どんどんのんでくれたので、田舎の農民たちはすっかり満足してひっこんでしまった。
でもそのあとで、約束が反故にされ、農民よりも意識の高かった改革派が抹殺される。
そのときからイギリスにおける「野」と「町」の対立は始まった・・・とかなんとか。はあ。

私なんかでなく、英国史をきちんと勉強している人向けなのではないかと思いました。

ユーズドでしか入手できないようです。
読みたい人、差し上げますよん。
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by foggykaoru | 2011-09-13 19:42 | 西洋史関連 | Trackback | Comments(0)

「ケルト紀行」はまだあった

武部さんの「ケルト紀行」シリーズの残り。
「スペイン ガリシア」です。

2週間前ぐらいに読んだのだけれど、例によって読みやすく、あっという間に読了。
それきり読んだことすら忘れていた(苦笑)

ガリシア地方はサンチャゴ・デ・コンポステーラにだけ行ったことがあります。
(メインサイトに短編旅行記あり)
この本を読んだら、再訪して今度はその周辺地域もめぐってみようという気分になるかな?と思って読んだのだけれど、そこまでは盛り上がらなかったのでした。


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by foggykaoru | 2011-09-11 19:06 | Trackback | Comments(0)

コクリコ坂から

公開間もないころ、友人から「信号旗を上げる場面がある」と教えてもらったのに、「へえそうなの」と薄い反応を返しただけで、その友人をもしかしたらがっかりさせたかもしれない私です。
ちょこっと時間があったので、何か観るべえと近場の映画館で上映中の映画を検索し、ほとんど期待せずに観に行ったのですが・・・

いやあ、ツボでした。
直球どまんなか。

信号旗はどうでもいい(自爆)

全編に漂うノスタルジックな雰囲気。その中に寄り添うような、ヒロインの恋。胸キュンでございましたわ。

1963年の日本の街並みに、この夏行ってきたベトナムのホーチミン・シティーの雑駁さを感じました。ベトナムは日本より50年遅れている。つまり日本は50年進んでいる。進んでいるけれど、この先どこへ行くのだろう・・・

そして、1960年代といえば、
若者が若者らしく世間にノーを突きつけた時代。
私はその残り香をほんのわずかに知っている世代。そして、「三無主義」「四無主義」の世代。今の何もしない若者のさきがけ。ああ、なんだか自責の念が湧いてきてしまう。。。

「カルチエ・ラタン」を始め、フランス文化が今よりもずっと日本の若者にとって近い存在だった時代。
主人公「海」が「メル」と呼ばれるのはフランス語で海が「mer(メール)」だからだし、そもそもコクリコだってフランス語。
ここまでは原作どおりなのだろうけれど、
週刊カルチエ・ラタン編集長の机の上にあるのは仏和辞典。
哲学研の男子は「実存主義」を口走り、壁には「人間は考える葦である」と書いてある。

仏文畑のおやじさんたちが作ったスタジオジブリの面目躍如というか。


それにしても、子どもや若者に受け入れられるのでしょうか。
50代以上限定なんじゃないかと心配になってしまいます。

また、何故に今、この作品を?という疑問が湧いてきまして、公式サイトの宮崎駿のコメントを読んでみたのですが、原作のマンガを「たいした作品じゃない」みたいに言っていたりして、謎はますます深まったのでありました。
謎が氷解したのはこの記事のおかげです。
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by foggykaoru | 2011-09-04 22:34 | 観もの・聞きもの | Trackback(3) | Comments(8)