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身体をいいなりにできるか(2)

続きです。


耳鼻咽喉科の検査では、部分麻酔をかけて鼻から内視鏡を通し、「エー」とさまざまな高さで声を出しました。

結果: 声帯には異常無し。

悪性ポリープでなかったことに、ほっとすると同時に、がっかりしました。原因がわからないとは。
声が出にくいという現実、そしてこの不快感、喉のいがらっぽさは何?
と、暗い目をしてすがるように尋ねる私に、医師は
「鼻と喉の境目あたりの上咽頭と呼ばれる部位の粘膜が少し腫れているようだ。しかも、粘膜が乾いている」
不快感はそのせいかも、と。
かかりつけの医者には、この1年の間に何回も喉を見てもらっていたのに。
「そんなに腫れていない」と言われて1年になるのに。

「このあたりは、外からはなかなか見えないところなのです」

ってことは

1年間、風邪が治りきらなかったってことね!

疲れやすいわけだ。

そして納得。

というのは、昔から、自分の弱点は鼻の奥だ、と感じていたからです。
子どものときから、風邪の予後が悪い。必ずと言っていいほど鼻が治らない。
鼻汁が前から出ず、後ろにまわる。
「後鼻漏」と呼ばれるものです。
この嫌な症状にとりつかれていた2、3年前のある日、ネットで調べてこの名称を知りました。

年をとって、弱点がいよいよ弱くなってきたわけです。
しかも、年をとって、粘膜を潤す力も弱くなってきた。

で、治療法は?
医師は「うーん」と唸り、「まあ、毎週ルゴールを塗りに通うとか」
あんまり決め手はないんだよねという感じがありあり。
「ま、今日もせっかくだから塗っておきましょう。炎症があるところがしみるはずです」
しみました。

そして、薬を処方してくれました。
それが漢方薬だったのです。

えーっ、なんだなんだ。

というのは、かかりつけの医師が漢方医なのです。
20年ぐらい前から漢方派になりました。
洋薬に比べたら、漢方のほうが数倍マシ、と実感しています。

実家から独立する際、今住んでるところに決めたポイントの1つも、当時かかっていた漢方医に通いやすいということでした。
その漢方医は、自分自身が風邪体質だったせいか、私の喉の奥を一生懸命覗いてくれました。
そしてしょっちゅう「粘膜が乾いているなあ」と言っていました。
その時よりも今はさらに乾いているわけです。

彼が引退したとき、ネットで探しまわって見つけたのが現在の漢方医。
総合的に処方がうまいのはむしろこちらだと感じています。
でも、彼は内科が専門なので、それほど喉の奥までは見ない。(そもそも上咽頭はよく見えない)
だから1年間、「そんなに赤くないですよ」で済ませられてしまっていたのです。

処方された漢方薬---「桔梗石膏」と「麦門冬湯」という薬です---を飲み始めました。

すると
乾いていた粘膜が湿ったせいでしょう、鼻汁が盛大に垂れ始めました。
薄い鼻水がひっきりなしに喉に回る。
これぞ正しい「後鼻漏」(苦笑)
気分悪っ!

これって、たとえて言えば、下痢なのに便秘で出なかったのが、便秘が治って盛大に下痢するようになった、という状況じゃないの?
このままで治るとは到底思えない。
だからって、ルゴール塗ってもらっても、一時しのぎにすぎないだろう。

2月末の歌の本番までに喉を治すにはどうしたらいい?

(3)に続きます。
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by foggykaoru | 2013-01-31 20:43 | Trackback | Comments(0)

身体をいいなりにできるか(1)

ここんとこ、病気関連の本を読んだこともあり、「健康」がマイブームです。
いや実のところ、これは昔からマイブームだった。

以前からたびたび書いていますが、私はあまり身体が丈夫ではありません。
幼稚園のときは1年のうち50日くらい休んでいました。小学校に上がってかなり丈夫になり、小1の欠席は20日あまり。その後も常に二桁。もっとも、小5から小6にかけてはクラスが面白くなくて、ちょっとでも喉が痛いとサボっていた(当時の心の友はランサムでした)ので、もしも学校が楽しかったら10日を切ることができたかもしれません。
中学になったら楽しくなり、風邪を引いても必死で登校するようになりました。ただ、中高にはクラブ活動がある。授業だけなら楽なんだけど。
高校も楽しかった。週4日、6時までクラブで歌うのは体力的にかなりきつかったけれど。私の最低年間欠席数は、高1か高2のときの6日です。ここまで減らすことができたか!と嬉しかったので、覚えているのです。

弱いのは呼吸器。風邪を引きやすく、治らない。
風邪薬を飲んでも効いたという実感がわかない。
確かに飲めば感じは変わるのだけれど、どうもしっくりしないのです。
痛んでほつれた布地を補修するために、釘で板を打ちつけたような。このやり方は正しくない、という感じ。
一応症状を抑え込んでいるけれど、ほんとうには快方に向かっていないでしょ!>自分の身体
という感じ。

社会人になってからは、身体をいたわりつつ、「なんとか」この年まで働き続けてきました。
「なんとか」というのは、
たとえば、ホームページ開設から間もないころ、ひと冬風邪が治らなかったことがあります。
気管支に入り、咳が止まらない。
結核にでもなったか!と病院で検査を受けました。
「風邪サイト」を作れるんじゃないか、そのタイトルは「風邪とともに生きる」でキマリだよね、などと1人でウケていたことを覚えています。

今から1年あまり前に引いた風邪のあと、急激に体力の衰えを感じました。
治ったはずなのに、ひどく疲れやすい。休日に遊びに行く元気が出ない。
咽喉の調子が戻らない。違和感がある。冷たくて乾いた空気を吸うと咳こむ。大きな声を出すとすぐに枯れる。

おかしいおかしいと思いつつ1年たった頃、久しぶりに歌を歌う機会がありました。

ところが! 声が出ない。
長年練習していないから、昔ほどの高音が出ないのはわかっている。
でも、この出なさ加減は尋常ではない。苦しい。
苦しくて歌うのが楽しくない。
この歌好きの私が歌を楽しく歌えないなんて。
(老後は声楽でも習おうかなんて思っていたのに)

おかしい、絶対におかしい!

声帯でも痛めたのだろうか?
ポリープ?
何か悪性のものだったら大変だ。
専門医にみてもらわなければ。

幸いなことに、自宅からいちばん近い総合病院の耳鼻咽喉科に喉関係の専門医がいるということがわかりました。ネットってほんとに便利♪

12月上旬、満を持して病院の門をたたきました。

(2)に続きます。
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by foggykaoru | 2013-01-30 22:20 | Trackback | Comments(2)

困ってるひと

『身体のいいなり』の著者・内澤さんがブログで紹介していたので読んでみた。話題の本なんですってね。

大野更紗という人の病気体験記。1984年生まれ。若い!
ミャンマー問題に興味を持ち、フィールドワークのために精力的に飛び回っていた24歳の彼女を、ある日病魔が襲う。

病気自体がすさまじいのだが、それに輪をかけて、病名がつくまでの検査がすさまじい。
人間ドックの胃の透視程度だってダメージがあるのに、彼女の受けた検査は「健康な人でも死ぬんじゃないか?」と言いたくなるほどキツイ、痛い。
そしてようやく自己免疫不全の難病だという診断が下る。
病名がわかっても治療法があるわけではない。すべては対症療法。ステロイド剤やら何やらの塩梅が非常に難しく、医師の処方もヤマカン的。
量が多すぎるとこれまた死にそうになる。

「壮絶な闘病生活をユーモラスに描いている」という点で、高く評価され、賞を受賞したそうで、確かにその点がきわめてユニーク。
でも表面的なテンションの高さに惑わされてはいけない。
底流にある、ものの見方は公平。
極限的な状況に置かれているけれど、一本芯が通っている。たいしたもんだ。
個人的に「エクストリーム」とか「アメイジング」とか、カタカナ英語が多いのは気に入らないのだけれど。

日本での入院生活というのは、家族がいないとやっていけない。
大野さんの場合、両親はいるけれど、福島に暮らしている。彼女の医療費のためにせっせと働いているので、そうそう東京に来れるわけではない。
勢い、大学の友人に頼むことになるのだが、友人の側にだって限界はある。

熱帯雨林のレビューを見ると「医師に対する感謝が足りない」とかいうのもあるが、それは的外れだと思う。
大野さんは心から感謝しています。でも、自分は健康で病人の気持ちを本当には理解していない医師の不用意な一言には、ひどく傷つくのです。それを正直に書いて何が悪い。この本、医師や医師の卵は読むべきです。

大野さん以外にも、医師ですらよくわからない難病に苦しむ人はたくさんいることでしょう。そんな人々が戦う相手は病魔だけではない。病気と同じぐらい恐ろしいのは日本の医療制度の欠陥という怪物である。

そして、そういう人々すべてが文章を書けるわけではない。
だから書ける人は書くべきです。それはミッションです。

興味を持った方、この本はぜひ買って読んでください。


この本をプロデュースしたのが高野秀行氏だということを知ったのは、読んだ後でした。高野さん、いいことしましたね。


この本に関する情報はこちら

絶賛生存中の大野さんのブログはこちら
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by foggykaoru | 2013-01-29 21:40 | エッセイ | Trackback | Comments(2)

『ホビット』マニアにお薦めのレビューはこちら

静かにフェイドアウトしつつある映画『ホビット』ですが、みなさまは何回ご覧になりましたか?
私は字幕版・吹き替え版それぞれ1回ずつ、合計2回です。
2回「も」と言うべきなのでしょうか、世間的には。
でも、『ロード・オブ・ザ・リング』三部作のときに、それぞれ5、6回ずつ観て、さららにDVDを劇場公開版と特別版を購入し、それにも飽き足らずにフランス語版やドイツ語版、イタリア語版までチェックしたことを考えると、2回「しか」観てないのです。ごめんねPJ。
(そう言えば、『王の帰還』は日本公開前にフランスとイギリスで観たんだったっけ。でも、私の場合はあくまでも観光の「ついで」であって、映画を観ることが目的ではなかった、ということだけはこの際はっきりさせていただきます。あの当時、指輪の幽鬼は映画を観るだけのために海を渡ったのです。)

要するに
『ロード』のときは延々と語れた私ですが、『ホビット』は語れません。
♪オタクじゃないのよ私は ha ha---(古くて失礼)

でも、オタク語りを聞いて(または読んで)、その面白さは理解できるくらいにはオタクなわけで。

そんな私が今、大注目しているのは、my deepest maniac friendである、銀の匙さんのブログ「The Palantir」
「オタク語りなんかこわくない」というあなたにお薦めします。
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by foggykaoru | 2013-01-28 20:49 | 指輪物語関連 | Trackback | Comments(2)

魂のピアニスト

ピアニスト、フジコ・へミングの自伝。

以前、テレビで話している彼女を観て、「強烈!」と思った記憶があるが、この本を読んで納得した。

まず、母親が強烈。
強い子どもでなかったらつぶれてしまうんじゃないか。
そしてつぶれない子どもはさらに強くなる。

追い打ちをかけるのが国籍問題。
スウェーデン国籍の父親を持つ彼女はスウェーデン国籍だったのだが、長年一度もスウェーデンに行かなかったから、国籍を抹消されていた。そして日本は国籍をくれない。ひどい話だ。無国籍のままほうっておくなんて人権問題だ。

そしてようやくかなったドイツ留学。極貧の中で暮らす。
日本に帰るか? 
母親は「日本にはあなたの活躍する場なんてない」とばっさり。
ようやく注目され始め、大々的にリサイタルを開こうという矢先に倒れ、聴覚を失う。
療養後、ある程度は回復するが、聴覚は完全にはもとに戻らない。
演奏家としての道はなかば諦め、教師として生きようと、資格を取る。
15年間ドイツに暮らすことにより、年金を受給する資格を得る。
晩年になってから日本で急に注目され、演奏家として活躍する。

こんな人生を送ってきた人が強烈にならないはずがない。

「書きおろし」とあるが、「語りおろし」という感じ。
字が大きくて、1時間ぐらいで読み終えた。
巻末に載っている彼女の絵日記やイラストがなかなかのものである。
そのセンスはデザイナーだったという父親ゆずりなのだろう。
骨の髄までアーティストなのだなと思った。

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by foggykaoru | 2013-01-26 20:34 | 伝記・評伝 | Trackback | Comments(2)

世界のシワに夢を見ろ!

高野秀行著。
文庫化された高野本はすべて読んだつもりだったが、まだこれが残っていた。

高野さん自身が旅で体験したトホホ話、トンデモ話を集めたもの。
表題の趣旨は「世の中がアメリカ化するということは、世界にアイロンをかけてのっぺりさせるようなこと。でも、面白いのは『シワ』の部分なのだ」ということ。
『シワ』というのは辺境のことかと思いきや、フランスでのネタもある。あそこは辺境か? 
あっ、アメリカ的じゃないということね。

『アヘン王国』からの帰国の際のすったもんだネタがある。
『辺境中毒!』にもそれに関連するネタがあったけど、まだあるのだ。
ほんとにネタの宝庫ですね高野さんという人は。
アフリカ人はだいたいにおいて大阪人であるのに対し、エチオピア人は京都人、というのが印象的。大阪人からは「偏見だ」とクレームがついたらしいけど、私は大阪人じゃないから「ふむふむ、そーなのか」と納得して学習してしまった(笑)

もともとコミック雑誌の連載コラムだったというだけあり、どれもがひじょーに軽い。ひじょーに読みやすい。読みやすいにもほどがある。ここまで書くか!という内容のものも有る。
高野本の場合、私はもっと力が入ったタイプの本のほうが好きだけれど、これはこれでとても面白い。

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by foggykaoru | 2013-01-23 21:00 | エッセイ | Trackback | Comments(4)

近代美術の巨匠たち

高階秀爾著。
2008年に岩波現代文庫として出版された本だが、もともとは1969年に美術出版社から刊行されたもの。その後、青土社から刊行されてから、さらに文庫化されたのである。

フランスの印象派以降の有名な画家の生涯が要領よくまとめられている。さすがいろいろな出版社から出ただけのことはある。さすが高階さん。

高階さん自身、「絵画を鑑賞するために必要不可欠というわけではない知識」だと言っているけれど、有名な人の生涯というのは、それ自体、けっこう興味をそそられるし、なんてったって高階さんだし。高階さんを越える人は、今後なかなか出ないだろうとしみじみ思った。


読んだとたん忘れてしまったことが多い(汗)けれど、印象的だったのは

・ゴッホの唯一の理解者だったとされる弟テオだが、実際は特に兄思いだったわけではないようだ。兄弟の中でいちばん成功したから、ゴッホをはじめとする他の兄弟を援助しただけのこと。「兄思いのテオ」というイメージはテオの未亡人の演出によるらしい。

・「ルノワールは陶器の絵付け職人だった、印象主義の画家の中で、唯一、職人階級の出だった」ということは、高階さんの他の本で知ったけれど、絵付け職人から画家に転身した大きな理由は、機械による絵付けが可能になったため。手描きの陶器の人気が下がってしまい、仕事がなくなったのだという。これにはびっくり。


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by foggykaoru | 2013-01-22 21:01 | 伝記・評伝 | Trackback | Comments(6)

思わぬところでビルボに会いました

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年末に乗ったアシアナ航空機で。
たった2時間のフライトなのに映画が選べるのです。

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こちらは相棒のネクロマンサー、、、じゃなくてシャーロック(笑)

そうです、まさか「ホビット」が観られるはずがありません。
観たのは「シャーロック2」
ただし、英語版+ハングル字幕。あの早口英語の聞き取りは超難しいし、ハングル解読は不可能。

というわけで、単なる「環境ビデオ」として楽しんだのでありました。

年末のソウル弾丸旅行記はメインサイトで連載中。
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by foggykaoru | 2013-01-19 15:14 | メインサイトのボツ写真 | Trackback | Comments(0)

ガヴロッシュ歌う『ちびっこ仲間』英仏版の違い[追記あり] 

この楽しい歌は映画『レ・ミゼラブル』ではかなりはしょられていましたが、確かフランス語版はめちゃくちゃフランス臭かったはず、と思って確認してみました。


まずはフランス語版。日本語訳だけご紹介します。
(ガヴロッシュのソロパートはかなり超訳で、コーラスパートは抄訳です)
原詩を見たい方はこちらへ。

題名: 『・・・のせい』
地べたに倒れたのはヴォルテールのせい
どぶに鼻をつっこんだのはルソーのせい
俺が公証人でないのはヴォルテールのせい
俺が小鳥なのはルソーのせい
[コーラス(~なのはヴォルテールのせい ~なのはルソーのせい)]
俺は地べたに倒れた
どうやって転んだかは神様だってご存知ない
俺のことを自分の子どもだとわかってくれるおやじもお袋もいない
だから自分で家族を作ったのさ
家族がいない奴らと一緒に
ぼろは着てるけど愉快な奴らで
こんなにでっかい心を持ってるんだ
[コーラス お前が楽しい奴なのはヴォルテールのせい 服がボロなのはルソーのせい]
俺は裸足だけど
この足はちゃんと前に進むぜ
気に入ったものは取っちまう
金を払う? そんなこと問題じゃねえ
店のおやじやおかみなんか みんなアホ
[コーラス お前を捕まえるには おまわり1人じゃ足りない]
俺のことはみんなが知っている
クリニャンクール(注:パリの地名です)からベルヴィル(注:これもパリの地名)まで
俺はみんなに好かれてる
おまわりは別だけどさ
俺は入ってくるものと
入ってこないもので暮らしてる
次のメシのメニューなんか知らない
着てるのがボロなのは
[コーラス ルソーのせい]

まだまだ続くのですが、繰り返しが多いので省略します。

とにかく、すべてはフランスが誇る偉大な思想家ヴォルテールとルソーのせい。
なぜこの2人なのか? 
そんなに悪い人じゃなかったと思うんだけど。
偉そうで鬱陶しい存在だったのかな?

それはおいといて、この歌詞の最大の魅力は
「ヴォルテール

「ルソー」(厳密に言うと「オー」なのですが)
に合わせた脚韻です。
聞きたい方はこちら


さて、英語版です。
題名は『Little people』、すでに原詩とはかけ離れている。だから日本語の題名は『ちびっこ仲間』。

They laugh at me, these fellas,  奴らは俺のことを笑う
Just because I am small  俺がちびだからってだけで
They laugh at me because I'm not hundred feet tall! 俺の身長が100フィート無いから
I tell 'em there's a lot to learn down here on the ground 
奴らに教えてやる
下々の世界には勉強することがいっぱいあるんだって
The world is big, but little people turn it around!
世界はでっかいけど、ちっこい俺らがひっくり返してやるんだ

A worm can roll a stone ミミズだって石を転がせる
A bee can sting a bear  蜂だって熊を刺すことができる
A fly can fly around Versailles ハエだってベルサイユの周りを飛べる
'Cos flies don't care! ハエは気にしないからな
A sparrow in a hut あばら屋のスズメだって
Can make a happy home 幸せな家庭を作れる
A flea can bite the bottom 
Of the Pope in Rome! ノミだってローマ法王のケツを噛めるんだ

なかなか面白いですねえ。
「てのひらを太陽に」を思い出すけど(笑)


フランス語版は生活感、「どん底感」があふれています。どん底で必死に生きている。
これこそ「レ・ミゼラブル」、すなわち「惨めな人々」

英語版は切迫感が薄い。
たいして惨めじゃない。

英語版はディズニー、と言ったら怒られますか?



[1/19追記]
むっつりさん、ラッコ庵さんのコメントに触発されて、少し調べてみました。
最初から調べろって? すみません。

フランス革命の種子を播いたのは啓蒙思想。
その立役者がルソーやヴォルテールだった。
せっかく革命を起こしたのに、それに続く恐怖政治→ナポレオン帝政→王政復古、という流れの中で、庶民の暮らしはいっこうによくならない、ということがこの歌の底流に流れているのでしょう。
これは英語圏の一般観客に通じるはずがない。
だからディズニーでいくしかない。

悪口言ってるみたいに聞こえるかもしれませんが、Little peopleの歌詞は素晴らしいと思います。
特にミミズのくだり。
リズムにばっちり乗れるし、脚韻も効いている。
し・か・も 内容がある。
名訳です。
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by foggykaoru | 2013-01-18 22:02 | 観もの・聞きもの | Trackback | Comments(6)

身体のいいなり

『世界屠畜紀行』の内澤旬子著。

この本、ベストセラーなんですってね。

正月に実家に行ったら見つけまして。
なんでも、叔父が母(つまり叔父の姉)に電話をかけてきて「この本は面白いから買って読め」と言ったんだそうな。(買ってプレゼントしてくれたんじゃなくて)
言われて素直に買った母。実はそんなに感銘を受けなかったらしいのだけれど。

で、私はというと、私は面白く読みました。

相当ハードな旅をたくさんしているはずの内澤さん、実は虚弱体質だった。
前書きに「生まれてからずっと、自分が百パーセント元気で健康だと思ったためしがなかった」とある。

これは私のことだ!

いや、正確に言うと、「百パーセント健康だと感じたこと」は1度だけある。
20年ぐらい前、もっと前かな? 
朝起きたときからすっきりして、元気モリモリだったのだ。
くもり空がすっと晴れ渡った気持ちがした。
たぶん、あのときは朝から血圧が110ぐらいあったのだろうと思う。
そして3日後、再び空が曇った。たぶんまた血圧が下がったのだ。

なおも読み進むと、
「小さいとき、三度の食事は苦痛。夜眠れなかったらどうしようとしょっちゅう心配していた。外で遊ぶよりも家でごろごろしているほうが好きだった」と。

これは私のことだ!

と、また思ったのだが、内澤さんの不健康さはすごかった。
「風邪を引きやすい。一度引くとなかなか治らない」という程度の私とはレベルが違う。
ほんとにあちこち具合が悪いのです。すごい。よくもまあ。

そして乳癌になる。

この本が他の追随を許さないのは、単なる「癌克服記」ではないこと。いや、事実上克服したんだけど。完治ではなく。(癌は完治しないから。)

乳癌の手術の後、乳房の再生手術も受けている。
婦人科の病気は癌に限らずいろいろ精神的にたいへん、という話は聞くけれど、なるほどねえと思った。
内澤さんは言っている。
「この分野にはもっと女性の医師が必要」と。なるほどねえ。

医師であり、小説家である南木佳士は言っている。
「医者という職業はハードだから、元気でないとできない。だから医者は患者の気持ちがわからない、ということに、病気になって初めて気づいた」と。
ましてや、女性特有の病気にかかった女性の気持ちを、男性医師がわかるはずない。
このハンデをカバーするには、豊かな想像力と思いやりを備えた男性でなければならない。
そういうこと、医学部ではちゃんと教育してるのかね?

あと、内澤さんは、いつも不健康だったから、それが「常態」で、どういうことが健康なのかわかっていなかったのだそうだ。
なんとなくわかる気がする。
どういうことが健康なのかわかっていないということは、目指すものが見えないということだ。
だから、健康になろうという努力ができない。

内澤さんは癌になってからのほうが元気になった。
その立役者はヨガ。
けれど、これは結果オーライ、ひょうたんから駒、犬も歩けば棒に当たったのである。

我々の最も身近なところに謎に満ちた神秘の世界がある。それが身体。

この本に関する情報はこちら

内澤さんのブログはこちら
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by foggykaoru | 2013-01-16 22:00 | エッセイ | Trackback | Comments(4)