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二重らせんの私

副題は「生命科学者の生まれるまで」
著者である柳澤桂子氏は1938年生まれで、日本における女性科学者の先駆けである。アメリカで博士号を取得したが、難病に侵され、働き盛りの頃に研究職を断念せざるを得なくなり、サイエンスライターとなったという。

ずっと前に古本屋で買ってあった。でも理系の話は苦手。ずっと「積ん読」状態だった。あらこんな本があったのね、じゃ読むか、と思ったのは、、、O保方さん騒動の影響です。

幼い頃から生物が大好きだった著者が、博士号を取るまでの自伝です。とても良質な本です。大したもんです。行間に知性があふれている。

彼女がアメリカ留学したのは、遺伝子がどんどん明らかになりつつあった時代。たぶん、現代の生物学の夜明けみたいな時期。研究者にとっては胸躍る発見がたくさんあったのでしょう。メッセンジャーRNAとか、あー高校で習ったんだけど、何が何だかわかんないんだよねー状態の私には、やっぱりちょっと読むのが面倒臭くて、理解する努力をせずに飛ばし読みでした。すみません。

でも、全体的には全く難しくありません。なにしろ自伝ですし。

O保方さんがねつ造したんだか、わかりやすいようにと切り張りしたんだかはわかりません(でも切り張りはダメでしょ!って文科系の私でも思う)が、ひとつ言えるのは、彼女の記者会見には「あふれる知性」は感じられなかったということ。少なくとも私には。もちろん普通に知的な感じはしたけれど。あ、意味不明ですかね。あのぐらいの口がきける人は私の周囲にもけっこういるよねーという印象。ごめんね口が悪くて。(考えてみたら男性科学者だって「あふれる知性」を感じさえる人はそんなにいないかも)

とにかく、この本を読んだ直後にあの記者会見を見た私は、人間が小物化しているという印象を強く持ってしまったのでした。たぶん科学の分野に限ったことではなく。

エピローグで著者は言う。
お金がからんできたために、生命科学の様相は一変してしまった。あのコロンビア大学の教授たちのもっていた、豊かな水をたたえた大河のような雰囲気は失われた。研究者たちは手に手にDNAの入った試験管をもって、何かに追い立てられるかのように全速力で走りだした。いったいどこへいこうというのだろうか。
門外漢の私がこの言葉の重さをかみしめることができたのは、O保方さん騒動のおかげです。ありがとうございました。


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by foggykaoru | 2014-04-16 20:04 | 伝記・評伝 | Trackback | Comments(9)

再び、立ち上がる

東北に基盤を置くローカル紙、河北新報の震災関連記事をまとめた本。
「河北新報のいちばん長い日」を読んで、この会社に肩入れしたくなって、購入しました。(印税は義援金♪)

報道を通じて聞いた話がかなりあるけれど、面白い、、というと語弊があるけれど、interestingです。
なにしろ新聞記事、読みやすくて「半身浴のおとも」にする前に、つるつると一気に読んでしまいました。

日本人なら読んでおいていい本です。
いや、翻訳されて外国で出版されてもいいと思う。

津波のとき、車が渋滞した。
「車を捨てて逃げろ」と言っても、多くが車にとどまり、津波で流された。津波を甘くみた、あるいは車を惜しんだ。あるいはその両方。
過去の津波の体験や言い伝えを覚えていて救われた人々もいれば、過去の大津波でもこの地域は大丈夫だったからと、逃げ遅れた人々もいる。
すべてが「私」だ。
どの人々の気持ちもわかる。
自分がどの人間になるかは、「そのとき」になってみなければならない。


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by foggykaoru | 2014-04-12 08:13 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

今になって初めて観ました

昨年夏、母をバリ島に連れて行きました。
今年はどうしようかと考えたのですが、7~8月に気候が良くて、遠すぎなくて(インドネシアが限界)、のんびりしていて、あまり歩かなくてすんで、だからと言ってビーチリゾートしかないようなところではなくて・・・という条件を満たす外国は、もう思いつきません。

考えあぐねた末、東北復興応援旅行を思いつき、「『あまちゃん』ロケ地巡りはどう?」と母に水を向けたところ、予想以上の好感触。

で、復習のために、久しぶりにNHKオンデマンドを観に行きました。
そしたら、まあなんと嬉しいこと♪
昨年の紅白のあまちゃんコーナーが配信されているではありませんか。
非常に力が入ったコーナーだったと聞いていましたが、ここまでとは。感動しました。
なによりキョンキョン。よく引っ張り出したなあ。
そして、鉄拳のアニメ。ステキです。ユイちゃん、ついに東京に来れたんだね!

本当だったら、全面復旧した三陸鉄道の南リアス線と北リアス線を全部乗りたいのですが、その間のJR山田線の不通部分がいかんともしがたい。南リアス線は割愛せざるを得ないでしょう。ほんとに残念です。
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by foggykaoru | 2014-04-07 22:35 | 観もの・聞きもの | Trackback | Comments(6)

あなたを抱きしめる日まで

この春観た、もう1本の映画。こっちは現在公開中。実話に基づいた映画です。

今をさかのぼること50数年前のアイルランド。
未婚なのに子供をみごもってしまった「ふしだらな娘」フィロミナが保護を求めるところは修道院以外になかった。我が子に関する一切の権利を放棄した契約書にサインするしかなかった。
しかし、生き別れた子供のことを忘れる日はなかった。
なんとかして会いたい。
そんな彼女に、ひょんなことで関わりを持ったのがマーティン。政治ジャーナリストだったけれど、今は失業中。とりあえず食っていくために、一度は「くだらない」と切り捨てたネタを追うことになる・・・

主人公の老女フィロミナを演じているのはジュディ・デンチ。彼女を観に行ったんですが、これが期待どおりの名演。彼女なくして成立しない映画です。

フィロミナは教養の無い庶民の女性。修道院での過酷な体験にも関わらず、いまだに敬虔なカトリック信者。
一方のマーティンはインテリです。もちろん宗教には懐疑的。

なかなか面白い映画です。
普通にロードムービーとして観ても、たぶんかなり楽しめます。「子に対する母の愛」は世界共通だし。

でも実は敷居が高い映画です。

たとえば、「そうそう、レーガンはアイルランド系だもんね」とか思いつく人のほうが楽しめる。

そしてさらに、最終的に、宗教的なテーマに入り込んでいくのです。
とても深い。海のように深い。
「ぴあ映画生活」のレビューを一読したけれど、そこのところを正しく指摘したレビューは非常に少ない。

「アンチ宗教」的なエンディングだけど、そのわりには中途半端だなと不満を覚える人が少なくないかもしれないけれど、そうではないのです。この映画は全然アンチじゃない。

以下、ネタバレを含みます。
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by foggykaoru | 2014-04-05 19:14 | 観もの・聞きもの | Trackback | Comments(4)

戦火の馬

興味があったけれど見逃した映画。
友人宅のホームシアターで鑑賞する機会を得ました。

原題は「War Horse」
直訳すれば「軍馬」なのだけれど、素敵な邦題でよかった。「ウォー・ホース」なんかだったら泣いちゃう。

第一次大戦を背景に、馬と少年の絆を描く。
というより、戦争に翻弄されたお馬さんがたくましく生き抜くお話。
はい、主人公は馬です。
そしてこの馬が主演男優賞モノの名演技を披露します。しかもイケメンです。(サラブレッドだから)

とってもヒューマン。スピルバーグがディズニーと組んで作った映画なんだから、お子様向け。良い映画ですが、ヒネた大人の目には甘いと映るでしょう。
でも、「カラーパープル」のハッピーエンドを観て映画館の椅子から落っこちそうになった経験のある私は、最初から「スピルバーグなんだし」と思って構えていたので、ぜんぜん大丈夫でした。

で、この映画、なんともともとは舞台作品なのだそうです。
舞台を観て感動したスピルバーグが映画化を思いついたという。
舞台では人間が馬を演じました。
そのメイキング画像をネットで見たのですが、かなり感動でした。
今年の夏に日本公演するそうなので、観に行こうかと思案中。


舞台で人間が馬を演じるのもすごいことです。
それを映画化すると、ホンモノの馬が演じることになる。
同じ物語であっても、媒体の違いによって、根本的に違う作品になる。

でも、馬だけじゃないのです。
舞台作品を映画化すると、もとの作品の構成が映像の向う側に透けて見えてしまうことが多い。
ああ、ここは上手と下手それぞれをピンスポで照らして、違う場所で起きた出来事を同時進行で見せてるんだろうな、、とか。
この映画にはそういうことはありません。
映像作品として一級品。オリジナル。

英国軍の将校は「マイティー・ソー」のロキでした。今回は良い人でしたよ。
そして、その友人である隊長は「シャーロック」です。ちょび髭付けてるせいでわからなかったのですが、エンドロールに出てきたので、慌てて映画を観なおしました。
あんなにたくさん喋っているのに気付かなかった私は、シャーロック・ファンを自称する資格なんか無いかも。

私のオタクなツボ(もう十分にオタクですか?)はこちらです。
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by foggykaoru | 2014-04-03 21:28 | 観もの・聞きもの | Trackback | Comments(4)

河北新報のいちばん長い日

河北新報は仙台に本社を置く地方紙。創刊以来、(休刊日を除いて)毎日地元の情報を伝え続けてきたこの新聞「いちばん長い日」とはもちろん3.11、東日本大震災の日。その日からの悪戦苦闘の記録である。

あれから3年。日に日に報道がまれになり、被災者でない私にとっては過去のものになりつつある。いかんなあと思っていたら、書店で見つけた。

新聞社自身、つまり記者たちがまとめた本だから、読ませるという点では鉄壁。

印象的だったのは、新聞という今や究極のアナログ媒体の重要性である。
日頃はテレビやネットなどで情報を得ることができる。また、緊急情報はツイッターが強い。
でもやっぱり、新聞は必要なのだ。

河北新報は輸送や販売網がずたずたになった中で、宅配を続けた。
情報を待ち望む人々は口々に「ありがとう」と言い、むさぼるように読んだという。

震災で電源が落ちたとき、オール電化の家はどうしようもなかったという。それと同じ。

自然災害をはじめとする、さまざまな理由で新しい技術がダウンしてしまうという可能性はいつだってあるわけで、そういうときは、もはや時代遅れと思われていたものが意外な強みを発揮する。
新聞をとらなくなって久しい私だが、やっぱり新聞は必要なのだ。

あとは、地元に根付いた地方紙の重要性。東京在住の人間にはあまり関係ないんだけど。
福島原発が危ない!となってから、全国紙はそちらにシフトしてしまった中、河北新報は震災プロパーの情報を発信し続けた。

一読しておいていい本だと思う。

この本に刺激を受けて、Youtubeの震災関連の動画をいくつか見た。

震災直後は、テレビのニュースで見た動画が中心だった。
でも今はもっといろいろな動画がある。
印象的だったのは、高台から撮影されたもの。沖合を撮影しているのだけれど、最初の数分間、ほとんど動きがない。やがてさざ波が静かに川面に見え始める。それが次第に大きくなり、突然牙をむく。この変化がすさまじい。
テレビでは派手な場面だけを編集して見せられたのだけれど、その部分だけでは津波の恐ろしさの半分しか伝えられていない。

被災者の心情を慮って、もはやテレビでは津波の映像は流れない。
それは理解できるけど、果たしてそれでいいのだろうか?という疑問もわく。


この本に関する情報はこちら
当時、実際に河北新報を手にした人々のレビューは必読。
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by foggykaoru | 2014-04-01 21:43 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(6)