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家族の悪知恵

副題は「身もフタもないけど役に立つ49のヒント」
サイバラの人生相談、第二弾です。
第一弾に劣らず面白い。

「夫が亡くなって気落ちしてどうしようもない」
という人には
「死んだのが子どもでなくて亭主だったことをラッキーと思え」
とか。

私にとってビックリだったのは、鴨ちゃんを看取ったあと、サイバラが得た彼氏が美容整形外科医の高須センセイだったということ。
知らなかった~

一番面白いのは、巻末の「母子座談会」
サイバラの息子さんと娘さんが登場。
いい子たちだ~ 
ちゃんと愛情を受けて育つとこうなる、という見本。
サイバラ偉いじゃん。

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by foggykaoru | 2015-03-29 10:33 | その他のジャンルの本 | Trackback | Comments(4)

酔いがさめたら、うちに帰ろう。

サイバラこと西原理恵子の元・夫、鴨ちゃんこと鴨志田穣(ゆたか)の私小説。
自らのアル中の記録である。

依存症というのはほんとうにどうしようもないんだなということがよくわかる。
最終的には鴨ちゃんがアル中を克服し、サイバラのもとに戻り、末期がんで間もなく亡くなったということを知ったうえで読んだのだけれど、十分面白い。

お薦めです。
でも汚いのに耐えられない人はダメかも。

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by foggykaoru | 2015-03-27 19:17 | 普通の小説 | Trackback | Comments(0)

指輪コンサート

2年前は参加者だったけれど、今回は観客です。
今回のコンサートは吹奏楽と管弦楽の2本立てですが、歌い手の募集は無かったのです。

開場1時間前から整理券を配ると聞き、そんなに混むのか? いやいやそりゃあり得ないでしょ、と迷いつつ、開場5分くらい前に到着。
でもよかったです。
こんな力の入った整理券を手にすることができたのですから。

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しかもこの整理券、入場のときには返却するんです。だから持っていられたのはほんの5分。
いい紙できれいな出来なのに、廃棄したのでしょうか。そんなまさか。
終わってからメンバーに記念品として配ったのではないかと思うんですが、実際のところはどうなんでしょう?>参加したTMさん

そして入場。
整理券と引き換えにもらったのは、指輪愛のあふれたプログラム。

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いよいよ開演。

第一部は吹奏楽。
映画のホビット1部と2部、そして「王の帰還」。
うーん、ホビットには思い入れがなくて・・・

第二部は管弦楽。
「旅の仲間」と「二つの塔」

素敵でした。
でも、「ローハン」はフィドルのソロで聴きたかった。
「エントの行進」はソプラノのソロで聴きたかった。

第三部はヨハン・デ・メイの交響曲「指輪物語」
これは以前、吹奏楽バージョンを聴いたことがあり、CDも持ってます。
第一楽章の「ガンダルフ」がかっこいいんですよ。

実に高水準の演奏でした。1000円ぐらい払ってもよかった。
もしもたとえコーラス隊の募集があったとしても、私なんかの出る幕じゃなかった。(第一、私の喉はまだガサガサで、ろくに歌えないし)


アンコールでは「今回で旅の仲間は解散です。このメンバーがそろうのは今日が最初で最後」という指揮者の言葉があり、吹奏楽メンバーも加わっての「ガンダルフ」
すごい迫力でした。弦楽器は必死だったんじゃないかしら。

ところで、以前からの疑問なのですが、ヨハン・デ・メイはなぜこの5楽章にしたんだろう?
だって、「ガンダルフ」「ロスロリアン」「スメアゴル」「暗闇の旅(モリア)」「ホビット」なんですよ。
ローハンはどうした?
エントはどうした?
ゴンドールは?
滅びの山は?

一緒に行ったMFさんと「ヨハン・デ・メイは第一部しか読まなかったのだろうか?」と話し合いながら帰途につきました。
「モリア」と「滅びの山」はかぶるところが多そうだけど、「エオウィン」あたり、独自色のある曲が作れそうなのに。
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by foggykaoru | 2015-03-24 19:31 | 指輪物語関連 | Trackback | Comments(6)

永遠に捨てられないもの

今日のネタはマニア向けです。多くの方にとっては謎だと思いますがご容赦ください。

「断捨離」とか「こんまり」がブームになるよりもずっと前、思い立って大々的な片づけをしたことがあります。
当時の主眼はあくまでも整理整頓だったので、今回に比べると、捨て方が甘い。
それでも「これは捨てていいんじゃないか」と思ったものがある。

それはこの3冊の辞書。
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辞書は(古語辞典でもない限り)生もの。
特にこの程度の日常使いの外国語の辞書は、どしどし新しいのに買い替えるべき。

でも捨てられなかった。

その理由は見開きにあります。
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ラテン語です。
その昔、イギリスの学生が、辞書の見開きに書いたのだそうで。
「この本はわたしのもの 
 証人は神様 
 もし盗めば 
 首つりにされる」(神宮輝夫訳)

これを書いたときの気持ちがよみがえってきて、どうしても捨てられないのです。
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by foggykaoru | 2015-03-19 19:19 | 児童書関連 | Trackback | Comments(4)

捨てられるもの、捨てられないもの

服と本の仕分け&断捨離は楽に進みました。

でも、本棚には普通の本以外のものもあるわけで。

まずはピアノの楽譜。
子どもの頃に習っていたときの楽譜をすべてとっておいたのですが、老後の楽しみでピアノを弾く場合、メンデルスゾーンの無言歌集とかショパンのワルツ、ベートーベンやモーツアルトのソナタなら弾くけれど、無味乾燥なツェルニーは絶対に弾かない自信がある。
だからその手の教則本は全部処分。


そして学生時代の教科書やノートの類。
実家を出るときにもってきたのは、外国語の教科書とノート、そして言語学関連の授業のノートだけ。すでに相当絞ったラインナップです。

フランス語以外の外国語に関しては、ノートは処分し、教科書(初級中心)だけをとっておくことにしました。何か調べたいことがあったら、教科書だけで十分だから。

でも、フランス語に関しては一切捨てることができない自分を発見。「捨てようか?」と自問した瞬間、切ない気持ちになってしまいました。
「アーベーセー」のレベルのノートも、上級のノートも捨てられない。
何かを確認するためにノートを確認することなんてあり得ないのに。
私の人生においてフランス語の占める部分がいかに大きいかということを実感しました。

言語学関連のノートもちょっと捨てにくい気分。
でも、数日後に、ふと「捨ててもいいや」と思う可能性がなきにしもあらず。
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by foggykaoru | 2015-03-16 21:38 | Trackback | Comments(6)

実家の片づけを思い立ったら

父が亡くなってもう2年になるのですが、実家には父の蔵書と背広が山とあります。
それを片づけたい母。でも片づけられない。そんな母をずっと放っておいたのは悪かったなあと。
「誰か着てくれる人(&読んでくれる人)、いないかしら」
「いないって。捨てるしかないのよ」
「もったいない」
こんな会話を何十回したことでしょう。

ちょうど母が入院した頃のこと、普段よく行く書店に「実家の片づけ」本のコーナーが新設されてました。あらあら、世の中にはうちみたいな状況の人々が多いんだな。

この春、母が実家に戻るとき、車のある弟の協力を得て、実家の男物衣類(弟が置いていった背広もある)をすべてもっていってもらうことにしました。

父の蔵書は私が専門的な古書店に送りつける。(普通のところでは受け付けてくれない本が多いので)
段ボールを弟が手配し、私が荷造りして宅配業者に頼むのです。
段ボール箱を入手して着払いで送る、ということを、母はできなかったのです。
そもそも段ボール箱を手配できない。
さらに「荷造りしたら宅配業者に頼めばいいのよ」と言うと「そんな重い荷物を運ばせたら腰を悪くするわ。可哀想」
このあんまりな言い訳に呆れ返ってしまった私は、母自身がしんどいのだ、ということに思い至らなかった・・・

・・・ということを考えていたら、自分の部屋こそ片づけが必要だということに気づいてしまいまして。

今やすっかり断捨離モードです。
「今日は何を捨てようか」と考えていると、プライベートの時間の使い方が変わってきます。
本読む暇なんかなくなる(苦笑)

ここんとこ、ブログやメインサイトが放置っぽかったのは、
咳でくたびれていたということがある。
母のことをいろいろ考えなければならなくて、精神的に余裕がなかったということもある。

でも、最近は自分の部屋の片づけを第一にしているせい。

古着はどんどん捨て、ものによっては小さく切って使い捨て雑巾に。
でも、ちょっといいスーツとかコートはさすがに捨てる気になれず・・・
だからと言って、遠くのリサイクル店に電車賃を使って行く気にもなれず。

そんな折も折、区のリサイクル事業を検索してみたら、ちょうどその日が月に1度の「洗濯してある古着ならなんでも引き取ってくれる日」でした。
素晴らしいタイミング!
しかもリサイクルセンターはうちから徒歩圏内だった!
バックパックに洋服をパンパンに詰めていきました。

洋服の断捨離は一段落。リサイクルセンターに持っていくものがさらに出てきたので、袋に入れてまとめてある。
不要の本も「捨てる」「新しくてきれいだからブック・○フで売る」「古くてちょっとマニアックだから行きつけの古書店に持ち込む」の3つに分類。
引き出しの中の小物類もがんがん捨てて整理。引き出しがスカスカになりました。
昔の写真。子ども時代のアルバムと海外旅行の写真は残す。それ以外はイベントごとに1枚残してどんどんシュレッダーへ。
またしばらくして「ん?これっていつの写真?」となったら、順次廃棄する方向。

断捨離を始めたら、電池が山ほど出てきました。一生分ありそう。
それと、ブティックのレジ袋。
ここ20年、まったく使っていなくて存在すら忘れていたバッグもごろごろ。

だんだん部屋が広くなり、快適度上昇中。
すごくやりがいがあります。
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by foggykaoru | 2015-03-13 21:06 | Trackback | Comments(14)

母に老人ホーム入りを承諾させた究極の方法

話が逆になってしまいましたが、母の老人ホーム入りの顛末をご紹介します。

2月に入り、そろそろ退院後の身の振り方を決めなくてはならないという頃のことです。

弟と私は「寒い実家に直帰するのは無理」ということで意見が一致し、弟はもっぱら「サ高住」、私は介護付き老人ホームを見学して回ったのですが、母にぴったりという感じのところはない。どこも帯に短し襷に長し。

老人ホームの中で一番マシなのは、「老人ホームめぐり(5)」の3件目。南向きの明るい部屋だし、周囲の環境もいい。食事も美味しい。
母を連れていってみたところ、「へええ、思っていたよりも良い部屋ね」
でも、自分より介護度が高い人が多いのに顔をしかめます。
しょうがないんです。母は足が悪いだけで、あとはぴんぴんしてるんだから。

そうこうしていたら、弟宅から自転車で行ける距離のサ高住に空きが出たとの情報が入りました。
この物件は、「身体を言いなりにできるか(40)」の物件と同じ会社の経営。
この会社、たぶんサ高住の最大手。すさまじい勢いで新規開設を続けているので、逆に心配になってしまう。
(弟によれば、違う経営母体のもっと良い物件はあったけれど、遠すぎるし、今のところ空きが無いのだそうで。)

ここに母を連れて行きました。
部屋を見学。IHクッキングヒーターが1つあるだけのミニキッチンを見ます。
「ここじゃあ朝ごはんくらいしか作れないね」
ということで、昼食を試食。
ここの食事は給食センターから運ばれたもので、ネットの口コミによると、決して美味しくはないらしい・・・

食べてみて・・・
うーーーむ、、、まずい!!
美味しくないとは聞いていたけれど、これほどまでとは。

この後、正月以来初めて実家に戻り、濃いコーヒーを淹れてまずい食事の後味を消し、二人で母に迫りました。
私「風邪を引いて従兄・従妹会をドタキャンされて、私たちだけが行くなんてことになったら嫌よ。とにかくそれまでは暖かいところで過ごしてちょうだい」
弟「サ高住と老人ホーム、どっちにする? 今日決めてくれよ」
母「あんなまずい食事じゃ嫌だわ。老人ホームのほうがいい」

やった~~!
心の中でガッツポーズ&ハイタッチを交わす弟と私。

母を病院に送り届けてから、弟は言いました。
「実家と老人ホームじゃ勝負にならない。だからサ高住と老人ホームで勝負させたんだよ」
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by foggykaoru | 2015-03-11 21:15 | Trackback | Comments(0)

身体を言いなりにできるか(41)

これは連載記事です。
(1)からお読みになることをお薦めします。
次の記事へのリンクを貼ってあるので、読んでいくと自然にこの記事まで到達できます。

=================

風邪を引かなくなった!と言ってましたが、正月明けにしっかり引いてしまいました(号泣)
ものすごい咳が出る風邪です。
子どもの頃から、風邪による咳には苦しんできましたが、今回のはちょっと違いました。
咳がひどくて一晩中眠れない、そのあげく、胸やわき腹の筋肉痛になって朝起き上がるのが大変、というのは初めて。喘息の人の苦しみが少しわかった気がします。
医者曰く「今年流行っているのはインフルエンザ、ノロ、そしてこの咳の風邪。そして一番治らないのがこの風邪。寝込まないからです」

その言葉どおり、非常にしつこかったです。
周囲にも同じ風邪の人がいて、同病相哀れむ状態。
しかも私には上咽頭炎という持病がある。後鼻漏が喉を刺激するため、風邪を引いていなくても空咳が止まらないことがある。そこに、この風邪の咳が加わったわけ。

昔と違うのは、風邪を引いても入浴できる体力がついたこと。
昔ほど厚着をしなくても寒くなくなったこと。

Bスポット療法はまだ続けています。
鼻からの治療はあまり痛くなくなっていますが、喉からゲッとなるところに消炎剤を塗ると、まだまだかなりしみます。
日常の不快感も続いています。楽しく歌える日はいつ来るんだろう・・・


で、今日のメインは私ではなくて、母の話題でして。

以前も書きましたが、2、3年前から、片方の大腿部の外側の痛みをしきりに訴えるようになり、外科的な検査をやりつくしたけれど、原因がわからなかった。
痛みをかばって変な歩き方をするから、不安定で危なっかしい歩き方になった。
歩くことが減って体力が落ち、ますます歩けなくなった。
そして転んだ。
薬害により、骨の柔軟性がなくなっていて骨折しやすくなっていたため、大腿骨が真ん中からポキンと折れた。

手術後、リハビリ病棟に移り、理学療法士にじっくり診てもらったおかげで、ようやく痛みの原因(たぶん)がわかりました。
左右の足の長さが違うんだそうです。
そして歩くとき、片方はまっすぐ出るけれど、片方は内またになる。
あと、足を組む癖がいけない。物心がついたころから、座ると常に足を組んでいたのだそうです。
80年余続いたアンバランス状態の結果、過重な力がかかっていた部分が悲鳴を上げた、ということのようで。

リハビリ病棟で母は正しい歩き方を習い、自分でできるトレーニング方法も学び、短いほうの足の靴に薄い中敷きを入れてもらい(でも母に言わせると、入れても違いはまったくわからないそうで)、2月下旬、退院しました。

両手で杖をつけばまっすぐ歩けるようになった母は、しきりに自宅に帰りたがりました。
理学療法士は「ヘルパーに来てもらえば独居はOK」と言いましたが、彼は母の風邪体質を知りません。
一冬風邪が治らないことだって珍しくない。私と同じで。(いや、私が母と同じなのです。)
10月から病院にいて、一度も今年の冬を経験していない母が、寒い木造家屋に戻るのは危険すぎる。

さらに、4月上旬に母の伯母の追悼式を兼ねて従兄・従妹会が催されることになったのです。そんな会合はおそらく最初で最後。
私と弟が「おつき」として同席しなくてはなりません。
「その会に出たいなら、老人ホームで体調を整えていてくれ。私たちはお母さんのために行くんだから。今度こそ出席できるように」

というのは、11月、母が骨折して入院したときに、母の兄にあたる伯父が急死したのです。
母にとっていちばん身近な身内だったのに、葬式にも行けなかった。
今度はそんなことがないように。

というわけで、「春になるまで」という約束で母は老人ホームにいます。
自分で食事を作りたいとか口走ってます。
骨折する前、「もう料理するのに疲れた」とか言ってたのを、すっかり忘れちゃってるのよね。



で、今日の結論。

座るとき、足を組んではいけません。

======

(42)へ続く。(このポストから9か月もたってますが)
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by foggykaoru | 2015-03-09 20:57 | Trackback | Comments(8)

たくまざるユーモアを感じました

c0025724_117672.jpg昨年の10月に刊行されたのに、購入するのを忘れてました。「六人」とこの作品にはあまり思い入れがない私。
というわけで、逆に妙なストレスなく読めました。「キャプテン・フリント」は自動的に「フリント船長」と読み替えるんですがね(苦笑)

この本はタイトルどおり「女海賊の島」の物語。子どもたちは問題じゃない。
ミス・リーが登場しているところは面白い。
特にラテン語!! 今回読んでみて、これは「ネタ」だなあとしみじみ思いました。英国人のユーモアだと思う。

思い入れはなくても、この言葉は小学生の私の心に焼き付いています。
仕事をもっていて、そのやり方を心得ているということは、この世でいちばんいいことの一つだ。

この台詞を万年プー太郎に言わせているのもユーモアなのかな?
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by foggykaoru | 2015-03-08 11:15 | 児童書関連 | Trackback | Comments(4)

父への恋文

著者は藤原咲子。
新田次郎と藤原ていの娘。藤原正彦の妹。
副題は「新田次郎の娘に生まれて」

「藤原ていの娘に生まれて」ではないのです。

引き揚げ時には乳のみ子だった著者は、兄たちとは違い壮絶な体験をはっきり記憶しているわけではない。でも潜在意識にはしっかり残っていたようだ。言葉が遅かったのは(栄養不足で成長が阻害されたということもあろうが)、精神的な傷によるところが大きかったらしい。
そんな娘に対して、深い愛情を注いだ父。
気象庁職員と作家という、二足の草鞋をはいて、普通の人の二倍忙しかったのに。たいしたもんだ。

で、「お父さんが死んだら、お父さんがどうやって小説を書いたのか、書くんだよ」と言われて育ったのだそうだ。すごい宿題出されちゃったのね。

「流れる星は生きている」の書きぶりから想像できるけれど、藤原ていという人はなかなかすごい人だったようで。子供三人を連れ帰ったというバイタリティーもすごいけど、それ以前に「もって生まれたキャラ」が強い。「たまたま」作家になったのだけれど、作家になるべくしてなった人なんだろうなと思う。
そんな人が母親だと子供はけっこうきつい。
そのうえ、自分が生きているのはその母親のおかげ。
一生涯頭が上がらない。感謝してるんだけど、きつい。

野次馬な私にとっては、なかなか興味深い一家です。

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by foggykaoru | 2015-03-07 21:14 | エッセイ | Trackback | Comments(0)