"B"と"V"(その1)

"V"は上の前歯で下唇を軽~く噛み、摩擦させて出す音。日本人が苦手とする音の1つです。
でも、外国語では"B"と"V"は別の音なんだから、ちゃんと区別して発音できないと国際人として恥ずかしい…のでしょうか?
いえいえ、"B"と"V"を区別しない言語は日本語以外にもあるのです。

それはスペイン語。
スペイン北西部の海沿いに、Vigoという町があります。これは「ヴィーゴ」ではなくて「ビーゴ」。スペイン語では"V"と書いても、発音は"B"と同じだから。

"B"と"V"が区別しにくいことは、歴史的にも明らかです。

ラテン語では「本」は"liber"です。

イタリア語は、ラテン語の娘と言われるだけあって、「本」は"libro"。「本屋」は"libraio"です。東京には「リブロ」という本屋はあっても、「リブライオ」は無い(たぶん)

ラテン語の姪ぐらい?の立場にあるフランス語では、「本」は"livre"になります。
フランス人の先祖であるフランク人たちは、ラテン語を聞き間違えて覚えたわけ。
それなのに、「本屋」が"librairie"なので、フランス語を勉強する人は、非常に頭にきます。私も頭にきました(苦笑)
この"librairie"が英語に入って、"library"になったわけです。

(こういう話をする場合、ほんとうは、ヨーロッパ言語の実例だけでは不十分なのですが、知識が無くてできません。(涙))

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

余談ですが、一昔前のイギリスのエリート学生は、
Hic liber est meus   この本は私のもの
Testis est deus    証人は神様
Si quis furetur    だれかが盗めば
Per collum pendetur  首をつられる

というラテン語の言葉を、辞書の見開きに書いたのだとか。
オッシャレ~♪と思った私は、ひところ、手持ちの辞書のすべてにこれを書きまくったものです(^^;
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# by foggykaoru | 2005-02-15 22:10 | バベルの塔 | Trackback | Comments(2)

アレクサンドラ・リプリー著「スカーレット」(新潮社)

たまには本の話題を出さないと(苦笑)

「あのスカーレットとレットがついに帰ってきた!」と話題になって既に久しい。森瑤子氏が翻訳したということも、当時はかなりの話題になったものだが、マーガレット・ミッチェルの「風と共に去りぬ」とは違って、今やすっかり忘れ去られてしまった。まあ、これは当初からある程度、予想できたことかもしれないけれど。それでも、スカーレットの「明日は明日の風が吹く」という台詞に感涙したことのある人にとって、楽しめる作品ではある。

だが、ここでこの作品をとりあげることにしたのは、小説として優れているということからではないのである。

恋愛小説としては、この程度のレベルのものは、たぶん他にもごまんとあるのではないかと思う。それよりも私にとって、この作品の価値は、アイルランド史を教えてくれたことにあった。そこにスカーレットとレットの恋路がからんでくるのだから、これはかなりオトク感があるというものだ。

オハラ家はアイルランド系移民。その農場「タラ」の名前の由来は、ダブリンにほど近い、非常に有名な地名であり、観光名所になっている。著者リプリーが目をつけたのはその点だった。執筆前、彼女はアイルランド各地に取材旅行をしたに違いない。アイルランドに行ってみて、私はその感を強くした。肝心のタラには行けなかったんだけど(涙)

というわけで、「風と共に…」が好きで、アイルランド旅行の前に手っ取り早く、しかも楽しく歴史を勉強したい人にお薦め。ただし、恐ろしく厚いです。けれど、「風と共に…」が読めた人なら大丈夫。(もちろん)どちらかというと女性向け。
「愛蘭土紀行」と併せて読めば、鬼に金棒!?
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# by foggykaoru | 2005-02-13 09:48 | 過去に読んだお薦め本 | Trackback | Comments(8)

小説のアニメ化について

友人と「ハウルの動く城」を観てきました。
この映画は最後のほうになるとわけがわからなくなる、と聞いていたのですが、原作を読んである私たち2人には十分理解可能なもので、納得の結末でした。
でも、「映画だけを観てわからないのだったら、映画作品としては失格」と言われても仕方がないのかも。
噂どおりハウルは思い切りかっこよかったし、噂どおり声優キムタクは素晴らしかった。
そして、倍賞智恵子のどこがよくないのか、私たちにはわかりませんでした。
ソフィーの実家の赤い壁、私にはツボでした。ああ、そうそう、これなのよ、ヨーロッパの路地裏にはああいう壁の家があるのよ。きれいに塗り込められていなくて、濃淡があるところが最高!

そして、十分予想はしていたけれど、ここまで原作を変えるのか!とびっくりしました。

以下、ネタバレです。なぜか最後はランサムの話まで出ますが、真面目なランサマイトはお読みになりませんように。

ネタバレはこちら
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# by foggykaoru | 2005-02-11 18:20 | 児童書関連 | Trackback(1) | Comments(4)

ベルヴィル・ランデブー(2)

ベルヴィル・ランデブー(1)の続きです。

「指輪物語」に登場する"Sackville-Baggins"は、瀬田貞二氏の訳では「サックル=バギンズ」。あれも「サックヴィル=バギンズ」のほうがいいのかな?と思ったあなたはかなりの幽鬼です(笑)

一昔前までは、多くの日本人にとって、「ヴ」という音はなじみがなく、ちょっと前までは"Beethoven"は「ベートーン」でした。
最近は、英語の影響で"v"の音を発音できる人が多くなってきたためか、「ベートーヴェン」になりつつあります。

さて、言語学の立場では、これをどう考えるのでしょうか。

答えを読みたい方はこちら
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# by foggykaoru | 2005-02-10 19:38 | バベルの塔 | Trackback | Comments(4)

ベルヴィル・ランデブー(1)

フランスのアニメ映画「ベルヴィル・ランデブー」を観ました。なんと2回。
1回目に観たときは、奇想天外な筋立てにびっくりし、大笑いしている間に終わったのですが、2回目はしみじみと楽しみました。非常に丁寧に作り込まれているし、グロテスクにデフォルメされたキャラクターたちが、見れば見るほど可愛く見えてくるのが不思議。傑作です。お時間があったらぜひご覧下さい。

ところで、今回のテーマは映画の内容ではなくて、タイトルです。

この映画の原題は"Les triplettes de Belleville"(ベルヴィルの三つ子)。それを日本では「ベルヴィル・ランデブー」というタイトルにしたのです。

"Belleville"という町の名前は、パリに実在する庶民的な地区の名称を借りたもので、それを「ヴィル」と書くのは、今や普通です。
問題は、残りの「ランデー」のほう。
これは"rendez-vous"、英語の「デート」に当たる単語です。
なぜこれを「ランデー」と書かないのか?

私が小さかった頃、「ランデブー」という外来語は、今よりもっと使われていたように思います。
そして、その当時は、「ランデー」ではなくて「ランデー」と表記されていました。と思います。断言できるほど、記憶が定かでないので。だって私はとても小さかったから。ほんとですよ。(←くどいって)

ランデ
ランデ

あなたはどちらで書くべきだと思いますか?
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# by foggykaoru | 2005-02-09 20:49 | バベルの塔 | Trackback | Comments(3)

美しい光景

c0025724_21472276.jpg新宿紀伊国屋本店にて。
アーサー・ランサム全集、久しぶりの勢揃いです。。。と思ったんですが、よくよく見たら、7巻が抜けてます(^^;;  
写真撮り直しに行かなくちゃ。

図書館の書棚に並んでいてもなかなか気づいてもらえないのは、このケースを取っちゃうせいだと思うんですけど。
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# by foggykaoru | 2005-02-08 21:48 | ランサム・チェック | Trackback | Comments(6)

インフォーマント

前項で書いたように、ある国や地域の言語の現時点における様相を知りたければ、インフォーマントを相手に調査することになります。
で、そのインフォーマントは、言語学の知識などない、普通の人のほうがいい。
そして、何が調査のポイントなのか、知らせてはいけない。
知らせると予断を与えることになり、その人が本来持っている言語感覚を左右することになるからです。
だから、「歌うとき『ん』の音をどう発音するか知りたいのだ」などとは、口が裂けても言ってはいけない。

また、こんなことも。
方言調査の際には、決して「方言調査をしています」と言ってはならない。
言ったが最後、インフォーマントである田舎のおじいちゃんやおばあちゃんは、堅く口をとざしてしまう。
ではどうしたらいいか?

大学の先生はこうおっしゃいました。

「そういうときは、私どもは『里ことばを学ぶ会』のものです、と言うのですよ」

ふーん、なるほどねえ、、、と、若かかりし私は感じ入ったのでした。
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# by foggykaoru | 2005-02-07 21:14 | バベルの塔 | Trackback | Comments(4)

「ん」について

日本語の「ん」という音は不思議です。子音なのに、単独で1音節となる。
わかりにくい言い方してごめんなさい。つまりたとえば、歌詞の中に「ん」という音、というか、文字があった場合、作曲家はこれに音符を1つ与えるのです。(例外はあります。つまり、「おん」とか「さん」とか、「○ん」という音を1つのまとまりとして、作曲することもあります。)
そして、同じ「ん」で表記されても、日本人は場合に応じて発音しわけます。

たとえば

ふーじは にーっぽいちのー やまー

「にーっぽいち」の場合は、口をとじずに、だからといって、"n"の発音のように舌先を上あごにつけることもせずに、私たちは歌います。ごく当たり前に、難しいとも感じずに。でも、これって外国人には難しいことなのではないかと思うのですが、どうなんでしょう。

ゆうやーけ こやけーの あかとーーぼ

の場合は、次に「ぼ」つまり"bo"という、口をとじる音がくるから、当然口をとじます。

こんな例があります。都はるみの「北の宿から」です。どうも出す例が古くてごめんなさい。

なー ごころのー
みれんー でしょう

最初の「」は、舌先を上あごに付ける"n"の音として発音します。当然、口はとじない。これは次に「な」つまり"na"が来るから。
面白いのは次の「んー」。こっちはしっかり口をとじる。つまり"m"の発音をする。
次に来るのが「で」つまり"de"の音なのに。"d"という音も、"n"と同様、舌先を上あごにつけ、口をとじないで発音するのだから、「未練でしょう」と普通に喋るとき、私たちは「ん」では口をとじないのです。
つまり、「みれんー でしょう」と歌うときに口をとじる理由は、「ん」を長く伸ばすからという一点のみ。だと思うのですが、以前、このことを友人に話したら、「都はるみだから、うなるために口をとじるということでしょ」と軽く言われました。
でも、都はるみでなくても、この歌を歌うときは、みんなそうなってしまうのではないかと思うのですが、カラオケで歌う方、いかがですか?

ところで、これはいかがでしょう?

みーあーげてーごらんー よるのーほーしをー

この「んー」は口をとじるのでしょうか? あけるのでしょうか?

日本人は歌うとき、「ん」の音の高さと長さによって口をとじたり、あけたりするのではないか。

これは言語学の立派な論文になるのではないかと思うのです。
そのためには、「ん」が入っているさまざまな歌を用意して、何人もの実験台(=インフォーマント)に、実際に歌ってもらわなければなりません。

その際、インフォーマントは西洋式の声楽にほとんど触れたことがない人でなければならない。

実を言うと、この駄文を書くにあたり、私は「ん」で口をあけるかとじるかで、かなり混乱してしまいました。そのため、この記事は最初に書いたものを、大幅に書き直してあります。
なぜそんな混乱をしたかというと、私は学生時代合唱部に所属していて、指揮者から「ここの『ん』は口をとじるな」というような指示をしばしば受けたことがあり、日本人としての素朴な感覚を失っている面があるからです。そういった体験が土台にあってこそ、このテーマを思いついたわけなのですが、思いついた本人は、インフォーマントとしては不適格なわけです。

言語の歴史をたどるタイプの言語学の場合は、文献を読むことが研究の中心となります。
それに対して、現代の言語のありようを分析するタイプの言語学の場合は、文献は研究の一助にすぎない。そして、テーマを見つけるためには、ある種のセンスが必要だけれど、結論を導き出す際は、自分の感覚があてになるとは限らない。

こんなところに言語研究の難しさがあるのだということに、改めて気が付いた今日1日でした。学生やめてから「ん」十年もたった今になって気が付くなんて遅すぎるって。
でもまあ、年をとっても新しい発見があったのはよかったのかな、ということで。
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# by foggykaoru | 2005-02-06 18:30 | バベルの塔 | Trackback | Comments(6)