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天災から日本史を読みなおす

今から3週間ぐらい前に読了。
著者は磯田道史。かの「武士の家計簿」を書いた人です。←偉そうに言ってるけど未読
「日本エッセイスト・クラブ賞受賞!」という帯につられて購入。
そういう惹句にけっこう影響される私です(苦笑)

とても読みやすくて面白かった。
もうあんまり覚えてないけど(涙)
東日本大震災の津波関連の話が中心かと思ったら、それ以外にもいろいろ。
古来から日本には地震が多いのだけれど、それが日本史に影響している。
秀吉も大震災で動きを止められてしまったのが、あとあとまで響いた、とか。

著者は以前から日本の自然災害の記録に興味を持っていて、ずっと調べていたんだそうで。
だから付け焼き刃じゃないのです。

日本人なら読んでおいていいかもよ。
でも私みたいにすぐ忘れる人は読んでもしょうがない?!(自爆)

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by foggykaoru | 2015-09-30 20:17 | 日本の歴史 | Trackback | Comments(2)

再び、立ち上がる

東北に基盤を置くローカル紙、河北新報の震災関連記事をまとめた本。
「河北新報のいちばん長い日」を読んで、この会社に肩入れしたくなって、購入しました。(印税は義援金♪)

報道を通じて聞いた話がかなりあるけれど、面白い、、というと語弊があるけれど、interestingです。
なにしろ新聞記事、読みやすくて「半身浴のおとも」にする前に、つるつると一気に読んでしまいました。

日本人なら読んでおいていい本です。
いや、翻訳されて外国で出版されてもいいと思う。

津波のとき、車が渋滞した。
「車を捨てて逃げろ」と言っても、多くが車にとどまり、津波で流された。津波を甘くみた、あるいは車を惜しんだ。あるいはその両方。
過去の津波の体験や言い伝えを覚えていて救われた人々もいれば、過去の大津波でもこの地域は大丈夫だったからと、逃げ遅れた人々もいる。
すべてが「私」だ。
どの人々の気持ちもわかる。
自分がどの人間になるかは、「そのとき」になってみなければならない。


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by foggykaoru | 2014-04-12 08:13 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

今になって初めて観ました

昨年夏、母をバリ島に連れて行きました。
今年はどうしようかと考えたのですが、7~8月に気候が良くて、遠すぎなくて(インドネシアが限界)、のんびりしていて、あまり歩かなくてすんで、だからと言ってビーチリゾートしかないようなところではなくて・・・という条件を満たす外国は、もう思いつきません。

考えあぐねた末、東北復興応援旅行を思いつき、「『あまちゃん』ロケ地巡りはどう?」と母に水を向けたところ、予想以上の好感触。

で、復習のために、久しぶりにNHKオンデマンドを観に行きました。
そしたら、まあなんと嬉しいこと♪
昨年の紅白のあまちゃんコーナーが配信されているではありませんか。
非常に力が入ったコーナーだったと聞いていましたが、ここまでとは。感動しました。
なによりキョンキョン。よく引っ張り出したなあ。
そして、鉄拳のアニメ。ステキです。ユイちゃん、ついに東京に来れたんだね!

本当だったら、全面復旧した三陸鉄道の南リアス線と北リアス線を全部乗りたいのですが、その間のJR山田線の不通部分がいかんともしがたい。南リアス線は割愛せざるを得ないでしょう。ほんとに残念です。
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by foggykaoru | 2014-04-07 22:35 | 観もの・聞きもの | Trackback | Comments(6)

河北新報のいちばん長い日

河北新報は仙台に本社を置く地方紙。創刊以来、(休刊日を除いて)毎日地元の情報を伝え続けてきたこの新聞「いちばん長い日」とはもちろん3.11、東日本大震災の日。その日からの悪戦苦闘の記録である。

あれから3年。日に日に報道がまれになり、被災者でない私にとっては過去のものになりつつある。いかんなあと思っていたら、書店で見つけた。

新聞社自身、つまり記者たちがまとめた本だから、読ませるという点では鉄壁。

印象的だったのは、新聞という今や究極のアナログ媒体の重要性である。
日頃はテレビやネットなどで情報を得ることができる。また、緊急情報はツイッターが強い。
でもやっぱり、新聞は必要なのだ。

河北新報は輸送や販売網がずたずたになった中で、宅配を続けた。
情報を待ち望む人々は口々に「ありがとう」と言い、むさぼるように読んだという。

震災で電源が落ちたとき、オール電化の家はどうしようもなかったという。それと同じ。

自然災害をはじめとする、さまざまな理由で新しい技術がダウンしてしまうという可能性はいつだってあるわけで、そういうときは、もはや時代遅れと思われていたものが意外な強みを発揮する。
新聞をとらなくなって久しい私だが、やっぱり新聞は必要なのだ。

あとは、地元に根付いた地方紙の重要性。東京在住の人間にはあまり関係ないんだけど。
福島原発が危ない!となってから、全国紙はそちらにシフトしてしまった中、河北新報は震災プロパーの情報を発信し続けた。

一読しておいていい本だと思う。

この本に刺激を受けて、Youtubeの震災関連の動画をいくつか見た。

震災直後は、テレビのニュースで見た動画が中心だった。
でも今はもっといろいろな動画がある。
印象的だったのは、高台から撮影されたもの。沖合を撮影しているのだけれど、最初の数分間、ほとんど動きがない。やがてさざ波が静かに川面に見え始める。それが次第に大きくなり、突然牙をむく。この変化がすさまじい。
テレビでは派手な場面だけを編集して見せられたのだけれど、その部分だけでは津波の恐ろしさの半分しか伝えられていない。

被災者の心情を慮って、もはやテレビでは津波の映像は流れない。
それは理解できるけど、果たしてそれでいいのだろうか?という疑問もわく。


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当時、実際に河北新報を手にした人々のレビューは必読。
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by foggykaoru | 2014-04-01 21:43 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(6)

節電の一環として

エアコンを買い換えました。

別に今のエアコンの調子が悪いわけじゃない。
でも、最近のエアコンは節電機能が進んでいると言われます。
「どうせお金を払うなら、感じ悪い東電よりも、家電メーカーに払ってあげよう」という考えで。

しかも、いまどきのエアコンにはフィルターお掃除機能が標準搭載ときている。
これは買いかえるっきゃないでしょ!

実は先週の日曜日に取り付けのはずだったのです。
でも、私の部屋はエアコンが設置できる壁面が限られていて、契約したエアコンが取り付けられなかった(涙) 再度店頭に行って別のエアコンに契約しなおし、晴れて本日、設置成功とあいなりました。

新しいエアコンの試運転をしてみたら、風の強いこと!
いくら強風モードだからって、こんなに強くなくてもいいかも。

スイッチを切ったら、いくら分の電力を使ったかがリモコンに表示されました。
ひょえ~ 頭いい! 
節電気分が盛り上がりそうです。
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by foggykaoru | 2012-06-24 15:43 | Trackback | Comments(6)

私的東北応援キャンペーン旅行(6)

c0025724_21504945.jpgマンガロードから少しはずれたところに復興商店街がありました。でも客はほとんどいません。もうちょっと目立つところに作ればもっと観光客が来るだろうに。

ここで買ったゴマ味ソフトクリームをなめながら車に戻り、日和山に登りました。

この丘にはもともと石巻城があったそうですが、今や閑静な住宅地になっています。丘の上に住むのは大変でしょうが、少なくとも津波の心配だけは無いわけで。(でも大火事の延焼の危険はあったらしい。) 頂上近くは八重桜が咲き誇る美しい公園になっていました。

日和山から見た石巻の町です。中州の丸い建物が萬画館。

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横倒しになった船も見えました。

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日和山から海側を目指して下っていくと、見渡す限りの更地が広がっていました。

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このエリアには工場や住宅地が広がっていたそうですが、津波による瓦礫が日和山のふもとに押し寄せられたところに火事が発生、三日三晩燃え続けたのだそうです。気仙沼の火災は知っていたけれど、こちらは初耳でした。報道には偏りがあるのですね。

火災のあとが生々しい小学校校舎が残っていました。
ここの生徒は今、どこかの仮設校舎で勉強しているのだろうか?
fu-gaさんの答えは「ここの学区自体、消滅してしまったのだから・・・」
この校舎の写真はどうしても撮ることができませんでした。

少し離れたところに「がんばろう石巻」という碑があり、鯉のぼりが舞っていました。

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鯉のぼりのポールの高さまで津波が来たのだそうです。

道路の向かい側のテントに行ってみると、ボランティアによるショップでした。
石巻製かまぼこと福島製プロポリスキャンデーを購入。
キャンデーは原発事故以前に生産した商品なのに、「福島製」が嫌われて売れないのだとか。

ボランティアの人たちによると、このエリアの地盤は75センチ沈下したのだそうです。
道路だけは盛り土してあるけれど、前日の豪雨ではあたり一面が冠水してどうしようもなかったそうです。こういう土地は今後どう活用すればいいのでしょう?
瓦礫をうまく利用することはできないのでしょうかね。
「関東大震災と太平洋戦争で出た瓦礫で運河を埋め立ててできた道路が東京にはたくさんある」と聞いたことがありますが。

今回見ることができたのは、広範囲に及ぶ被災地のごく一部でしたが、それでも報道を通して見るのと実際に自分の目で見るのは違うということがよくわかり、行ってよかったと思いました。
特に何かできなくても、行かないより行ったほうが絶対にいい。
行くと「また行きたい」と思うはず。

さらに、地元の人の話を直接うかがうことができて、とてもありがたかったです。
特に3日目、1日中お世話になったfu-gaさん、ほんとうにありがとうございました。

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この旅行について最初から読みたい方はこちらへどうぞ。
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by foggykaoru | 2012-05-11 21:56 | ちょっとおでかけ | Trackback(1) | Comments(4)

私的東北応援キャンペーン旅行(5)

c0025724_2245897.jpg石巻に戻ってfu-gaさんお薦めのお寿司屋さんで昼食です。

「おまかせ」が3000円で食べられるなんて感動モノです。
付き出しはホヤでした。生まれて初めてだったのですが、新鮮そのもので臭みはまったく無く、ぺろりと平らげてしまいました。


昼食後はTさんのリクエストで石ノ森萬画館へ。

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川の中州にある萬画館は津波の直撃を受けて閉館中ですが、GW特別イベントとして「内部探検ツアー」が開催されていました。サイボーグ009のコスチュームを着たスタッフがいる仮設ショップでインスタントみそ汁などを購入。

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「マンガロード」を駅まで歩きます。

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私たちのような明らかな観光客の姿が目立ちましたが、このマンガロードにはお茶できる店が無いのです。こっちはお茶する気満々なのに。(レストランは2軒ほどありました。)
以前石巻に住んだことのあるfu-gaさんによると、この通りは311以前から活気がなくなりつつあったのだそうです。今やほぼ完全なシャッター通りになってしまい、シャッターどころか建物自体が無いところすらある。

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たどり着いた石巻駅も完全に009モード。

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駅前の特産品センターでお菓子と乾物を購入。

萬画館はこの夏の再オープンを目指しているとのことですが、町を歩いてみて、それがものすごい心意気なのだということがわかりました。町がこの状態だからこそ、萬画館は頑張ろうとしているのです。

萬画館のある中州も、ご多分にもれず地盤沈下したようで、素人目にも「ここにとどまっていていいのだろうか?」と思ってしまいます。それでも再開するのです。
萬画館が石巻復興の力になることを祈ります。

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私的東北応援キャンペーン旅行(6)へ続く。
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by foggykaoru | 2012-05-10 22:11 | ちょっとおでかけ | Trackback | Comments(6)

私的東北応援キャンペーン旅行(4)

3日目。
今日のガイド兼ドライバーを引き受けてくださったのは仙台在住のfu-gaさんです。

まずは石巻の先の女川へ。
写真は撮れなかったのですが、石巻の海沿いの道の脇には廃車の山が延々と続いていました。あんなにたくさんの廃車を見たのはチェルノブイリ以来です。

女川と言えば原発。
女川原発と言えば「女川原発は福島原発とは違い、津波の被害を受けず、避難住民を受け入れた」という報道を聞きましたが。

行ってみて言葉を失いました。

町が無いのです。

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家々が並んでいたと思われる平地には、土台、そして数えるほどの建物が残っているだけ。しかもその建物はひっくり返っています。

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fu-gaさんによると、ここは液状化現象が激しかったそうで、しっかりした構造の建物だけがそのままの形でごろんと倒れたのでしょう。

市街地を見下ろす丘の上に医療センターがあります。
いくらなんでもここは無事だったのだろうと思いきや、津波は医療センターの1階まで達したとのこと。
丘を登りきっても、助からなかった人がいたのです。

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津波はこれより高かった。
女川原発が津波でやられなかったのは奇跡だったのではないでしょうか。

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医療センターのそばの仮設カフェでコーヒーをいただきました。こくがあってなかなかのお味でした。

女川港は、気仙沼と同じく「天然の良港」。
うっとりするほど美しい入り江でした。

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fu-gaさんによると、市町村合併により石巻市の周囲の市町村はみな石巻になったそうです。
唯一、石巻と合併しなかったのが女川。
原発で潤っているから他と一緒になりたくないと。。。


私的東北応援キャンペーン旅行(5)へ続く
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by foggykaoru | 2012-05-09 19:55 | ちょっとおでかけ | Trackback(1) | Comments(14)

私的東北応援キャンペーン旅行(3)

c0025724_1921677.jpgバスは気仙沼市街へ。

震災以来、気仙沼に来るのは初めてだという女性添乗員が焦った声で言います。
「あらっ、ここに○○があったはずなのに!」
さらに昨日の豪雨のため、冠水して通れない道路もあるということで、かなり迂回して「さかなの駅」に到着。ここで買い物です。フカヒレス―プと昆布などを購入。

次の「復興屋台村」に着いたときは1時になっていました。ここでようやく昼食。自由昼食だというのもこのツアーのポイントです。屋台村の中ではまぐろ丼800円というのが一番人気でしたが、並ぶ根性がない私たちは別の店で海鮮丼1500円(茶そば付き)を食べました。(写真を撮るのを忘れました・・・) 新鮮な魚介類を堪能。

昼食後は2班に分かれ、ボランティアガイドの引率のもと、港の近くをひとめぐり。

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「天然の良港」という表現がぴったりくる気仙沼港ですが、とにかく地盤沈下がひどい。「海があふれそう」というのが正直な感想でした。

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c0025724_19254947.jpg瓦礫だけは撤去されているものの、あちこちに廃屋が残り、復興はまだまだという感じがします。沈んだところにまた建物を建てるわけにはいかないし。

津波だけでなく、火事でもやられたわけで、そのことを考えると、残った建物には「よくぞ残った!」と言いたくなります。でも使えるわけでもないし。市の文化財に指定されていたという風情のある建物が半分、あるいは3分の1だけ残っている場合、いったいどうやって保存したらいいのでしょう・・・

ボランティアガイドはお孫さんもいるという女性で、とてもきりっとした魅力的な人でした。現在も仮設住宅にお住まいだとのこと。

住職の話もそうでしたが、地元の人から直接話を聞けるのがこのツアーのいちばんいいところです。


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再びバスに乗り、津波によって内陸まで運ばれてしまった船の脇を通り、更地の真ん中にぽつんと建つ「復興マルシェ」に立ち寄りました。ここの牛乳ソフトクリーム美味♪

仙台への帰り道は一関経由でした。
更地と廃屋ばかりの気仙沼を見てきた私の目には、一関の町が眩しいくらい豊かに見えました。

仙台駅前着は予定よりも1時間近く遅れて20時近くでした。

夕食は駅ビルで牛タン定食。
有名な「仙台の牛タン」に興味津々だったのですが、出てきたのが「新宿ね●し」の「ねぎ●定食」そのままだったのにびっくりでした。てっきりあのお店オリジナルだと思っていたのに!


私的東北応援キャンペーン旅行(4)へ続く。
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by foggykaoru | 2012-05-08 19:57 | ちょっとおでかけ | Trackback(1) | Comments(0)

私的東北応援キャンペーン旅行(2)

2日目は気仙沼日帰りバスツアーです。これは宮交観光サービスが企画している「復興応援ツアー」のひとつ。

小雨混じりの中、内陸を北上し続けたバスは、海岸に出たとたん、激しい波頭とたちのぼる灰色の水煙に出くわしました。相当な迫力でしたが、311の津波はこの何十倍だったのでしょう。

最初の見学ポイントは地福寺

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住職の説明によると、何もないところにぽつんと建つ真新しい建物は3年前(だったかな?)に建て替えたもの。津波によって大きな被害を受け、やっとの思いでここまでの状態に戻したのだそうです。

また、311以前は周囲を木立で囲まれ、あまり見通しがきかなかったそうです。初めて来た人間は、こういうことをすべて説明してもらわないと何もわからない。

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津波のときにどうやって逃げたか、建て替えのときに尽力してくれた檀家さんの多くが命を落としたこと、等々の話が心に響きました。

お参りをして「めげない にげない くじけない」手ぬぐいを購入。

再開のめどが立たない海水浴場を横目に見ながら岩井崎へ。
311が生んだ名物である「辰の松」は、荒れ狂う海を背景に立っていました。
本来は春から夏にかけて観光客が繰り出す観光名所のはずなのに、公衆トイレの復旧もまだでした。

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私的東北応援キャンペーン旅行(3)へ続く。
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by foggykaoru | 2012-05-07 19:59 | Trackback | Comments(4)