<食>で読むイギリス小説
2009年 07月 02日
英国に興味はあっても、英文学を研究しているわけではない私にはちょっと硬すぎたかな。
「不機嫌なメアリー・ポピンズ」の著者である新井さんの文章はわかりやすかったけれど。
「ロビンソン・クルーソー」や「宝島」の言及がある。
そして、「20世紀初頭のキャンプにおけるお茶の位置づけ」とかいう記事、、、というのはさすがにありませんでした。期待させてごめん。
以下、備忘録。
その昔、ディナーは昼ごはんだったけれど、どんどん遅くなっていき、その結果、夕方にお茶(ハイ・ティー)をとることになった。でもここで重いものを食べてしまったら、ディナーに差しさわりがあるので、軽食として「きゅうりのサンドイッチ」が考案された。「上流階級はディナーが遅い」ということになったため、「無理にディナーの時間を遅くする見栄っぱり」が登場する小説があるそうだ。
たたきあげのディケンズ。後年、ゆとりのある暮らしをするようになったわけだが、なかなかのもてなし上手だったそうだ。(どうでもいいことなのだが、こういう話はなんだか嬉しくなる。)
ブロンテ姉妹の父であるブロンテ牧師。子供たちに肉を食べさせなかったのだそうだ。質実剛健に育てたくて。シャーロットを見た人が「ひからびた感じで体力がなかった」と記しているんだとか。(前から思っていたのだけれど、やっぱりいやなオヤジだ。)
オランダ人が一生懸命東洋の真似をして作り上げたデルフト陶器。これが16世紀後半、カトリック迫害にあった陶工たちがノリッジに逃れてきて、さらにロンドンのランベスに移り住んだ。「イングリッシュ・デルフト」の誕生である。(オランダとノーフォークというのは地理的に近い!というのが個人的なツボでした。さらに、「ミー・アンド・マイ・ガール」のランベス。下町です。確か、「修道士カドフェル」のあとがきに「陶工(ポッター)というのは下に見られていた」と書いてあった気がする。こういう話がつながると、ちょっぴり感動です。)
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by foggykaoru | 2009-07-02 21:16 | 西洋史関連 | Trackback | Comments(15)
ディナーなのですが、オーストラリアでは、前世紀末くらいまで、昼ごはんのことをそう呼ぶ人が少なくなかったのです。
が、今は、あまりそう言わなくなった、という感じがします。
で、夕ご飯の事は tea
supper という呼び方は、あまり聞かなかった記憶があります。
イギリス人は、supper という時は、単なる夕ご飯?
それとも夜食を指すので、殆ど用いないのでしょうかしら。
・夕食(supper)は軽め。
これは、『メアリー・ポピンズのお料理教室』(文化出版局)で知りました。レシピつき。
英国のteaという習慣は、たくさんの食べ物が出ると知ってからも、ずっとそのまんま「お茶」と訳していたのですが、naruさんのおっしゃるように、言葉のニュアンスも実質は(時間こそ早めだけど)「夕ごはん」だということを最近ようやく理解しました。ランサムでも「お茶に間に合わない」のは重大なことだし。「ドレミの歌」でもteaはa drink with jam and breadなので、「飲み物&食べ物」でセットなんですよね。
おととしノーフォーク(ノリッジ)に行ったとき、オランダからの観光客の女性に「この町にはオランダ風の建物がいっぱい」と教えてもらいました。直線距離で近そうだというのは、ランサムの7巻でイメージがあったけれど、そういう歴史があったんですね。
お茶に間に合わないと大おばさんにこっぴどく叱られますものね(笑)
スーザンあたりが「今日はもう遅いからお茶はなしにするわ」とか言っている場面もあったような。それとも「夕食はなし」だったっけ?
>「この町にはオランダ風の建物がいっぱい」
へえええ。
デルフトの街並みが頭をよぎりました。
ノリッジってあんなふうなのねー
赤毛のアン(原書で今日読み終わったところ)でも、お昼がディナーで夕方ティーですね。
で、アフタヌーンティーには、ビスケットと紅茶。
これってイギリスの一般ピープルでもおんなじだったかなぁ?
今では夕食はディナーと皆が言っているのでしょうかしらね。
(あ、この夏 私は確かめられる、はず なんですが)
naruさんのアフタヌーンティーはそれに相当するのですか? それとも夕方のティーより前のおやつ?
学校から帰ってきた子どもが、母親の焼いたビスケットを食べる、とというのが、理想的な。
もちろん、普通のスーパーなどで買える袋入りのビスケットも、たくさんありました。
ただし、小学生なら紅茶じゃなくて牛乳を飲みますが。
中学生でも男の子は牛乳派が多かったような記憶があります。
イギリス人はどうなんでしょうねぇ。
ホントに????
さんくす!

