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パルテノン・スキャンダル

朽木ゆり子著。この人の本は前に1冊読んだことがある(フェルメール全点踏破の旅)が、とても面白いというほどではなかった。悪くはなかったけれど。
この本もそんな感じ。(けなしているわけではない。)

大英博物館収蔵のパルテノン神殿の彫刻を施された大理石は別名エルギン・コレクションという。それがなぜ大英博物館にあるのかというお話。

時は19世紀前半。当時は古代芸術蒐集競争の時代だった。
その大立者がイギリスのエルギンと、フランスのナポレオン。
英国の外交官だったエルギンは「イギリスの美術の水準を上げる」という高邁な(?)使命感に燃えて、パルテノンの神殿彫刻を持ちかえろうという気になる。
ギリシャを統治していたトルコのスルタンの許しを得た、と彼は主張しているのだが、実際は微妙。「落ちているかけらや、掘って出てきたものは持っていってもいい」というスルタンの勅令を拡大解釈したというのが正しいところらしい。
トルコの統治下で、パルテノンの管理がしっかりしていたとはとうてい言い難く、外国人に手土産代わりにそのかけらを渡したりなんてことも珍しくなかったらしく、英国に言わせると「うちに持ってきたほうがきちんと管理できる」ということになる。だが、エルギンたちのやり方は相当乱暴で、大理石をはがすときに、相当痛めつけてしまった。また、大英博物館に収蔵されてから、大理石の表面をやすりでこすってしまった。今、真っ白なのは本来の彩色がはがされてしまったからなのだそうだ。

興味深かったことを列挙する。
・エルギンはハーロウ校で数年過ごしたが、当時のパブリックスクールの寮というのは非衛生的で、伝染病やしらみの巣窟だった。休みに入ってエルギンが実家に帰るたびに、家族はしらみに悩まされた。
・エルギンの秘書はハミルトン。ギリシャに行くときはネルソンの助けを借りている。ネルソンとハミルトン夫妻の三角関係を、エルギンの妻はとても興味深く観察した。
・ロゼッタストーンはもともとナポレオン率いるフランス軍が見つけたのだから、ルーブルのコレクションになっても不思議はなかった。ところが、エジプトにおける戦闘の中で行方不明になった。フランス軍の要塞?のがれきの中からイギリスが見つけた。押収したのはハミルトン。
・当時41歳のネルソンはすでに片腕と片目を失い、上の歯がなく、ひどく年をとってみえたそうだ。(やっぱり長年船に乗ってろくすっぽ栄養もとれずに過ごすとふけるのが早いんだろうな。)
・エルギンは画家ターナーを連れていきたかったのだが、ターナーが断った。その代わりに行った別の画家が、パルテノンの略奪に一役買っている。もしもターナーだったら、ひたすらスケッチに没頭しただろうから、パルテノンはまだギリシャにあっただろう。また、もしもターナーがギリシャに行っていたら、彼の画風はかなり違ったものになっていたかもしれない。(ターナーという、孤高の芸術家がいつの時代の人なのか、きちんと把握できていなかったのだけれど、この話でばっちり覚えることができた。)

私はまだアテネには行ったことがない。
行ったことがある友人は「パルテノンは修復しすぎで今ひとつ趣に欠ける」と言っていたが、めぼしい部分をはがされてしまっているのだったら、「修復しすぎ」と批判してはかわいそうなのかも。


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by foggykaoru | 2010-03-08 20:16 | 西洋史関連

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