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小さいおうち

実家に行ったら母に「『ちいさいおうち』、読んだ?」と聞かれて、「もちろん」と答えたのだが、どうも話がおかしい。よくよく聞いてみたら、バージニア・リー・バートンの絵本『ちいさいおうち』(←大好きな作品です)ではなくて、直木賞を受賞した中島京子という人の『小さいおうち』のことだった。
全然知らなかった。
新聞とっていない私はそういうニュースに疎いのだ。

で、(暇だったもんで)その場で一気読み。

メインは太平洋戦争前に東京で住み込みの女中をしていた女性の回顧録。
「庶民の目から見た昭和史」みたいな感じで、それはそれでなかなか興味深いのだけれど、別に面白くてやめられないというほどではない。

それが最終章でがらりと変わる。
「だから直木賞取れたんだ」と納得した。
一種の謎ときみたいな、でも謎は謎として残るという、ドキドキする結末が用意されている。ここの部分だけもう一度読み返してしまったほどだ。

相当資料を調べて書いたんだろうな。
それに加えて、当時の生活感を教えてくれる人が身近にいたのかもしれない。

というのは、当時を知る母にとっても、違和感なく読めたらしいから。
ただ、「女中部屋が2畳で、女中専用のトイレがある」というのに驚いたそうだ。
戦前母が住んでいた家の女中部屋は3畳で、トイレは家族と兼用だったとか。
そのあたり、意識して「特別仕様の家」を描いたのかもね。


以下は母から聞いた話。

しがない勤め人だった母の父(つまり私の祖父)だが、それでも住み込みの女中を1人雇っていた。
母の叔父にあたる人は、商人として財をなしたその父(つまり母の祖父、私の曽祖父)の唯一の息子として遺産をそっくり引き継いだため、かなりのお金持ち(なにしろヨットを持っていたのだ!)で、住み込みの女中を3人抱えていた。
その中で一番年かさだったのが「みつ」さん。
年頃になって郷里に帰り、農家に嫁にいった。
戦争中、母一家は焼け出され、ほんのいっときだけだが、そのみつさんを頼って疎開した。
疎開先で再開したみつさんは、見る影もなくやせて、げっそりやつれていた。
「農家の嫁」の置かれた立場、その仕事の過酷さが、子どもだった母にもなんとなくわかったそうだ。
戦争が終わって数年後、みつさんが亡くなったという知らせがあった。
「女中は肉体労働とは言っても雑巾がけする程度だから。思えば東京で住み込みの女中をしていた頃が、みつさんの生涯における『華』だったのよ」


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by foggykaoru | 2010-10-30 10:22 | 普通の小説

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