ヴォイス
2011年 04月 14日
若干SFの匂いがした前作とは違い、こちらは100パーセント、フォークロアっぽいファンタジーなので、ほっとしました。
そして、前作では抑圧のタネが父親で、「少年の苦しみと成長」がメインだったのに対し、こちらは侵略者からの抑圧に耐える民の話。このほうが気が楽でした。
どうやら、自分の内にある問題よりも、外的抑圧のほうが、まだ耐えられるようです。(こう感じるのは私だけなのでしょうか、それとも一般的にそうなのでしょうか?)
敵である侵略者も、主人公の側も、のっぺりと一面的でないところがいい。
そして、タイトルともなっている『ヴォイス』、つまり声。つまり語ること。
何かを語る声が、ここぞというときに、どれほど力を持つか。
難局においてリーダーに求められる資質のひとつなのでしょう。
注:このへん脱線です。作者がこの本にこめたことは多岐にわたっていうので、興味のある方はご自分で読んでみてください。
それにつけても我が国のリーダー、語れませんなあ(ため息)
今の日本に必要なのは、まともな語り部なのだと、実感しました。
(まともじゃない語り部は不要。それは単なる扇動者。)
まだ3作を読んでいないから、早すぎるかもしれませんが、あえて言ってしまいましょう。
このシリーズは、多感な10代にこそ読んでもらいたい。
普通にファンタジーだと思って楽しみながら読んでいるうちに、心の中に「知」の種が播かれることでしょう。それは教科書や授業では、おそらく教わることがない、深い「知」なのです。
でも、というより、だから、あまり私の好みではないのです。
人生後半にさしかかったオバサンには、そういうことすべてが透けて見えてしまう。それがうるさいのよ。身も蓋もなくてゴメンね。
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ここから後も脱線。
本とは直接関係ないのでご注意ください。
日本には、ビジョンを語り、将来へ導いてくれる人がいない。
昔から「日本は国民は優秀だけど、トップがダメ」という話はありましたが、福島原発問題を通じて、そのことが全世界に知れ渡ってしまったんじゃないかと。
今まで数十カ国を旅して、いちばん優しい人々に出会ったのはミャンマーでした。
「こんなに優しい人たちが、なぜ軍事政権にひどい目に遇わされなければならないのか?」という疑問を抱き、「もしかしたら、優しいからこそ、いいようにやられちゃうのではないか」と思いいたりました。
そして、その思いは自然に我が日本へ。
「日本の場合、国民が真面目でおとなしいから、リーダーが育たないんだろうな」と。
理屈っぽくて自己主張の強い国民を抱えた国(たとえばフランスね)のリーダーは、普段から自国民に鍛えられてるから、良きにつけ悪しきにつけ、リーダーらしさが身に備わっているのではないかと。サルコジは嫌いだけどさ。
by foggykaoru | 2011-04-14 20:04 | 児童書関連 | Trackback | Comments(6)
私は素直に読んで感動したけど、たぶん精神年齢が実年齢に(はるかに)ついていってない(^^;;からなんだろうなあ。
おっしゃる通りかも。
自我が強いというか、ミーイズム満々のアメリカ国民も、
当然強いリーダーじゃないと抑え切れない、ですよね。
理屈っぽい、かどうかは ちょっと?ですけれど。
某都知事じゃないことは確かです。
この本読んでこんなこと感じるのは、時節柄かもよ。
それにそういうテーマじゃないしね。
私の感想文は非常に偏っているので、この本のことを誤解する人がいるかも。追記しておこう。
ミーイズム。そうですね。
わからなかったら質問してくださいと言われたら、予習せずに全部先生に質問する人たちですから。
私がその昔、ドイツで席を並べたアメリカ人はそういう人だったんです。
授業を台無しにされたことは今も恨んでるよん。

