パワー
2011年 04月 17日
このシリーズは巻を追うごとに「不可思議」系要素が薄くなる。そしてこの本、3冊の中でいちばん厚い。
舞台は「西のはて」にある都市国家。その奴隷制に基づく社会システムが、主人公である少年奴隷の目を通して、丹念に描かれる。やがて、運命に翻弄された彼はさまざまの環境で、さまざまの経験をしていくのだが、その描写は非常に説得力があるし、わかりやすい。歴史小説の肌合いで、時として「文化人類学入門」?
近代国家において、奴隷制を採用している社会は無いのだけれど、果たして我々は真に自由人となったのだろうか?奴隷ではないと言えるのか?・・・なあんてことを考えさせてくれる。
なぜか最初はとっつきが悪かったのだけれど、そこさえ乗り越えるとあとはとても読みやすかった。途中でやめられず、1日で読了した。読み終わったとたん、あちこちを読み返した。そのぐらい気に入った。
ル=グインに慣れたのかな?(笑)
本の内容とは関係ないけれど、この3部作、いまどきの作品名ですよね。
「ギフト」は作品中で「たまもの」と訳されているのですが、作品名としては採用しにくい。
「声」「力」というのもねえ。
一昔前だったら、原題とはまったく違ったものにしたことでしょう。
(『Peter Duck』が『ヤマネコ号の冒険』、『Miss Lee』が『女海賊の島』になったという実例がある)
この際、タイトルには文句言いません。
でもこれだけは言わせてください。
「カウボーイ」は「牛飼い」でしょう! 西部劇じゃないんだからさ。
この本に関する情報はこちら
『西のはての年代記』の他の巻の感想文はこちらとこちら
by foggykaoru | 2011-04-17 20:30 | 児童書関連 | Trackback | Comments(6)
奴隷って自由労働者と違って、意外と使い捨てに出来ませんから…
本もですが、映画のタイトルもカタカナに直しただけで意訳されたものが少なくなりましたね
手抜き?
いかにも読み込んでいない証しです(ツバメ号の伝書ばとは、いくら読んでもアマゾン海賊の伝書ばとですが…)
奴隷は財産ですものね。
アメリカ映画の場合、往々にして翻訳タイトルに文句をつけてくるから、配給会社はしょうがなくてカタカナ英語にしてしまう、、、とか聞いたことがあります。
愚かなことです。
うまい邦訳のほうが印象が強いのに。
「伝書バト」が「ツバメ号」になったのは、たぶん、全集刊行前にぽつんぽつんと翻訳されたせいなのでは。
「ツバメ号とアマゾン号」ときたら、次は「ツバメ号と・・・」のほうが、「アマゾン号と・・・」よりもしっくりくる感じがします。
細かいことにこだわりたい性質です。
意味的には「ツバメ号と伝書バト」が正しいですよね。
でも、本のタイトルとしては、「と」だと単なる並列で
終わってしまう憾みがあります。
やはり、「ツバメ号の伝書バト」がいいんじゃないかなぁ。ここは日本語のいい意味での曖昧性を生かして、所有ではないなんでもアリの「の」と広い心で受け止めてはいかがでしょう!

