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日本語の「呼びかけ」について(超長文)

『秘密の心臓』では、主人公の少年が虎(の幻)を見る場面があります。
興奮した彼は「虎よ! 虎よ! 虎よ!」と(心の中で)叫ぶのですが、物語に入り込めずにぼーっと読み飛ばしていた私は、「ん? この台詞を喋ってるのは女の子だったっけ?」と慌てて数ページ前から読み直しました。
そして、主人公が少年であり、この台詞が虎に対する呼びかけだということを確認したとき、思ったのです。

現代のティーンエイジャーの男の子が「虎よ!」なんて言うはずないじゃん!!
 
だからって「虎! 虎! 虎!」じゃ、暗号になっちゃうけどさ(苦笑)
(何言っているかわからない方は「トラトラトラ」で検索してみてください。)

この台詞、原文に当たってみてはいないのですが、たぶん「Tiger! Tiger! Tiger!」なんでしょう。
もしかして、「It's a tiger」の省略形であるという可能性も捨てきれない?
だったら「虎だ!」という訳になるかも?
それともその場合は「A tiger!」になるのか?
以上、私の単なる思いつきです。
どうか英語に関しては突っ込まないでくださいね。
原文に当たって教えてくださるのは大歓迎ですけど。



で、今回のポストのテーマは「日本語における呼びかけ」です。

日本語の日常会話では、「太郎」に呼びかける場合、「太郎よ」とは言わない。あくまでも日常会話では。

普通はこう言う。
1)太郎、どこにいるの?
つまり、固有名詞は単独で呼びかけに用いることができる。 =太郎、(あなたは)どこにいるの?=Taro, where are you?
でも「太郎はどこにいるの?(=Where is Taro?)」の省略文である可能性もある。
(現実の会話において、呼びかけなのかどうかは、イントネーションや間合いの違い、そして文脈から判断できる。)

でも
1a)息子、どこにいるの?
は変。つまり、普通名詞そのものを呼びかけに使うのは変。
英語なら「Where are you, my son?」とか言うはずだが、日本語の場合は、「あなたの息子はどこにいるの?」という文の省略文ということになる。
(かなりタメ口ですが。)

1b)犬、どこにいるの?
も呼びかけではなく、「あなたの犬(or話題になっているその犬)はどこにいるの?」の省略文である。
(英語で「Where are you, dog(またはmy dog)?」と言えるのかどうか、どうぞ教えてください。)

2)太郎さん(orくんorちゃん)、どこにいるの?
は太郎に対する呼びかけである可能性がある。
が、「あなたの息子(たぶんね)である太郎さんはどこにいるの?」の省略文である可能性もある。

2a)息子さん、どこにいるの? 
は明らかに呼びかけではない。
「あなたの息子さんはどこにいるの?」の省略文。

一方、
2b)犬さん、どこにいるの?
は、普通の状況ではありえない。



中間的結論:
日本語の通常の会話において、普通名詞を呼びかけに用いることはない。
呼びかけに用いることができるのは固有名詞のみ。

ただし、普通名詞が固有名詞化された場合は呼びかけに用いることができる。
その例は、映画「ツレがうつになりまして。」の「ツレ」です。
宮崎あおい演じる主人公は自分の夫を「ツレ(=連れ)」と呼び、「ツレ! どこにいるの?(=Tsure, where are you?)」のように呼びかけます。



そういう特殊な場合を除いて・・・
「皆さん!」みたい呼びかけもあるし、「社長!」とかは日本語の得意技だけど、それもおいといて(苦笑)、、、
普通名詞をどうしても呼びかけに用いたい場合は、「よ」を付けることになる。

しかし
3)太郎よ、どこにいるの?
はもちろん
3a)息子よ、どこにいるの?
3b)犬よ、どこにいるの?
も不自然。
なぜなら、「よ」が付いたとたん、日常会話のレベルを逸脱してしまうから。
(だから「虎よ」は現代のティーンエイジャーの台詞としてはふさわしくない)

「~よ」に合うのは多少固い言葉遣いである。
よって、
4a)息子よ、お前はどこにいるのか?
は言える。
4b)犬よ、お前はどこにいるのか?
も言える。たぶん。

4b' )天の遣わした奇跡の白犬よ、お前はどこにいるのか?
なら完璧。
「~よ」は大仰なほうが座りがいい。

とにかく「どこにいるの?」という女性的な言葉遣いは「~よ」には全く合わない。

でも、男性的な言葉遣いすればなんとかギリギリいけるかも。
5a)息子よ、どこにいるんだ?
5b)犬よ、どこにいるんだ?

これ以上続けると、かえって泥沼になりそうだから

今日の結論:
『秘密の心臓』の「虎よ!」という翻訳に文句をつけるのは簡単だけど、もっと良い訳を提案するのは難しい。

by foggykaoru | 2012-03-29 19:30 | バベルの塔 | Trackback | Comments(16)

Commented by ゆきみ at 2012-03-29 20:52
カオルさんのポストの「虎よ!」を読んだ瞬間、ブレイクの詩を思い出しました。

Tyger! Tyger! burning bright
In the forests of the night,

「虎よ!夜の森かげで
赫赫(あかあか)と燃えている虎よ!」

訳者の方、この詩をイメージしちゃったんでしょうか。

それにしても、呼びかけって訳しにくいですよね。
Commented by むっつり at 2012-03-29 21:56
「~よ!」って日常では使いませんよね
呼びかけに使う場合って、対等ですが相手の権威を認めている場合になりますから
「神よ!」とか(神様!より対等ですよね)
私なりに文章を付けたなら
「とら! 虎! 虎よ!」
ひらがな、漢字、そして更に強調でリズムを出してみましたが…
でもこれでは、前後の文脈に影響があり過ぎますよね

トラトラトラは有名すぎる暗号ですね
ちなみに「ト、ト、ト、…」(ト連送)は特攻機の突入の信号でした
Commented by サグレス at 2012-03-30 00:17
ゆきみさんと同じく、私もブレイクの詩を思い出しました。
私の知っている訳では、
「虎よ! 虎よ!
ぬばたまの 夜の森に燦爛と燃え。」
でした。かっちょいい~、と10代の私は思ったのでした。
この次は
「そもいかなる不死の手、はたは目の作りしや、
汝(なれ)が由々しき均衡を?」
と続くので、
「~よ」という呼びかけは大仰な方がいい、というのと合致しますね♪
Commented by naru at 2012-03-30 10:14
ブレイクの詩まで登場するなんて、
なんと素晴らしい♥

低教養人の思い付きとしては、
たとえば「虎」の前に 呼びかけを付ける。

「虎よ 虎、 おい 虎!!」

これなら男言葉になりませんか。
ただ、心の中の呼びかけに、普通「おい」は付けないです、よね??

この「おい」に代わるような言葉で、口に出さずにすむもの、
ありましたっけ?
Commented by AngRophile at 2012-03-30 11:17
英語にも Vocative があったかどうか知りませんが(英語史履修したけど)、印欧語には呼格ありますからね。普通名詞にでも呼びかけできるんでしょうね。

文章表現としてはいやですが、「虎~!」って延ばせば、なんとか呼びかけになるかも。

その物語のコンテクストには合わないでしょうが、「虎さん」とか呼称をつけるしかないでしょうねぇ。
Commented by 夜梅 at 2012-03-30 13:35
SF小説の「虎よ、虎よ!」を思い出しました…
なんてことはどうでもいいのですが。

女の子なら「虎さん」とかでもいけるかも。
「秘密の心臓」は読んでおりませんので判断はできませんが、お伝えしていただいた条件だけですと、「虎だ!」で良さそうな気も。

「~よ」は文語的なんですよね。
喋っている時に「○○さんよ」と「よ」を付けることもありますが、それはむしろかなり砕けた呼びかけとしてですし。
でも本当に、「翻訳に違和感がある」と感じても、代替案をスッと示せるとは限りません~。
気になると、自分ならどう訳すかをしばらく考え込んじゃいます。
Commented by foggykaoru at 2012-03-30 21:41
ゆきみさん。
ブレイクの詩! すごい! 英文学専攻じゃないのに・・・
もしかしたら、作者はそれにインスピレーションを得たのかもしれませんね。
でもこの少年、不登校なんです。ブレイクなんか知らないでしょう。
そんな少年でも、ブレイクの詩を彷彿させることを口走る、、というところがブレイクに対する最大級のオマージュだったりして?
Commented by foggykaoru at 2012-03-30 21:43
むっつりさん。
>「とら! 虎! 虎よ!」
おお、いい感じですね。
翻訳者に教えてあげたいくらい(^^;
Commented by foggykaoru at 2012-03-30 21:45
サグレスさん。
おお、またまたブレイクを思い出した人が・・・!
すごいです。英文学専攻じゃないのに。
もしかして、趣味で詩集もお読みになるんですか?
私が決してしないことです・・・(自爆)
Commented by foggykaoru at 2012-03-30 21:47
naruさん。
原文にも感嘆詞が入っていれば「おい」を入れるのもわかります。
でも入ってなかったら、あえて「おい」を加えるのは、かなり勇気が要るような気がします。
Commented by foggykaoru at 2012-03-30 21:50
あんぐろふぁいるさん。
>印欧語には呼格ありますからね。普通名詞にでも呼びかけできるんでしょうね。

そう。私もそう思いました。

>「虎~!」

「~」を付けるというのは、オーソドックスな日本語表記ではないから、ちょっと勇気が要りますよね。
現代文学だから許されるかも?
ライトノベルでは多用されているかもしれないし。



Commented by foggykaoru at 2012-03-30 21:54
夜梅さん。
私も「虎よ」よりは「虎だ」のほうがまだマシだと思うんですよ。
呼びかけではなくなってしまうけれど。

>「○○さんよ」
おお!! そういうのもありますね。
考えれば考えるほど面白いです。
Commented by ゆきみ at 2012-03-30 22:23
夜梅さんの「○○さんよ」に反応してまたもや来てしまいました。
「トラさんよ」だと、全然違う印象ですよねっ、と笑かそうとしたら、先にPCに「寅さんよ」と変換されてしまいました。

わたしも、「おい、虎」かなと思ったのですが、幻を見て興奮した少年のイメージにぴったりくるかな、と迷いました。
動物園で虎を見たというのと、幻で虎を見たというのとは、呼びかけ方も大分変わる気がします。むずかしいです。

(ブレイクを思い出すのは、私の場合は、オタクだからです。)
Commented by foggykaoru at 2012-03-30 22:45
ゆきみさん。
どうしたって
>「寅さんよ」
になっちゃいますよねーー(爆

>オタクだからです。

・・・はて?
もしかして、サグレスさんもそうなのかしら??
Commented by サグレス at 2012-03-31 00:28
オタクでなきゃ英文学専攻でもないのにブレイクなんて(笑)
夜梅さんが触れていらしたSF小説、「虎よ、虎よ!」(ベスター著、ハヤカワ文庫)の冒頭あたりに、ブレイクの「虎よ」が引用されていたんです。
しかし私はこのSF自体は未読のまま。
むしろ「かっちょいい~」と思ったブレイクの詩に惹かれたのでした。翻訳ものだけですけれどね。
原文は・・・、そもそも詩って難しい上に、この詩はr音がきれいに発音できないと、朗読してもきれいなリズムになりそうになくて・・・。
Commented by foggykaoru at 2012-03-31 15:24
サグレスさん。
そのSF小説、有名なんですね。
もしかしたらアーモンドも愛読者だったりして(笑)

文学作品の中でも詩の翻訳は、もはや芸術作品の創作に匹敵しますよね。
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