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印象派という革命

「名画の言い分」の木村泰司著。

以下は備忘録。

印象派に先立つ革命児クールベ。彼が「オルナンの埋葬」で顰蹙を買ったのは、取るに足らない小さな村の無名人の埋葬なんかをわざわざ描いたからなのだが、実は主題が問題となっただけではない。サイズも問題だったのだ。つまり、無名人の埋葬を、歴史画などのような「格の高い絵」並みの大きさで描いたということが、当時の常識人の神経を逆なでした。

パリのオランジュリー美術館にある、モネの「睡蓮」。
印象派に対して「すれっからし」になってしまった後で見た私は「なぜモネだけがこんなに優遇されているのだろうか? 友達が多かったのか?」などと考えたのだが、これが大当たりだった。
モネは友人だったクレマンソー首相の注文であの作品を描いたのだ。
白内障の手術までしたのは、大物である友人との約束を果たすため。

いちばん面白かったのは、女性画家ベルト・モリゾの生涯。
彼女はブルジョワの娘で、芸術好きの親の支援を受けてその才能を伸ばしたものの、当時は女性が芸術家になるなどということは、とんでもないことだった。でも娘は絵に夢中で結婚したがらない。親は困った。結局、父親が亡くなってから、画家マネの弟ウジェーヌと結婚。母親としては、とりあえず結婚してほしかったし、マネ家は家柄が釣り合ったし、ベルトが拒絶しない唯一の男性がウジェーヌだった。マ兄弟はこれまたブルジョワ。親の資産で食べていけた。(だからマネは売れない絵ばかり描いていても生活に困らなかった。)ウジェーヌ自身、素人画家で、ベルトの画家としての活動に理解があり、全面的に支援した。だからベルトは美術史に名を残す画家になれたのだ。

そういう便利な夫を見つけられなかった女性芸術家-----たとえばロダンの弟子だったカミーユ・クローデル(彼女は愛人であるロダンに捨てられたのだから最悪のパターンだ)-----は周囲の無理解や差別に苦しんで、キャリアを断念したり、野たれ死んだりしていったのだろう。

私には「名画の言い分」のほうが面白かった。
というのは、たぶん私が印象派に関してわりと知識があるほうだからだと思う。
「印象派に興味を持ち始めた」くらいの人にお薦めの本である。

この本に関する情報はこちら

by foggykaoru | 2012-06-17 20:29 | 西洋史関連 | Trackback | Comments(0)

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