ウィーン 最後のワルツ
2013年 01月 06日
彼の曽祖父の成功に始まり、ホロコーストの悲劇に終わる家族の年代記。
ウィーンに住み、オーストリア化したユダヤ人の暮らしぶり。
すっかりなじんでいるようでも、なにかと差別される。たとえば出世とか。
それはそれとして、その生活に満足し安定していた家庭が音をたてて崩れていく。
ナチス化したウィーンがすっかり反ユダヤの空気になってしまったのに、同時期のベルリンでは何事もなかったかのような雰囲気だった、というのが興味深い。
本家本元よりも、出先のほうが尖鋭的になる、ということはよくあるものだ。
良い本です。
でもとても地味です。読みにくくはないけれど、淡々とした筆致。そして厚い。
古本屋で何の気無しに買ったはいいものの、なかなか読めず、半年くらいほうってありました。
英米独では大ベストセラーになったそうですが、日本の熱帯雨林にはレビューが1つもありません。日本人には身近な話ではないから大して売れなかったのでしょう。もちろん絶版です。ユーズドなら入手可能ですが、私に会うチャンスのある方にはお貸しします。
カテゴリーは「西洋史関連」「普通の小説」にもあてはまるのだけれど、「ルポ・ノンフィクション」にします。
タグは「ドイツ(語)」にします。ごめんねオーストリア。
by foggykaoru | 2013-01-06 11:16 | ルポ・ノンフィクション | Trackback | Comments(6)
帝国主義に対抗するイデオロギーとして民族自決なんて出てきましたけれど、これが行き過ぎた民族主義の御旗に
しかも、ここはヒットラーの故郷
極端なナショナリズムの嵐に飲み込まれてしまった悲劇ですね
ナチス以前にも、19世紀の作曲家メンデルスゾーンだって、才能と資産ではとても恵まれながら、ユダヤ系という苦労・悩みはあったそうですね。
このテーマは本や映画ではとてもよく目にするのですが、ヨーロッパでどういう空気だったのか、いまはどうなのかは、私には想像しきれないと感じます。
ところで、ウィーンに行ったとき、ハプスブルク家&オーストリア・ハンガリー帝国当時の勢力の大きさの名残をその街で感じながら、この言語を「ドイツ」語と呼ぶのに違和感がありました(国の名前になったのは後からですけれど)。今のドイツ語教育では、ドイツ(フランクフルトあたり?)の言葉が標準で、ウィーンの話し方はちょっと軽くみられるというか、冗談の種にされているみたいです。ウィーン気の毒。
この本は図書館にあるので読んでみます。
>ヨーロッパでどういう空気だったのか、いまはどうなのか
しょせん日本人の私には、いくら本を読んでも、本当のところはわからないんだろう、わからなくてもしょうがないとも思ったり。
でもまあ、たまにはこういう本を読んで、へええと思うわけで。
大昔、ドイツ語を勉強していたとき、オーストリアに入ったら、同じドイツ語でもかなり感じが違うので、驚いたものです。
オーストリアのドイツ語は、なんとなく、しゅわしゅわっとやわらかい感じでした。

