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「花子とアン」と、それには関係ない話。

やっぱり無視できないんですこのドラマ。なにしろ村岡花子ですから。オンデマンドでフォローしてます。うちのテレビは今時リアルタイムでないと観られない代物でして。
「アンのゆりかご」とは全然違うじゃん、花子の人生に無理やり「赤毛のアン」のエピソードを盛り込むなんてえげつないなあ、ドラマの出来としては「あまちゃん」のほうがずっと上だと思いつつも、ウケてしまう自分がいます。

で、「アン」ネタ以外にも個人的なツボがありまして。

私の曽祖父は山梨の行商人でした。甲府にほど近いところの。東京(八王子)に頑張れば歩ける距離なので、行商人が多い土地柄だったそうです。
曽祖父は、花子の父親とは全く違って、とにかく商売熱心でした。周囲から「足の裏を全部地面につけずに、飛ぶように歩いて東京との間を往復する」という評判を得ていたのだそうです。
確か最初の妻は困窮の中で亡くなったのだそうで、 「東から風が吹けば西に傾き、西からの風が吹くと東に傾く」と言われたあばら家に住みながら、「塩をなめて」蓄財に励み、ふと気づくとひと財産出来ていて、「あれだけ金があるのなら独身にしておく手はない」ということになり、何十も歳の離れた遠縁の娘を後妻にもらった。
そこに生まれたのが私の祖母。三女だったか四女だったか。男の子が生まれなくて、「また女か」と言われたそうで。
娘たちは田舎のお嬢様として育ち、小学校を出ると、みんな東京の女学校に入りました。
祖母は村岡花子より、たぶん10歳ぐらい年下ですが、当時、東京の学校に行くということは、海外留学並みの大事だったと聞いています。
また、日本人が設立した「普通の」女学校に行っていた祖母の目には、同じ下宿にいたミッション系女学校の生徒は「お高い人」と映ったようで。
幼い村岡花子が修和女学校(ほんとうは東洋英和)で体験したカルチャーショックは、祖母どころではなかったのです。


勘違いされると困るので付けたしますが、その後の祖母は「お金持ち」とは縁遠い人生を送りました。
(ここからは村岡花子とは関係ありません。あしからず。)

なにしろ戦前のこと、曽祖父の遺産は最後になってようやく生まれた男の子(つまり母の叔父)が独占的に引き継ぎ、女の子たちがもらったのは持参金のみ。
また、次から次へと娘を片づけなくてはならない曽祖父は、ろくに相手を吟味せずに嫁にやったのです。
特に私の祖父ときたら、間に入った人から「この男は出世しないだろうけれど、悪いこともしない」という妙な太鼓判を押された人。
祖母の写真を見た祖父は、あまり気が進まなかったにもかかわらず、「この見合いは絶対にこちらから断わってはいけない」と言われたそうで。
祖母のほうも写真を見てがっかりし、「出世しない」なんて聞かされ、会ってみてもピンとこなかったけれど、なにしろ父親が進める話なので、そのまま結婚。実家と比べようもない貧しい嫁ぎ先で、毎日泣いて暮らしていたとか。(その後、亭主に「あんたの稼ぎが悪いから」と剣突を食らわせる女房に成り果てました。母親がそういう態度だと、子供たちもそうなります。)
「出世しないが悪いこともしない」という予言は当たり、祖父はうだつの上がらないサラリーマンとして、ごくごく地味な一生を送りました。孫から見ても、ほんとに悪い人ではありませんでした。経済的に同じくらいのレベルの家から嫁をもらっていれば、あんなに文句を言われずに済んだのに、と思うと気の毒な人でした。

蓄財が趣味、要するにケチだった曽祖父ですが、晩年になってから生まれた跡取り息子(=母の叔父)が絵に描いたようなどら息子で、「おやじ、金を出せ」と、暴れる。大学生が文字通り、家の中で暴れまわり、ものを壊したりしたんだそうです。年老いた父親は震え上がってしまい、言われるがままに金を出した。
なにしろ母の叔父ときたら、戦前にヨットを持っていたんです。ヨットですよ!!

祖母の生前、母や祖母の姉妹たちが集まると、曽祖父の話題がよく出てました。
どケチでも人間的にはとても魅力があったんだそうで。
その話を聞くたびに、「この人の人生、誰か筆の立つ人がいたら、面白い小説になりそうなのに」と思う私でした。


ちなみに
残念ながら、祖母が「てっ!」と言っていたという記憶はありません。

by foggykaoru | 2014-06-07 20:38 | 観もの・聞きもの | Trackback | Comments(8)

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Commented by むっつり at 2014-06-07 23:04 x
戦前にヨット… 
その表現ではクルーザーですよね
資産家そのもの

考えてみれば小説の中の話にしろ、まだ子供なのに欲しがるからって、ディンギーにしろ夏を過ごす湖だけで使う為のヨットを新造してもらったり、戦前はとても高価だったカメラを所有していたりと贅沢させてもらっていたディックの行く末が心配…
まあ、ジョン以上に良い子なんですけれど、ね
Commented by naru at 2014-06-07 23:05 x
おもしろーい!!
ひいおじいさまのお話、kaoruさんが書いて下さい。

でも、ひと口に山梨、といっても、大きな県ではないものの、
例えば南部地方になると、ほぼ静岡県ですよねぇ。

ところで、お祖母さまのお作りになる ほうとうは美味しいですか?
山梨でも、地域によっては、ほうとう・うどん でなく、みみ というショートパスタ系が煮込んである料理がありますね。
去年初めて食べました。
美味しかったけれど、驚きました。
Commented by Titmouse at 2014-06-07 23:49 x
アンのエピソードは、「ここにこれを入れるか?!」という感じで楽しんでいます。
夜11時の放送も見られないかな?
Commented by foggykaoru at 2014-06-08 06:13
むっつりさん。
幼かりし母はその叔父のクルーザーに乗せてもらったことがあるのだそうです。
私がARCの友人のヨットに乗せてもらいに行くと言ったら、「あんなもん、日に焼けるし、水はかかるし、何にもいいことない」ですって。

ランサム・サガの子供たちって、ほんとうにお金持ちの良い子ですよね。
Commented by foggykaoru at 2014-06-08 06:18
naruさん。
面白かったですか? よかった。

私じゃ無理。それにもっと彼のことをよく知っている人じゃなければ。村岡花子の伝記を書いたのも「孫」です。直接会ったことがないにせよ。母親から詳しいことを聞いている。

祖母はほうとうを作ってくれたことがありません。田舎の食べ物と思って馬鹿にしていたんじゃないかな。私が大人になってから「ほうとうってどういうもの?」と母に聞いたら、「あんなもん、どうってことないわよ」という答えが返ってきました。きっと祖母がそういうスタンスだったんじゃないかな。
Commented by foggykaoru at 2014-06-08 06:20
Titmouseさん。
そう、「これを使うか!」という感じ。
楽しめるときもあれば、これは無理でしょ!っていうところもある。
「花子って呼んで」と、池に落ちるところ、葡萄酒は面白がれた、屋根の上を歩くエピソードは無理矢理だったと思います。
Commented by fu-ga at 2014-06-09 08:21 x
私は、「赤毛のアン」を何度か読みましたが、エピソードは覚えていないです(^^;)そして、原作、買ったけれどまだ読んでいません。
原作と全然違うのですか。読んだらがっかりかな〜それとも、別物としてみれば良いかな〜

曾祖父さまのお話、興味深く読ませていただきました。すごいなあ〜
Commented by foggykaoru at 2014-06-09 20:19
fu-gaさん。
「アンのゆりかご」は村岡花子の孫にあたる人が書いた真面目な評伝です。身内だけれど、身贔屓が鼻につくこともなくてよかったです、、、ということは、自分が書いた感想文を読み直すまで忘れてました(苦笑) 感想はリンク先を見てね。

曽祖父の人生、やっぱり身内でない人にも面白いですね。
孫の中に文章を書く人がいればよかったのに。
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