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RotKをより良い作品にするための一提言(7)

長らく続きました「アラゴルンのヘタレを直すためのDVD編集案」、今回をもちまして、めでたく最終回を迎える運びとなりました。

最後は「サウロンの口」と「ため息」問題です。これは基本です。
何事も、常に基本に立ち返るという姿勢が大切(爆)



フロドのために時間を稼ぐ。そのためには交渉を長引かせなくてはならないのに、逆ギレ(斬れ)するアラゴルン。
あれはどんなもんなんでしょうねえ。
やっぱSEEは「お笑い・王の帰還」だということかしら。
ふだんヘタレてる奴ほど、何かあるとキレやすいもの。そういう人間の心理(→真理)がうまく描けているとも言えます(無理爆)

「延々交渉していたら、映画的には退屈」というLさん@ネタ大権現さまのご指摘はもっともなのですが。
「サウロンの口が『剣は折れた』というから、『折れてないぞ』とわからせるために斬ったのだ」という意見もありますが、言った本人は斬られて即死してるんだから、永遠にわかんないですよね。。。
あっ、サウロンにわかればいいのか。でも、サウロンにはパランティアを通してもう見せてあるでしょ。

この逆斬れシーンは、ここまでのヘタレ場面をきちんと修正してあれば、また違った趣で観ることができるのかもしれません。
でも、もしも斬らないバージョンも撮ってあるんなら、新しいDVDではそれに差し替えてみてくださいな。観てみますから>PJ

そしてそして、いよいよ戴冠式。
既に多くの幽鬼たちから指摘されているとおり、ガン爺に王冠をかぶせてもらってため息をつくのはやめましょう。
タメ息だけではありません。
あまり指摘されていないのですが、王冠かぶせてもらうときにガン爺を見るアラゴルンの表情もNGだと思います。あれは「てへっ」と照れながら友達を見る目、「タメ口」ならぬ「タメ目」です。そりゃガン爺は友達でしょうが、あの場面であの目はいけません。あんな目をするからため息まで出てしまうんです。もっと王者らしい目をしなくちゃ。

今日の結論: 王に「タメ」は禁物。

王とか指導者とか船長は孤独な存在なのです。
「旅の仲間」がいても、「タメ」になってはいけない。
例外的に「タメ」が許されるのは、ジャック・オーブリー艦長ぐらいです。

今ふと思ったのですが、ガン爺が王冠をかぶせる場面は、アップにしないほうがいいのかも。
アップにすると、どうしたって「よかったな。王様だぞお前」「てへっ、こういうの、苦手なんですよね・・・ふうっ」という演技を入れたくなる。
細かい表情が見えない程度までカメラを引いたほうがいいのでは。
西洋絵画によくあるような戴冠式の図柄になるし。
PJ、タメして、じゃない、試してみてくださいな。

鼻歌はしょうがないのかなあ。
でもほら、リブウェンみたいに吹き替えにするという手もありますよん(爆)

アラゴルン復旧計画は以上です。

最後までおつきあいいただきまして、ありがとうございました。

アラゴルンのヘタレ改善に向けての提言は終わりましたが、RotKの要修正箇所はまだまだあります。
次回はリブウェン問題です。しつこくてごめんなさい。でも、リブウェン問題は、アラゴルン問題と密接に関連してるので。

by foggykaoru | 2005-07-11 21:24 | 指輪物語関連 | Trackback | Comments(2)

Commented by mog at 2005-07-12 12:54
☆王たる者、逆切れしちゃいけやせんよ。ま、窮鼠ねこを噛む、も一種の逆切れと考えればへたれが突然ああいう行動をとるのも納得は致しますが、アラゴルンなるものがやるこっちゃない。絶対にやめさせましょう..、サウロンの口の味方というわけではありませんが、一応彼は『正使』なんですから。でもKoHでもギー@ケレボルン公がサラディンの正使を『これが答だ』といって殺しちゃってましたよね…まねしちゃったのか知らん、ああいうことはまねしちゃダメなのにね。
 それとそうなの、かおる様。
 ため息とタメ視線も許せません。
 で、ふと思いついたのですが、これがリドリー・スコットとか実際に戴冠式とか即位式みたいな儀式が残っている国の人なら違ったのかなぁ~と。あのタメ目ってどっかで見た記憶があってよくよくたどるとSWEP4の叙勲のシーンにぶち当たるのです。ルークとレイア、そしてソロのあれ。
 PJ、そこまでやるのかい?
 PJの受け狙いもリヴ@アルウェン問題とともにへたれ改善問題と深く関わっているとにらんでいるイオレスです。
Commented by foggykaoru at 2005-07-12 22:39
mogさん。
そうかケレボルン公はアラゴルンを見習ったのか・・・(←大間違い)
SWのことは不案内なのですが、私もPJがキウィのせいかなあと思いました。でも、もしもPWが監督したら、戴冠式はもっと厳粛な感じになったんじゃないかしらん。PWはオージーですよね。
新大陸(NZを含む)の監督だからではなく、「古き良きイギリス」の雰囲気が好きな人とそうでない人との違いではないか、、と思い始めてます。
PJは「指輪」を読んでも、その奥底に流れるイギリス臭さを好ましいと思ったわけではなく、ミドルアースの不思議な生き物たちに興味を持っただけなんじゃないかしらね。。。
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