消えた少年
2015年 08月 16日
台風直撃の台湾を経由していくため、成田に行っても出発できないかも
と思いつつ、家を出たのですが、JALがさっさか運休しているのに、チャイナエアラインは根性で飛びました。偉いぞ。
無事に台北に着陸したときはほっとしました。
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で、旅行に持っていったこの本。
スウェーデンのゴットランド島で起きる少年失踪事件。
少年の周囲の大人たちのごちゃごちゃした問題と、事件を追う女性警官のごちゃごちゃした問題がからみあう。
スウェーデンではこのシリーズがドラマ化されているらしいけれど、なるほどという感じ。
推理そのものより、登場人物それぞれが抱える問題とか、社会問題が面白いです。
でも面白くてやめられない、というほどではない。
旅行中にちびちび読むのにぴったりでした(苦笑)
でも、科学的にはあれで片づけてしまっていいのかよ
という疑問が湧きます。
絶対に片づけられないと思う。やばすぎ。
本筋とは全然関係ないのですが、北欧の小説を読んでいて「暑くてたまらない」とか書かれていると、ヒートアイランド在住者としては「何を甘えたことを」と思ってしまいます。
あと、「ミッドサマー」という訳語はどうかと思うんですが。
「ミッドサマーイブにはみんな酒を飲んで過ごす」とか書かれているから、単なる「真夏」ではなく、たぶん「夏至」とか「夏至祭」のことなのでしょう。きちんと日本語にして訳注を付けてほしいです。
この本に関する情報はこちら
by foggykaoru | 2015-08-16 22:07 | 推理小説 | Trackback | Comments(6)

…こういうの、「笑う警官」シリーズや「ドラゴンタトゥーの女」などと同じスウェーデンの伝統なのかな。このごろは歳のせいか?あまり重いのはちょっと…のていたらくです。

シェークスピアの作品も夏至が真夏と誤訳ですから
私はもともと「推理以外」が好きで推理小説を読んでるのかもしれない、とも思ったり。
また、推理小説というジャンルにおいては、推理そのものは、もう種が尽きちゃってるのかな?とも思ったり。

その本も含めてスウェーデンの現代小説は未読ですが、なんとなく、子ども向けの本でも、ハッピーエンドを目指すのではなく、徹底的に現実主義というか、容赦ないというか、きれいごとで終わらせない風潮はあるような気がします。だからミステリとか犯罪小説は、底なしに暗いのだろうなー(寒いし)と思って、積ん読しています。
翻訳しないでカタカナのまま残すのって、翻訳者の怠慢と思ってしまいます。外来語として、日本語に定着しているのでないなら、使わないでほしい。日本語を守っていくという気持ちが足りないのでは、と思ってしまいます。止められる立場にある編集者も、容認してしまっているんでしょうね。
この小説の場合は底無しに暗いというほどではないのです。
ただ、をいをい、これで終わりにするのかい?あっちもこっちも片付いてないじゃないか、という感じがしますけど。
>翻訳者の怠慢
ですよねー