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「ん」について

日本語の「ん」という音は不思議です。子音なのに、単独で1音節となる。
わかりにくい言い方してごめんなさい。つまりたとえば、歌詞の中に「ん」という音、というか、文字があった場合、作曲家はこれに音符を1つ与えるのです。(例外はあります。つまり、「おん」とか「さん」とか、「○ん」という音を1つのまとまりとして、作曲することもあります。)
そして、同じ「ん」で表記されても、日本人は場合に応じて発音しわけます。

たとえば

ふーじは にーっぽいちのー やまー

「にーっぽいち」の場合は、口をとじずに、だからといって、"n"の発音のように舌先を上あごにつけることもせずに、私たちは歌います。ごく当たり前に、難しいとも感じずに。でも、これって外国人には難しいことなのではないかと思うのですが、どうなんでしょう。

ゆうやーけ こやけーの あかとーーぼ

の場合は、次に「ぼ」つまり"bo"という、口をとじる音がくるから、当然口をとじます。

こんな例があります。都はるみの「北の宿から」です。どうも出す例が古くてごめんなさい。

なー ごころのー
みれんー でしょう

最初の「」は、舌先を上あごに付ける"n"の音として発音します。当然、口はとじない。これは次に「な」つまり"na"が来るから。
面白いのは次の「んー」。こっちはしっかり口をとじる。つまり"m"の発音をする。
次に来るのが「で」つまり"de"の音なのに。"d"という音も、"n"と同様、舌先を上あごにつけ、口をとじないで発音するのだから、「未練でしょう」と普通に喋るとき、私たちは「ん」では口をとじないのです。
つまり、「みれんー でしょう」と歌うときに口をとじる理由は、「ん」を長く伸ばすからという一点のみ。だと思うのですが、以前、このことを友人に話したら、「都はるみだから、うなるために口をとじるということでしょ」と軽く言われました。
でも、都はるみでなくても、この歌を歌うときは、みんなそうなってしまうのではないかと思うのですが、カラオケで歌う方、いかがですか?

ところで、これはいかがでしょう?

みーあーげてーごらんー よるのーほーしをー

この「んー」は口をとじるのでしょうか? あけるのでしょうか?

日本人は歌うとき、「ん」の音の高さと長さによって口をとじたり、あけたりするのではないか。

これは言語学の立派な論文になるのではないかと思うのです。
そのためには、「ん」が入っているさまざまな歌を用意して、何人もの実験台(=インフォーマント)に、実際に歌ってもらわなければなりません。

その際、インフォーマントは西洋式の声楽にほとんど触れたことがない人でなければならない。

実を言うと、この駄文を書くにあたり、私は「ん」で口をあけるかとじるかで、かなり混乱してしまいました。そのため、この記事は最初に書いたものを、大幅に書き直してあります。
なぜそんな混乱をしたかというと、私は学生時代合唱部に所属していて、指揮者から「ここの『ん』は口をとじるな」というような指示をしばしば受けたことがあり、日本人としての素朴な感覚を失っている面があるからです。そういった体験が土台にあってこそ、このテーマを思いついたわけなのですが、思いついた本人は、インフォーマントとしては不適格なわけです。

言語の歴史をたどるタイプの言語学の場合は、文献を読むことが研究の中心となります。
それに対して、現代の言語のありようを分析するタイプの言語学の場合は、文献は研究の一助にすぎない。そして、テーマを見つけるためには、ある種のセンスが必要だけれど、結論を導き出す際は、自分の感覚があてになるとは限らない。

こんなところに言語研究の難しさがあるのだということに、改めて気が付いた今日1日でした。学生やめてから「ん」十年もたった今になって気が付くなんて遅すぎるって。
でもまあ、年をとっても新しい発見があったのはよかったのかな、ということで。

by foggykaoru | 2005-02-06 18:30 | バベルの塔 | Trackback | Comments(6)

Commented by ゆきみ at 2005-02-07 00:39 x
すごく面白いですね。
続きの考察があったら、またぜひ記事にしてください。
…私は、西洋式の声楽に触れていないほうだと思います。
外国の歌は、外国語で歌っているから…多分。(何より、フランス語で歌うことが多いので、メロディーより歌詞重視。)
で、早速歌ってみたのですが、意識しすぎでわかりませんでした。がっかり…
Commented by foggykaoru at 2005-02-07 21:10
ゆきみさん、面白がってくださってどうもありがとうございます。こんな記事、ディープすぎて一般ウケしないかな、、と、ちょっと心配だったんです。

インフォーマントには、実験の眼目をバラしちゃいけないから、この記事読んだ人はみんなインフォーマント失格かも・・・という話を、今日これから書きますね。
Commented by びー玉 at 2006-05-23 23:04 x
・・・私、大学で国語学を専攻しかけました(途中で近代詩に転びました)。
そして合唱団に所属してました。
偶然を感じました~!

確かに、高音域で口閉じて「ん」は出ないです(私アルトでしたから特に)。
私は「みれんー」も普通に歌えば多分口開けます。
こぶし入れようとしたら、閉じるかな。

面白い考察ですね。
じっくり読ませていただきます。
Commented by foggykaoru at 2006-05-25 20:43
びー玉さん。
私やびー玉さんは、インフォーマントとしては不適格なんですよね(^^;
日本人は、歌を歌うと「ん」のときに反射的に口をとじることが多いと思うのですが。
合唱をしているとき、指揮者に「ここはNの音なのだから、口をとじるな」と注意されることが多かったので。
Commented by びー玉 at 2006-05-26 00:11 x
口閉じたら、→ハミング→口の中の空間を広く、鼻に響かせて!
と連鎖して考えちゃうので、ちょっと発音が変わっちゃいそうです(笑)
適さない、適さない。
Commented by foggykaoru at 2006-05-26 21:13
びー玉さん。
そう、口を閉じたらハミング、なんて思いついちゃう人はダメなんです(苦笑)
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