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「マレの街かど--パリ歴史散歩」

著者のアレックス・カールがどういう人だか知らないままに読み始めたのだが、導入部のうまさに下を巻き、あとがきで確認してみたら、アメリカ人で、れっきとした作家だった。

そう、この本は最初がいちばん面白い。若かかりし著者が、友人とともに貧乏旅行をして訪れ、パリの魅力の虜になったくだりが。
その後、パリに居を構えることになったときの家探しも面白い。

そして本論。
彼は自分の住まいのある建物と、その周囲の歴史を調べ始めるのだが、ここも決してつまらないわけではない。ただ、このあたりで多忙モードに入り、1ヶ月もほうっておいてしまったのがいけなかった。そんな読み方をしたら、たいていの本はつまらなくなる。

マレ地区が今あるのも、オスマンのパリ大改造計画からはずれたおかげだとか、一時期はユダヤ人街だった(そういえば、有名なファラフェルのお店があったなあ・・・)、あのお屋敷群の多くは役人の邸宅だったとか、1ヶ月前に読んだにしてはわりと覚えているのは、それなりに興味深かったためだろう。

すすけていたパリの町並みを洗うことを思いついたのが、かのドゴールが創設した文化省の大臣に抜擢された、かのアンドレ・マルローだったこと、そして、その洗浄計画が、当初は猛反対にあったということも、「78へえ」ぐらいに面白く読んだ。洗い方はいろいろ研究され、結局、冷水を強く吹き付けるのが最も効果的だという結論に達したのだそうだ。

そして、煤の下から忘れ去られていた美がよみがえった。その恩恵を大きく受けたのがマレの町並みだった。。。

マレ地区の蘊蓄の宝庫であるこの本だが、かなり土地勘のある私でも、ただ読んでいるだけでは全部を受け止めきれなかった。これは実物を見るとき、つまりマレ地区を探訪する際に携えるべき本。次回パリに行くときは、持っていきたい。

この本に関する情報はこちら

by foggykaoru | 2007-09-30 08:05 | 西洋史関連 | Trackback | Comments(2)

Commented by ふるき at 2007-09-30 19:04
 パリの「洗う技術」がウィーンの街並みにも生かされたのでしょうか?美術史博物館、自然史博物館やオペラ座も白くなっています。
Commented by foggykaoru at 2007-10-01 22:06
ふるきさん。
ほんと、ウィーンは黒かったですよねー
ようやく洗い始めたんですね。ウィーンにとって、良いことだと思います。
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