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タグ:ハプスブルク ( 8 ) タグの人気記事

わが青春のハプスブルク

副題は「皇妃エリザベートとその時代」
「マリー・ルイーゼ」の著者・塚本哲也による歴史エッセイ。タイトルどおり、自らの青春時代も回顧してます。

塚本さんの本は読みやすいです。
ただ、このお方、「ブリリアント」という言葉が妙にお好きなんですよね・・・
「マリー・ルイーゼ」とかぶるところがもちろんあるけれど、思ったほどではありませんでした。
西洋史に興味がある人にはお薦めします。

シューベルトの生涯あたり、ウィーンに行ったときに彼の家を訪ねているので、興味倍増。
(その旅行記はメインサイトの「旅日記」の中の「のだめカンタービレの旅」に掲載してあります)

話題は現在のオーストリアとかハンガリー、チェコあたりだけではなく、ハプスブルク支配地域全体に及ぶので、イタリアやイタリア人の話題も出てくる。ヴィスコンティとか。
現在の国境で論じてはいけないんだな、という、当たり前のことを今更ながらに感じました。

実はハプスブルク文化圏の内陸部の街並みはそれほどツボでない私。
(あまり路地裏が無いので、路地裏フェチには物足りないのです。私のイチオシは地中海沿岸の路地裏)
でもザルツブルクとその周辺の自然の美しさを思い出し、今度はインスブルックに行きたいと思いました。

今までオーストリア関連の記事のタグを無理矢理「東欧」としていたのですが、やっぱりこれは単独タグが必要。「オーストリア」か「中欧」? うーん・・・

そうだ、「ハプスブルク」にしよう!

この本は・・・あらら、ユーズドでしか購入できないのでした。

by foggykaoru | 2015-05-16 08:20 | 西洋史関連

マリー・ルイーゼ

副題は「ナポレオンの皇妃からパルマ公国女王へ」
著者は塚本哲也という人。

世継ぎが欲しくてたまらなかったナポレオンが、年上の女房ジョゼフィーヌと無理矢理離婚して、ハプスブルク家の皇女をもらい、思惑通り息子が生まれたはいいけれど、そのあたりから運勢がどんどん下り坂になってしまった、、、という話は知っていた。
彼の息子がハプスブルク家に引き取られ、ライヒシュタット公と呼ばれたが、結核に侵され若死にした、ということも知っていた。確かこの本でライヒシュタット公の肖像画を見たんじゃなかったかな。なかなかの美形だった。

マリー・ルイーゼはナポレオンに対して薄情だった、と言われているのだけれど、この本は彼女にかなり同情的である。
蛇蝎のごとく嫌っていたナポレオンが、実際に会ってみたらとても魅力的だったから、彼女の気持ちも変わり、夫婦は仲睦まじかった、とか。
ナポレオンが落ち目になってウィーンに帰ったのは、父親の命令だからしかたなかったのだ、第一ナポレオンからの連絡も途絶えがちだったのだから、とか。

まあそういうことなんでしょう。
ナポレオンはきっと魅力的な人間だったんだろうし、十代で嫁に行かされた「もと深窓の令嬢」が、ほんの数年で亭主が没落してしまったら、亭主についていくよりも、父親の言うことを聞いて当然。

後半は息子であるライヒシュタット公とか、パルマが生んだ大作曲家ヴェルディとか、本題とはずれた話題が多いのだけれど、それぞれが興味深いので、文句は無い。
キャラ的にあまり強くないマリー・ルイーゼのことだけではネタ切れする、ということだろう。
まあ強いて文句を言うとしたら、タイトルを「マリー・ルイーゼの時代」とかにするべきだった、ということになろう。

そういえば、
スロベニアではナポレオンは救国の英雄だったんだっけ
などということを思い出しました。
ハプスブルク家の支配から、ほんのいっときだけれど、解放してくれたから。
スロベニアの首都リュブリャーナにはこんなものがあるんです。

ナポレオンのロシア遠征の下りは、直前に読んだ「ロシアについて」とかぶるところがあり、なかなかツボでした。

西洋近代史が好きな人にお薦めします。

ただし、文章がちょっと。推敲が足りない。
語句の順番を変えたほうがわかりやすいのにと思われる文がちらほら。
著者の塚本氏はもと新聞記者だというのに、どうして推敲しなかったんだろう?と思ったが、この本を書いたとき、氏は高齢でかなり身体が弱っていて、慣れないワープロでの執筆にかなり苦労したらしい。だから直しきれなかったのかも。

この本に関する情報はこちら

by foggykaoru | 2015-04-30 22:02 | 西洋史関連

聖なる酔っぱらいの伝説

ヨーゼフ・ロートの短編集、、、とか言って、この人のことは何も知りませんでした。古本屋で見つけて、持ち運びに便利な薄さと軽さで、翻訳が池内紀だったから買ったまでのこと。
私が買った白水Uブックスは、ユーズドでしか入手できません。
岩波文庫版なら在庫あり。

解説によると、著者は現在のウクライナにある東ガリシアというところの出身で、ドイツ系ユダヤ人。流転の末、パリで亡くなったのだとか。

ウクライナと言えば、今、大騒ぎしてます。
一時はリヴィウを中心とする地域が独立するとまで言い出したそうで。

忘れもしないリヴィウ。
でもこの名前を聞いてピンとくる日本人、何人いるんでしょうか。
チェルノブイリの管理はどうなるんでしょうか。あの原発、ウクライナにあるんです・・・。

私のウクライナ旅行記、よろしかったらお読みください。こちらです。

メインサイトの宣伝はここまで(笑)

ウクライナの東部はハプスブルク家の支配下にあったのです。
その中心地だったリヴィウ。
実にオーストリアっぽい町でした。。。

ということを知らなくても楽しめる小説ですが、知っていたおかげで興が乗ったことは否めません。
特に最後の「皇帝の胸像」という作品は。

とにかく渋いです。
しみじみしたい人にはいいでしょう。

映画化されたそうで。ちょっと観てみたい気がします。
でもDVDも新品では入手できず。ユーズドもすごい値段。「知る人ぞ知る」名画なんでしょうね。

by foggykaoru | 2014-02-26 21:05 | 普通の小説

ナポレオン記念碑

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リュブリャーナにはこんなものがあるんです。ホテルのすぐそばだったので、着いた早々見つけました。近寄っていって名前を確認したときには心底驚きました。

翌日、リュブリャーナ城にある博物館に行き、ナポレオンが、ごく短期間にせよ、ハプスブルク家支配下のスロベニアを解放したため、敬愛されているということを知りました。

フランス国外にある、唯一のナポレオン記念碑なんだそうな。

by foggykaoru | 2013-11-12 22:28 | メインサイトのボツ写真

名画で読み解くハプスブルク家12の物語

中野京子著。
評判になった『怖い絵』がいまひとつだったので、その後に続く彼女の本にはあまり食指が動かなかった。今回もさして期待せずに読んだのだけれど、意外に面白かった。それほど深くないんだけど。
ハプスブルク家に関する私自身の知識が大したことないので、この本のレベルに合っていたのだと思う。え、褒めてない? いやいや、一般大衆向けの啓蒙の書として、よく書けていると思います。

中野さんは「絵」で売り出してしまったけれど、西洋史の専門家であっても西洋美術史が専門の人ではない。
美術史的な側面をもう少し掘り下げた本を読みたかったら、高階秀爾さんの本を読むべき。高階さんが偉大すぎるとも言えるんだけど。

この本に関する情報はこちら

by foggykaoru | 2013-07-25 20:33 | 西洋史関連

物語 チェコの歴史

これも地震前に読んで、メモ帳に感想を書いておいた本です。

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中公新書の「物語 ○○の歴史」シリーズの中で、かなり評価が高いほうなので、ずっと読んでみたいと思っていた。
でも、「森と高原と古城の国」という副題はちょっとどうも。
勘違いして観光ガイド代わりに読む人がいることを、編集者は期待したのだろうか?

著者は薩摩秀登という人。1959年生まれでこの本を書いたのは2006年、つまり47歳のとき。
そう思って読むと、若い学者が誠意をこめて書いた感じがしてくる。

そもそも「チェコ」という概念は後世の発明だ(そういうことを言いだすと、すべての国家が近代の発明なんだけど)から、どう書いたらいいのか悩んだのだと、著者は前書きで言っている。
そこで各時代の代表者として、何人かにスポットを当てて書いたのだと。
いいねいいね。それでこそ「物語」だ。(このシリーズ、「物語」が単なる枕詞になってしまっている本が多すぎる。)

慣れ親しんだフランスやイギリスの歴史とは雰囲気がかなり違う。

男子が絶えてこのままでは王家が断絶すると、みんなで集まって適当な人材を探してきて、国王に据える(つまり婿にとる)ということを何回もやっている。
宗教的にはけっこう融通無碍。
早くからカトリック教会への批判が生まれ、その先鋒だったフスが処刑されたのは高校の世界史でも習ったけれど、その事件以外、教会と教会批判派が血で血を洗うというような事態にはならなかった。
チェコの治世者の一般的な姿勢は、あくまでも「政治優先」。だからユダヤ人にも寛容だった。
そんな中でちょいとごり押し気味だったのがイエズス会。プラハ大学を我がものにしようとするが、果たせず、神学部と哲学部だけを担当するけれど、100年後にはマリア・テレジアの命令で解散させられてしまった。

群雄割拠のヨーロッパ大陸の只中に位置し、自らが中心になることこそなかったけれど、文化的にかなり進んでいて、そこそこ繁栄していた地域が、何事かあっても大もめにならないように、周辺とうまくつきあいつつ、したたかに生き延びた歴史。

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今日の経済活動:
昼は外食。パスタ。
普段通勤で歩くのとは逆方向に、おじいちゃんがやっている鶏肉専門店があります。
スーパーの肉とはレベルが違うので、そちら方面に行くと買うようにしているのですが、今日、午後2時ごろに行ったら、ほとんど売り切れ。わずかに残ったひき肉を買ってきました。
なぜそんなに早く売り切れるのか、聞かなかったけれど。

義援金送りました。

床磨き、壁に到達しました。
あとは境目をグラデーションにしてごまかすだけ(笑)

明日から通常営業に戻ります。戻れるはず。

by foggykaoru | 2011-03-16 22:22 | 西洋史関連

ヨハン・シュトラウス

2000年刊の中公新書。著者は小宮正安という人。

旅行の事前研究のために読んだ。
息子のほうのヨハン・シュトラウスの生涯よりもむしろ、彼が生きた頃のウィーンの歴史や世相が中心。副題の「ワルツ王と落日のウィーン」のほうがこの本の内容を正しくあらわしている。

かなり面白い。この前読んだ本の5倍は面白い。
終盤に差し掛かったところで、旅行自体が危うくなってちょっと水を差されてしまったのだが。

ヨハン・シュトラウスが死んだのは1899年、つまりぎりぎり19世紀。
覚えやすいし、彼の音楽にふさわしい感じがする。

近世ヨーロッパの中心はフランスとオーストリア、つまりパリとウィーンだったのだということが改めてわかった。(イギリスは?ロンドンは?と突っ込まれるかもしれないけれど、あれはヨーロッパの脇にある島)
強い王権(ハプスブルク家は王家ではないけど、まあ似たようなものだ)のもとで繁栄し、華麗な文化が花開いた。
その後、市民階級が勃興し、彼らが貴族のやっていたことを真似する。
それがカフェやオペラなど、今、私をはじめとする日本人が憧れるヨーロッパ文化。
だから今も世界中から観光客がやってくる。
つまり遺産で食っているという点もこの2つの都市に共通している。

メッテルニヒ体制というのは、政治的には不自由だけど、経済は自由だった。
目はしのきく人々はせっせと稼いで成り上がれる。なんだか今の中国みたいだ。
でも、一番強く感じたのは、落日のウィーンが今の日本にオーバーラップすること。
でも日本の場合、バブル期の遺産で今後100年も食っていけるとは思えないのが悲しい。
今後の日本の「ウリ」はマンガやアニメぐらいしかないかもよ。あれは立派な日本文化だと思います。大切にしていくべきなんじゃないでしょうか。

この本に関する情報はこちら


「オーストリア」というタグを作るほどではないと思うんだけど、「ドイツ(語)」にしたらウィーンっ子が怒るだろう。「東欧」のほうがマシのような気がする。ほんとうは「中欧」なんだけど。

by foggykaoru | 2010-12-21 22:11 | 西洋史関連

ウィーン・都市の万華鏡

池内紀著。音楽之友社の音楽選書。絶版状態のようです。

旅行準備の一環として読みました。この人の本なら間違いないと思って。
期待通りでした。

ウィーンというのは、ウィーンナ・ワルツの都。
典雅とか優雅、そして軽い。ドイツの重厚さとは違う。
そのあたり、パリと共通しているんだな
とか
その軽さこそが、近代において花開いたヨーロッパ文化なんだろうな
とか
改めて感じ入りました。

具体的なお役立ち情報もありました。
それはオペレッタの代表的作品の解説。
実はウィーンでは楽友協会、シュタッツ・オーパーだけでなく、フォルクス・オーパーのオペレッタのチケットも手配したのです。
ところがこれが「ほほえみの国」という知らない演目でして、いくらオペレッタは軽くて内容が薄いからって、ドイツ語だし、何も知らないで観て大丈夫なのかいな?とちょっと不安に思っていたのです。

でも、最大のツボ、というか、びっくり仰天な話は別のところにありました。

それはヨハン・シュトラウス親子の話。
「父ヨハンは家庭人として失格者で、この親子は絶縁状態だった」というのは「のだめ」ファンならよく知っている話ですが、それだけじゃなかったのです。
息子ヨハンは父親の気質を受け継いで、かなり神経質だった。
たとえば鉄道恐怖症!!だった。
「鉄道に乗るぐらいだったら死んだ方がマシ」と言っていて、トンネルや鉄橋では、床に横になり、死体のように耐えていたんですと!!!

by foggykaoru | 2010-10-23 20:24 | 西洋史関連