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ロワールの贈り物

著者は清宮伸子。
副題は「ルリュールとの出逢い」

2000年刊。
ルリュールとは「世界に一冊しかない本」をつくりあげるワザ。
この単語が日本で多少なりとも知られるようになったのは、たぶんこの本がきっかけなんじゃないかな。

お気に入りの本を専門家に装幀してもらうなんて、私には関係無い世界。
普通の本はぶっちゃけ「読めればいい」んだし、一生涯大切にとっておきたいなんて本はめったにない。
唯一、ちょっと特別な存在なのはランサム全集。
でもあれもあの岩波の装幀がいい。
みんなと同じだからこそ、語り合えるわけだし。

けれど、著者にとってルリュールとの出逢いがいかに衝撃的であったかということ、そしてその出逢いによって人生が大きく変わったということは、とてもよくわかった。
そういう出逢いがある人もいるんだなあ。
ちょっと羨ましい。







by foggykaoru | 2019-03-21 22:04 | エッセイ | Trackback | Comments(0)

テンプル騎士団

フランス史関係の小説で知られる佐藤賢一の、真面目な歴史本。
とは言っても新書なので、コンパクトだし、読みやすい。
なのに読了するのにえらく時間がかかりました。

というのは、テンプル騎士団の楽しくない結末がわかっているから、読んでて楽しくないのです。

十字軍のために作られた騎士団が、十字軍がなくなっても存続する。
しかも国家の枠を超えた強大な力を得る。
その力は周囲にとって便利で頼りになる。
頼りにしていたくせに、そのうちに邪魔になる。
なにしろ国家の枠を超えているから国王に服従しない。
嫌な奴らだ。
財産も持ってるし。
これはぶっつぶして没収しちまえ・・・

こういう歴史って大なり小なりいろんなところにありそう。

新鮮だったのは以下の3点。
・テンプル騎士団の息の根をとめたフィリップ4世(美顔王)は実はあんまりお利巧ではなかった
・テンプル騎士団の幹部たちはあることないことで責め立てられ、罪を認め、それで騎士団がぶっつぶされたのだけれど、実は命取りになったのは認めたからではない。認めた後で「あれは無理矢理言わされたのだ」と言を翻したのがいけなかった。カトリックは罪を認めて悔い改めれば、赦すから。
・ぶっつぶされた後、騎士たちはあっちこっちで生き延びていた。


by foggykaoru | 2019-03-11 20:40 | 西洋史関連 | Trackback | Comments(0)

60戯画

鹿島茂著。副題は「世紀末パリ人物図鑑」

1人につき3ページ割かれている。
その内訳は、鹿島氏が蒐集したフランスの著名人の戯画が1ぺージ。その人に関する解説が2ぺージ。

というわけで、実にさっさと読み進められる。

著名人といってもいろいろです。
最初のほうは日本でも有名なユゴー、モーパッサン、ランボーとか。ジュール・ヴェルヌも。
文学者ばかりではありません。エッフェルとかレセップスとか。
たまにフランス人以外も登場します。ディケンズとかワーグナーとか。
後半は、仏文学者でもない限り、知らない人ばかり。

でも、大変面白く読みました。

この本は処分しないことに決めました。
忘れた頃に読んだら、絶対にまた楽しめるから。

私はめったにフランス文学を読まないのですが、
山本有三の「路傍の石」の原型となったのが、ドーデの「プチ・ショーズ」だと聞いて、がぜん読んでみたくなりました。
(「路傍の石」自体、今読み直したらどう感じるんだろう?)

フランスとフランス文化に興味がある人限定ですが、超お薦めです。




by foggykaoru | 2017-03-29 20:20 | エッセイ | Trackback | Comments(0)

またやっちまった・・・

「クロワッサンとベレー帽ーーーふらんすモノ語り」という文庫本を読みました。
そしたら、、、

読んだことがあったのでした。こちらを改題したものだったのです。
最後まで全然気づきませんでした。とほほ。



by foggykaoru | 2016-12-21 22:38 | エッセイ | Trackback | Comments(2)

巴里の空の下オムレツのにおいは流れる

石井好子のこのエッセイは、子供の頃、「暮らしの手帖」の連載で読んだもの。
朝ドラ「とと姉ちゃん」はとうの昔に終わったけれど、私の読書生活にはまだ影響を及ぼしているのです。
しみじみ思うのですが、私の小学校時代の2大読書体験は「暮らしの手帖」とランサムだったみたいで。
まあなんと健全、なんとまっとうだったことでしょう(苦笑)

たぶん今から20年ぐらい前、石井好子が「徹子の部屋」に出ていて、この本について「今読むと大したことない」と言っていました。

そりゃそうかもねえ
と思って、今回の「『暮らしの手帖』を懐かしむ読書イベント」でも、この本は後回しになってしまったのですが


いやいや

今読んでも面白い。

もちろん、昔読んだときは、全く知らない料理だった。
だから、新鮮味とか驚きが今よりもはるかに大きかった。
たとえば「ハムとメロン」
昔は食べたことがなかった。それどころか聞いたこともなかった。
今なら生ハムとメロンはよく知った味。
でも、今読んでも面白いことは面白いのです。
それぐらい、文章が上手。

(という話を母にしたら、「彼女は歌手としてよりも、よっぽど物書きとしての才能のほうがあると思う」と言っておりました。)

もっとも、最後のほうは、ネタが尽きた感があって、ちょっと残念なことになってます。

フランス以外の国、たとえばスペインの食糧事情が意外です。
あの国はレストランで食事をするより、バルでつまみを食べるほうがおいしい。
石井さんもレストランではあまり感動しなかったようで。
たまたま立ち寄ったバルで食べたものがよかった・・・という話になるかと思いきや、バルも全然ダメだったようで。

それはたまたま「ハズレ」だったのか?
それとも、当時のスペインがそれほどまでに貧しかったのか?
永遠に解けない謎なのであります。




by foggykaoru | 2016-11-22 20:42 | エッセイ | Trackback | Comments(0)

ノルマンディー上陸作戦と言えば

「戦場のコックたち」を読んで思い出した歌があります。

ミッシェル・サルドゥーというフランス人歌手の持ち歌「les Ricains(アメリカの奴ら)」です。

Ricainsというのは、Americains、つまりアメリカ人。
日本語では「アメリカ人」を略すと「アメちゃん」とか「アメ公」になるけれど、フランス語では「アメリカン」を「リカン」と略す。

それはともかくとして、歌の内容はこうです。(かなり超訳)

=======================
もしもアメリカの奴らがいなかったら
俺たち※は今もまだみんなドイツにいたんだよ
どんなことを話し
誰に挨拶してたか、わかったものじゃない
(注※「お前たち」というバージョンもある)

もちろんあれから年月がたった
銃の担い手は変わった
それが忘れる理由になるか?
銃が必要だったある日のことを

ジョージアからやってきた若者は
お前に何にもかかわりのなかったのに
ノルマンディーに死ににやってきたんだ
お前がまだ生まれてもいなかったある朝に

もちろんあれから年月がたった
みんなは仲間になった
あの頃を偲ぶ会では
あいつらは無駄死にしたと言っている

もしもアメリカの奴らがいなかったら
俺たちは今もまだみんなドイツにいたんだよ
どんなことを話し
誰に挨拶してたか、わかったものじゃない
=========================

この歌に興味のおありの方はYoutubeで 「 si les ricains n'etaient pas la 」で検索してみてください。
ヒトラーの映像にこの歌をかぶせた動画がトップにきます。




by foggykaoru | 2016-11-17 20:58 | 観もの・聞きもの | Trackback | Comments(0)

戦場のコックたち

作者は深緑野分という人。すごい名前だ。

友人から「翻訳ものをたくさん読んでいる人にお薦め」と言われて読んだ。

ありがとう友よ。
私はたいそう気に入りました。

久しぶりに読みごたえのある小説を読みました。
ここんとこ、ピンとくる本にあまり出会えず、欲求不満を覚えていましたが、この本は堪能しました。90点!

舞台は第二次世界大戦末期。
アメリカ人の若者が、生きるために軍隊に志願し、コック兵となる。
頼りになる先輩や同輩、頼りにならない先輩や同輩たちとともに、D-day、つまりノルマンディー上陸作戦に参加、その後も戦いの日々を送る。

軍隊を舞台としているけれど、ミステリー風味もある。
だから、2016年度の「このミステリーがすごい!」国内編で第二位になってます。
でも、ミステリーだと思って読むと物足りないかもしれない。いや、物足りないにきまってる!
だから、そんなランキングに登場してしまったのは、この作品にとって不幸なことだったかもしれない。
あくまでも「ミステリー風味の小説」なのです。

そんなことより
この小説の最大の特色は、日本の小説離れしている・・・まるで翻訳小説を読んでいるみたいであること。
でも翻訳じゃないから、翻訳調の日本語ではないのです。
つまり、下手な翻訳ものにありがちな、不自然な日本語は無い・・・とは言えない。
というのは、作者があえて翻訳調にしているところがあるのです。
たとえば、主人公はしばしば周囲から軽く見られて「キッド」と呼ばれる。kidです。
もしもこれが翻訳小説で、「キッド」と訳されていたら、私は相当イラっとくることでしょう。
をいをい、もっと工夫しろよ!「坊主」とかなんとか訳せないのか? と毒づくことでしょう。

さらに、舞台がヨーロッパ、というところも、私には直球ど真ん中でした。

たくさんの資料をもとにして書き上げられた作品です。
世界史の授業では、ノルマンディー上陸大作戦後、連合軍(というよりアメリカ軍)は、大量の物資を後ろ盾として、怒涛の勢いでドイツ軍を蹴散らしていった、というイメージだったのですが、実際の戦場ではそんな楽勝だったわけではなく、血みどろの戦いだったということをしみじみ感じました。
兵士たちは若い命をどんどん散らしていくのです。アメリカ人も、ドイツ人も。

ところで
思わぬところでトールキンの名前が出てきてびっくり。
この作者は指輪物語のファンに違いない。
・・・だからこんなに長い小説を書いたに違いない!(笑)




by foggykaoru | 2016-11-16 20:49 | 普通の小説 | Trackback | Comments(0)

女ひとりの巴里ぐらし

石井好子がパリのキャバレーのメイン歌手として1年間過ごしたときの思い出をつづったエッセイ。

私は彼女の歌こそきいたことはないけれど、その名前はおなじみだし、彼女がシャンソン歌手だったことも知っている。
彼女の「巴里の空の下オムレツの匂いは流れる」を大昔、たぶん小学校高学年か中学生のころに読んだから。
「暮しの手帖」に連載されていたから。

というわけで、「暮しの手帖」つながりです。
めったに行かない小田急デパートの上の書店に久しぶりに行ってみたら、えらくオシャレでおもしろい本屋に変わっていてびっくり。
そこで「とと姉ちゃん」関連本として、石井好子の本までもが並んでいたのです。気が利いてるじゃん。

往年のパリ、それも夜の世界。
ディープです。面白いです。
「どなたにもお薦め」とは断言できないけれど。

「解説」で鹿島茂が絶賛してます。
文章力はもちろんのこと、「パリでフランス人相手の商売をして稼いだ」ということも称賛してます。
「フランスにいる日本人の多くは、日本人相手の商売しかできない」と。

そりゃそうだ。
そういう意味で、これと匹敵する本は「パリふんじゃった」です。

旧フラン時代のことなので、ものの値段がわかりにくいけれど、キャバレーの舞台でちょっとしたミスがあるととられる罰金が100フランとある。
いくらなんでも100円という感じではないだろう。
たぶん、400円とか500円とかいう感じ?

とすると、石井さんが得た15万フランという月給は60万とか70万円ぐらいの感じ?
すごい!

石井さんの「巴里の空の下・・・」を再読しようかと思案中。

by foggykaoru | 2016-08-19 22:23 | エッセイ | Trackback | Comments(0)

シャネル

副題は「人生を語る」
シャネルにインタビューしたものをまとめたもの。
ポール・モラン(アカデミー・フランセーズの会員だったんですって)著。

シャネルは大嘘つきだったと聞いていたので、この本にはどの程度本当のことが書いてあるのかなあと思いつつ読んだ。
あとがきを読んでびっくり。生い立ちのあたりが全部嘘だったなんて。

とにかく強烈。
アクが強い。
でも、ファッションに革命を起こしたんだもんね。普通であるはずがない。
自分のことを「嫌な人間だ」と言い切るところに潔さを感じた。
わかってるんならいいじゃん。

そして彼女を彩る恋人たちも「超」がつく一流人。
でも、彼女は誰とも結婚しなかった。
彼女には結婚は必要なかった。そのこともわかってる。

自分のことを「知性がない」と言ってるけど、いやいや、ものすごく頭がいいのだと思う。

正直、最初の30ページぐらいでやめようかと思った。
なにしろ強烈すぎて。
この調子で230ページはきついな、と。
だから全然ペースが上がらなかった。

でも読んでよかった。
フランスが世界で一番輝いていた時代のことが多少なりともわかったし。


この本に関する情報はこちら

by foggykaoru | 2015-10-01 22:00 | 伝記・評伝 | Trackback | Comments(0)

マリー・ルイーゼ

副題は「ナポレオンの皇妃からパルマ公国女王へ」
著者は塚本哲也という人。

世継ぎが欲しくてたまらなかったナポレオンが、年上の女房ジョゼフィーヌと無理矢理離婚して、ハプスブルク家の皇女をもらい、思惑通り息子が生まれたはいいけれど、そのあたりから運勢がどんどん下り坂になってしまった、、、という話は知っていた。
彼の息子がハプスブルク家に引き取られ、ライヒシュタット公と呼ばれたが、結核に侵され若死にした、ということも知っていた。確かこの本でライヒシュタット公の肖像画を見たんじゃなかったかな。なかなかの美形だった。

マリー・ルイーゼはナポレオンに対して薄情だった、と言われているのだけれど、この本は彼女にかなり同情的である。
蛇蝎のごとく嫌っていたナポレオンが、実際に会ってみたらとても魅力的だったから、彼女の気持ちも変わり、夫婦は仲睦まじかった、とか。
ナポレオンが落ち目になってウィーンに帰ったのは、父親の命令だからしかたなかったのだ、第一ナポレオンからの連絡も途絶えがちだったのだから、とか。

まあそういうことなんでしょう。
ナポレオンはきっと魅力的な人間だったんだろうし、十代で嫁に行かされた「もと深窓の令嬢」が、ほんの数年で亭主が没落してしまったら、亭主についていくよりも、父親の言うことを聞いて当然。

後半は息子であるライヒシュタット公とか、パルマが生んだ大作曲家ヴェルディとか、本題とはずれた話題が多いのだけれど、それぞれが興味深いので、文句は無い。
キャラ的にあまり強くないマリー・ルイーゼのことだけではネタ切れする、ということだろう。
まあ強いて文句を言うとしたら、タイトルを「マリー・ルイーゼの時代」とかにするべきだった、ということになろう。

そういえば、
スロベニアではナポレオンは救国の英雄だったんだっけ
などということを思い出しました。
ハプスブルク家の支配から、ほんのいっときだけれど、解放してくれたから。
スロベニアの首都リュブリャーナにはこんなものがあるんです。

ナポレオンのロシア遠征の下りは、直前に読んだ「ロシアについて」とかぶるところがあり、なかなかツボでした。

西洋近代史が好きな人にお薦めします。

ただし、文章がちょっと。推敲が足りない。
語句の順番を変えたほうがわかりやすいのにと思われる文がちらほら。
著者の塚本氏はもと新聞記者だというのに、どうして推敲しなかったんだろう?と思ったが、この本を書いたとき、氏は高齢でかなり身体が弱っていて、慣れないワープロでの執筆にかなり苦労したらしい。だから直しきれなかったのかも。

この本に関する情報はこちら

by foggykaoru | 2015-04-30 22:02 | 西洋史関連 | Trackback | Comments(2)